第4話 妥協末の役所
俺はたまに、夢の中で理想を顕現させる事がある。
今宵も良い夢を、そんな淡く儚い平和な願いを天に捧げ、意識を乖離すると、たまにそういう事が起きる。
夢の中の俺はまさに理想を体現する。
俺が日の下に姿を現せば、皆「光栄です!」と自ずと跪き、俺が手を突き出せば何処からともなく湧くように最高級のワインが。
そんなご都合主義極まれりの夢を、俺は心底気に入っている。
日々、皇子という肩書きを背負うだけで心が憔悴し疲弊する。
それは、放蕩皇子と揶揄されていても執拗に纏わり付く。
そんな悲しい俺を助けてくれるこの夢は、とても素晴らしい。
誰だって夢の中でくらい自分の理想をひけらかしたい筈だ。
そして、願わくば。
延々とこの時が続けばと、分不相応な願望を持つ。
故に、人は人たらしめる。
感情的になって何が悪い。
センチメンタルになって何が悪い。
都合の悪い事をすっぽかして何が悪い。
人が人たらしめる所以、それは一重に、己の願望、ひいては欲望、又は指標に従う事に集約する。
だから俺はここに高々と、気高く宣言する。
幸せを害する愚か者ども、砕け散れ!
「……て……さい!ルシ……ま!ルシア様起きて!」
「……後34時間後に起こしてくれ」
「日を跨いでいるじゃないですか!もう14歳なんですから朝くらい一人で起きてください!世の中の立派な子供はもう起きています!ルシア様も早く立派になって下さい!」
「……。我ここに問答す。立派とは何を以って立派とするか。我思う、立派とは己の欲求に身を任せ、委ねる事。故にこの場合での立派とは、つまりは寝ることだ」
「名言ぽく纏めてますけど普通にクズですからねそれ!」
激しく耳を打つ品にかける掛け声で、意識が覚醒する。
何故こうも毎回、黄金リッチな我が領域の朝は喧騒なのだろうか。
無理矢理フィリアに弾き剥がれそうになる布団を頑なに掴み、顔をひょっこりだして咎める。
「フィリアさんや。全くいい加減にして欲しいのはこちらだ。毎朝毎朝怒号で起こされるこちらの身にもなって頂きたい。こちとら日夜皇子に課せられる責務で疲れているのだ。少しくらいの我儘くらい許容範囲だろう?」
「ルシア様が責務で疲れるのは世界が滅ぶ時です絶対にあり得ません!それにルシア様の我儘は最早少しくらいという表現ではぬるすぎます!!今日は皇帝陛下が4人の皇子皇女様を招集した会議があるんです!流石に今日は起きて下さい!」
「……何、4人!?あのクソ親父は一体いつの間に養子をッ!」
「あなたの事に決まっているでしょう!!!
この期に及んで未だ皇子としての責務を放棄するとは、呆れ通りこうして驚嘆しますよ!」
「チッ」
「何で舌打ち!!」
なんだ養子を迎えた訳じゃないのかよ。
たまにはいい働きするなと親父を称賛しそうになった俺の善意を返せよ。
とは言え、一体何故俺まで招集されるのだろうか?
意図的とは言え、若干5歳を過ぎる頃には既に放蕩皇子の称号を我が物にしていた俺が招集された会議など片手で数えられるぐらいしかない。
つまり、今回の招集はそこそこ重要という事だ。
だが……。
「重要な事なら余計に俺関係なくね。ほら、俺って名声も人望も皆無な放蕩皇子な訳ですし」
「……皇帝陛下が、もし招集に快く応じない場合は皇子としての身分を剥奪し国外追放に処すると言っておりました」
「よしすぐ行くぞ!」
「本当にクズですね」
俺はこの地位が気に入っている。
皇子という立場を程々に享受でき、何不自由なく生活できる。
それをする為に追放されては本末転倒だ。
急ぎつつもマイペースを大切に身支度を軽く済ませ、フィリアに急かされながら俺は謁見の間に向かった。
◾️◾️◾️
謁見の間は国の中心であり正規の場所。
そこに踏み入れていいものは古くより国に忠義を尽くし、功績を挙げた重臣や皇族のみ。
謁見の間に行くのは何年ぶりだろうか。
何せ本当に俺が招集される事などなかったから。
向かう中途、俺の姿を見るや否やメイドや政官達が陰口を叩いてくるが、本当にその内容がパターン化されているので今では反応を楽しむ事すらある。
適当に見下しながら謁見の間の重厚な扉を開くと、既に他の皇子と親父、つまりは皇帝陛下が集まっていた。
「親父殿、第4皇子ルシア・アークス・アウストレア。ただ今参上致しました」
「公の場では皇帝陛下と呼べと何度言ったら分かるルシア」
床に跪き形だけの敬意をしつつも、醜態を流麗に晒していく。
いつ如何なる時でも自分の評価を下げる行為を徹底する。
この場には皇帝陛下と皇族達しかいないが、部屋の外では重臣やメイド達がいる。
聞こえるかどうかは分からないが、努力を怠ってはならない。
俺はこういう積み重ねで今の地位まで上り詰めた(成り下がった)。
「昔、皇帝陛下は私に、立場を弁えた振る舞いを心掛けろとおっしゃいました。それを実行したまでで御座います」
「皇族としての身分を貶めろといった覚えはないぞルシアよ。相変わらずの悪態だな」
親父は呆れ混じりに溜息を付く。
「ルシアよ。そろそろ皇子として責務を全うしたらどうだ?」
「大変申し訳ありません皇帝陛下。私にはそのような高尚な振る舞いは性に合いません」
「ならば皇子としての権限を」
「努めて善処させて頂きます」
「……はぁ〜。見事な掌返しだな」
だって俺はこの地位が気に入ってるんだもん!
