第3話 それでいい
「まぁ、分かっちゃいたけど。隠す気ねぇなー」
俺は帝国建国記念祝賀祭で起こるであろう陰謀に暗躍する為、帝都をフィリアと共に下見に来ていた。
幅20メートルはある大通りを無数の馬車と人が往来し合い、まるで街中が
良く言って活気付いていて、悪く言うと騒音。
そんな中、皮肉にも耳を打つとある特定の人物の話題。
ーーおいあれ、第四皇子だ。
ーー嘘っ?なんでこんなところに?
ーーどうせ職務放ったらかして遊んでるんだろ?
ーーまっ、所詮放蕩皇子だもんな。
俺本人がいると言うのに容赦ない陰口があちらこちらから聞こえてきた。
だが俺は気にしない。
この状況は自らが好んで作り出したもの。
彼等が言っているのは大半が事実。
そして大半が俺に対して侮蔑や軽蔑をする。
大衆が皆そうすれば、大衆の中の少数がそう言おうと、それは大衆の意を代弁しただけに過ぎない。
なら、陰口の一つや二つくらい問題ないだろう、という事だ。
仮にも俺は皇族。
ここで民に対して激昂しようものなら、それは皇族を貶める行為他ならない。
悲しきかな。俺としても、事実下見とか言いながら8割が娯楽目的な上、民達の反応が予想通りすぎて、最早笑うしかない。
「……ルシア様」
「ん?どうしたフィリア。何か気になる物でも売ってたのか?いいぞ、行ってこい。所詮俺は民から見放された放蕩皇子。万が一なんて起きようがない」
「……そうゆう事じゃなくて!」
すぐ後ろを付いてきていたフィリアが、何かもの言いたげな面持ちで言う。
「その、ルシア様は、いいんですか?あんな好き勝手言われて」
「何、フィリアが気にすることじゃないさ。日々汗水流して働いて、必死に生きている奴らからすれば、生まれも育ちも恵まれているのに、期待されていたのにそれを反故にし、勝手気ままに振舞っている貴人なんて、憎しみの対象でしかない。人は誰かに不満やストレスをぶちまけなければ生きていけないデリケートな生き物だ。俺という丁度いい的があれば、使わない手はない。彼等は正しいし賢いさ」
勿論、これは本音だ。
俺だって彼等の立場なら、誰よりも不平不満を吐き散らす自身がある。
彼等がしている事は、人として至極当然であり、正常。
大衆心理が俺に矛先を向けた時点で、取り返しはとっくにつかない。
「何故、ですか?」
納得がいかないといった様子で、フィリアは俯き、悔しそうに、悲しそうに嘆いた。
フィリアは俺の専属だが、皇族に対する忠誠心も高い。だから、仮にも皇族の俺を蔑むことが許せないのだろう。
いい奴だなぁ〜。
「ルシア様は、何故人に認められようとはしないのですか……っ!人なら誰しも、自己顕示欲があるものです。他人に自分を認めさせたい!自分がすごい人であると思い知らせたい!そんな気持ちがあるはずです!……ですが、ルシア様はからはそれが全く感じられません!何故ですか?どうして自分が傷つくやり方に平然としてられるのですか!どうして弁明を試みようとしないのですか!
