松千代:アマゾネス後輩

 実家に空き巣が入ったと父から連絡があったのは、ちょうど俺がPFOにログインしようとした時だった。

 話しを聞くと、どうやら両親がPFOをプレイしてる中堂々と空き巣が入り込んだらしい。

 戸締まりをしていたのかと尋ねると、していなかったと返ってきた。PFOを始めとするフルダイブ式のVRMMOをプレイしている間は外界の情報が遮断される。それなのに戸締まりを忘れていたなど"空き巣さんどうぞお入り下さい"と言っているようなものではないか。

 まったく、俺の両親がVRMMOにハマってから数年が経つが、最近廃人化が進んでおり現実の出来事に対して無頓着になっているフシがある。

 両親もそろそろ還暦で第二の人生を送ると言うのであれば止めることは出来ないが、せめてもの頼みとしては防犯対策はして欲しいものだ。

 まあ流石に犯人も家主がいる中で長居はできなかったのか、大したものは盗まれておらず、警察にも連絡しているようだった。

 もうすぐ警察が来るそうで、きっと警察官に事情を説明したら危機管理が甘い、とたっぷりしぼられる事だろう。

 そうして電話を切ると、俺は今度こそPFOにログインした。


 PFO。フルダイブVRMMO『パーフェクトファンタジーオンライン』の略である。

 パーフェクトの名がついたゲームながら何という皮肉か、このゲームはアホみたいにバグが多い。

 バグの例は壁抜け、NPC消滅、敵モンスター消滅、謎挙動、急に無敵状態になる、町で突然ボス戦BGMがなる、など枚挙に暇がなく、特に壁抜けに関しては現在でも多発しているが、リリース当初はもっと酷く、大体どこの壁も抜けた。なんなら地面も抜けた。

 このように現在でもバグだらけのPFOであるが、面白い要素も存在する。

 本来マイナス要素で出来るなら遭遇したくないバグ、このバグを報告すると報酬を獲得できるシステムがあるのだ。

この要素は一部のゲーマーにぶっ刺さり、バグ探しに躍起になっている廃人も多い。なんなら両親がそうである。

 まあ俺自身にも少々その気があり、今日ログインする目的も後輩とバグ探しである。

 ベッド下に収納してあるゲームハードを引っ張りだし、起動して装着した。フルドライブの原理はちょっと前に友達が解説していた気もするがもう忘れた。

 直後視界が暗転し外界の情報が遮断されると、代わりにゲームの音声が流れ始める。次第に視界が明るくなると、そこはもうPFOの世界だ。




 視界に広がる中世ヨーロッパ感満載な町並み。PFOの初期の町『クロワッ3号』だ。正しくはクロワッサンという名前なのだが、大幅なリメイクが入り今回で3号になったことからこう呼ばれている。

今日は町の噴水広場で後輩と待ち合わせているため目的地へ向かう。

 この町、なかなかにだだっ広いので走って向かう。

 そうして噴水広場にたどり着くと後輩はすでに到着しており、走ってきた俺に気づき、どこどこと巨体を揺らしてこちらに向かってきた。俺の目の前で後輩が立ち止まると、その巨体で俺のアバター(リアルとほぼ同じ170cmちょっと)が日陰に隠れた。

 見上げる巨体は2mをゆうに超え、濃く日焼けした肌を多く露出させている。一応性別は女のはずだが、その鍛え上げられた肉体はむしろ男らしく、女らしさの象徴ともいえる胸元は"胸板"と表現したほうがしっくりくる。種族はアマゾネスで、その中でもとりわけ大柄なアバターである。


「遅いっすよ先輩」


 女と思えぬ超低音ボイスで開幕早々悪態をついてきた彼女こそ俺の大学の後輩であり、リアルではアバターと正反対なちっこい体から溢れるエネルギーを持て余して俺をよく遊びに誘ってくる(このゲームを俺に勧めたのも彼女である)超活発系JD、座間くらま恵である。


「今日も元気にバグを探しましょう!」


 るんるんと口ずさみながら両手をブンブン振り回す座間。リアルならあざとくも可愛げがある動きだが、2m超えのアバターでやられると衝撃映像だ。


「それで今日はどこを探すんだ?」


「それはですねぇ――」


 座間は懐からマップを取り出すと、そのマップの左下の角を指さした。ちなみに現在地は右上の角である。


「この辺です」


「……遠くない?」


「だってこの辺は人が多すぎじゃないですかぁ」


「まあ、ここらへんは9と4/3番線のメンバーが仕切ってるようなもんだしな」


 周りを見ると、大勢の男女が壁に向かって走っては思い切り衝突している。

 彼らは殆ど9と4/3番線というチームのメンバーであり、お揃いの装備を身に着けている。チーム名は昔世界中で大ヒットしたファンタジー映画に登場する場所に由来するらしいが、詳しくは知らない。しかし壁抜けに関係しているらしく、名の通り彼らは壁抜けバグ発見のスペシャリスト集団なのである。


「あいつらの周りじゃもうバクも見つかり辛いかもな」


「です!なので今日は過疎ってる左下に行こうと思うんです!」


確かに過疎化している左下付近ではバグを見つけられる確率は高くなるので、拒否する理由も無く俺は頷いた。


 歩いた。

 ただ歩いた。

 ひたすらに歩いた。

 座間と雑談しつつ歩き続けた。

 目的地まで、直線距離にするとそこまでではないのだが、やたらと入り組んでいるためかなり時間がかかる。さらに座間がことあるごとに道草を食い、予定の倍ほどの時間がかかった。


「ふー。だいぶ時間かかりましたね」


 何故か満足気に座間は言うが、まだ目的は果たしていない。


「お前が道草食いまくるからだぞ」


「さーせん」


 なんとも反省していなさそうな声色だ。

 ともあれ、ようやくバグ探し開始である。


「先輩」


「ん?」


「ごめんなさい。もうそろそろログアウトする時間になっちゃいました」


「……まじお前」


 何しに今日ログインしたんだ……。歩いて雑談しかしていない。


「目的のバグ探しはどうするんだよ……」


「また今度にしましょう」


「今日は歩いて喋ってしかしてないぞ」


「私は先輩と歩いて話せて割と満足ですけどね」


「そんなのゲームじゃなくてもできるだろ」


「それはそうですけど……。でもゲーム内の方が気が楽なんですよ」


「……?なんで?」


 座間は少し躊躇うように口をごもらせながら言う。


「……だってこのアバターだとあんまり私の顔見えないでしょう?」


 それは勿論。2m超えの巨体である。首を痛めるほどに見上げなければ顔は見えない。


「確かに見えないけど、なんで?」


「……リアルだったら、…くなってるのバレるじゃないですか……」


 いつも大きい声の座間には珍しく、少し聞き取れなかった。


「何になってるのがバレるって?」


 首が痛くなるほど上を見上げ、座間の顔を覗き込むようにして聞き返す。


「っもうログアウトしますね!」


 座間は何故かガバッと両手で顔を覆うと、シュンと消え去った。ログアウトしたようだ。

 ログアウトする直前座間の顔が僅かに覗け、何やら少し頬を赤らめているようだったが、2m超えのアマゾネスが頬を赤らめているのは衝撃映像だった。


「……俺ももうログアウトするか」


 1人残された俺はなんとなしに呟くと、ログアウトボタンを押した。

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