こんな旨味に溢れた立場を棒に振るなんてする訳ないじゃん!(クズです)
皇帝陛下は再び溜息をつき、これ以上不毛な説得は無駄だと判断したのか、無理矢理本題に切り替えた。
「ルシアよ、単刀直入に言う。お前に魔物の討伐をしてもらいたい」
「ついに頭が割れましたね皇帝陛下」
「お主……八つ裂きにするぞ」
「すみませんでした」
冗談を言ってみるも、本当に不自然だ。
俺は生まれてこの方、皆の目の前で鍛錬をした事がない。
つまり世間では俺はモヤシ認定されている筈なのだ。
そんな俺をよりにもよって魔物討伐に推薦するとは、本気で正気を疑う。
「皇帝陛下、僭越ながら物申したいことが」
「言ってみよ」
「何故私なのでしょうか。私は放蕩皇子。戦いとは無縁の体たらくで御座います。私なんかより上三人の皇子達に任せた方が皇族としての外聞が高まるかと」
「儂も当然、その事は考えた。しかし今回はお前にやってもらわなければならない」
「と、言いますと?」
「儂はまず、皇太子のグレシアに任せようと思ったが、グレシアは次期皇帝、皇位継承権一位だ。戦死されては困る」
ごもっともな理由だ。
第一皇子にして皇位継承権一位のグレシア兄上が死ぬとなれば大変なことになる。
「ならば、ネフィリア姉上は」
「あやつには別の件を頼んでいる。第三皇子のフィルスも同様だ。もうお主しかおらんのだ」
まじかよ。それは普通に最悪だ。
よりにもよって上の兄弟全員動けないとは。
まずい。
魔物討伐なんて裏でこっそりやってるのにどうしてゴミのように沸くんだ奴らは。
今度心ゆくまで殺戮してやろう。
いや待てよ、それは不自然だ。
そもそも何故俺たち皇族が魔物退治をするんだ?
そんなもの、国お抱えの騎士達に任せればいいだろう。
「皇帝陛下、魔物討伐は騎士達に任せれば良いのでは?」
「本来ならな。しかし。ルシアよ。数ヶ月前に隣国のテレステア王国が戦争中なのは知っているか?」
「…………」
沈黙。
「お主、まさか知らないとは言うまいな?」
「いえもちろん知っているに決まっているではないですか!」
「ならば何故目を合わせない」
知らなかった!
隣国が戦争中なんて知るかよ!
だって普段部屋で引きこもってるような奴だぞ!
世間事情に疎いのは仕方ないじゃん!
とは口が裂けても言えない。
「まぁ良い。つまりそんな事があり、3日前に騎士を派遣したのだが、残念な事に騎士の隊長を務める者が深手を負い、統率が取れない状態なのだ。なので、やむなく」
はぁぁぁぁぁ!!!
ふざけんなよ隊長クソ野郎!
てめぇ誰の許可得てくたばってんだよ!
それじゃまじで俺がいかないといけないじゃん!
俺だって馬鹿じゃない。
何故今回皇族がいかなければならないのか?
皇族は国の象徴。
騎士達は皆皇族に忠誠を誓っている。
つまり絶対的存在なのだ。
たとえ放蕩皇子の俺でも皇族は皇族。
俺つまり皇帝陛下が遣わした者。
それだけで熱烈な忠誠心を持つ彼らは嬉々として魔物に突っ込んでいくだろう。
勿論俺は陰で色々言われるだろうが。
「理解したようだな。皇族が行く意味が」
「……誠に遺憾ながら」
何処ぞの骨よりかは皇族の方がまだマシだ、と言う事だ。
「こういう訳だ。やってくれるな?」
「いや、しかし」
「やって、くれるな?」
「……はい」
まじで、人の幸せを害する愚か者ども、砕け散れ!!!!!!
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