私は……ルシア様がもっと、人に認められて欲しいです……っ」
俺は、空を仰いでいう。
「フィリア、俺は別に、人に認められてもらうことが誇りであり、良い事なんて思わない」
俺は足を止め振り返り、フィリアの目を見てはっきりと告げた。
「確かに世の中、自分を他人に認めさせる事で存在意義を見出している者もいるだろう。だが、俺はそうはしない。他人に認められた所で、何になる?他人は所詮他人だ。俺には、俺の中での、決して折れない指標がある。俺はそれに従う事に、意義を見出している。誰からも認められなくても、それはそれで辛いかもしれないが、俺はそれでいい。
俺の中にいる自分が、今の俺を認めてくれていれば、それでいい」
これは、あの少年の記憶=俺の前世の記憶と、今世15年の経験の果てに生まれた集大成だ。
記憶の中で生きた少年は、決して他人に認められる事を求めてはいなかった。そこにあるのは、只ひたすらに深い、自己満足。その為だけに生きた少年の記憶を受け継ぐ、意思を継承すると言う事は、そういう事なのだ。
それに……。
「俺は、フィリアが俺を認めてくれていれば、それでいいんだ。だからフィリア。そんな悲壮な顔しないでくれ」
俺は悲しくこうべを垂れるフィリアの頭を優しく撫でてやる。
決して、俺の事を心配してくれたフィリアを論で言い負かしたい訳ではない。
只少し、
俺の価値観が人より腐っているその事を、知ってもらいたかっただけだ。
「さて、行くぞフィリア!せっかくの帝都だ。もう正体バレてっから、変に神経使わずに遊べる!行くぞっ」
「……っ!ちょっと待ってくださいルシア様!私今真剣な話を……っ!もうっ!」
これ以上長引くのは、せっかくの時間が台無しになるので無理矢理話を終わらせた。
「あっおばさん!この串焼き二つくれ」
「あいよ。ほら、出来立てだ」
大通りに所狭しと並ぶ店の中から、人当たりの良さそうなおばさんの店で串焼きを購入。
「ほら、フィリアもいるだろう?」
「あっ、じゃあ。頂きます」
遠慮しがちなフィリアに半ば無理矢理串焼きを渡し、一口。
うん。
まあまあ。
とは口が裂けても言えない。
フィリアも俺と同じ感想のようで、社交辞令さながら「美味しかったです」とおばさんに伝えていた。
「イタッ」
「あっ?うんだガキ!ちゃんと前見て歩けや!」
「ごっ、ごめんなさい……」
先ほどの串焼きの店を反省し、料理人格共に優れていそうな店を探していると、ふとそんな場を目撃した。
体裁的には、良く見もしないのは男の方で、男の子はその気弱そうな風体もあって男に難癖をつけられている。
街のいつもとは違う賑やかな雰囲気に肖られた、片手に最近流行りのアイスクリームを持って走っていたところ、柄の悪い大人が突っ込んだ形だ。
柄の悪い男はそのまま去ったが、少年のようなまだ幼い、一般家庭のお小遣いでは結構な出費を強いられたであろう、落ちたアイスクリームを儚げに見つめていた。
「酷いですね。明らかにぶつかったのはあの男の方なのに」
俺の隣でも、フィリアは一部始終を捉えていた。
何故、そうしたのかは分からない。
でも、なんだか、自分が刃物で傷つけられたみたいな錯覚に襲われた。
少年の歓喜に満ちた顔が、悲しく染まるのが、嫌だった。
「おい、大丈夫か?」
「……うっぐっ、僕の……アイスクリームが」
「よしよし、ちょっと待ってろ。フィリア、少しこの子の事見といてくれ」
「えっ?あ、はい。分かりました」
フィリアにこの子と一緒にいてもらうよう頼み、俺はしばしその場から離れた。
俺は直ぐにその場に戻ってきた。
「ほら、これあげるから、元気だしな」
「えっ、これ。アイスクリーム?」
俺は買ってきた少年が持っていたのと同じアイスクリームを渡す。
「これ、お兄ちゃんのだよね?」
「ああ、でも君にあげる」
「でも……」
「いいからいいから。食べるときはしっかり止まって食べろよ。落としちゃ勿体ないからな」
「うん。うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
少年は少し明るい表情を取り戻し、走っていった。
「ふふっ」
「どうした、急に笑って」
「いえ。やっぱりルシア様は、優しいなって」
「そんな、俺が優しい訳がないだろう?」
「はいはい」
結局、2割はしようと思っていた下見はする事なく、俺は遊び惚けた。
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