第15話クラス大会2
クラス大会当日。
各上位クラスの生徒達による専攻分野毎のお披露目が午前中から始まり、昼を挟んで午後までそれが続く。
基本は勝ち上がり方式で優勝者を出す仕組みになっており、校庭を四面に分けて熱気溢れる戦いが繰り広げられた。
ただし魔法クラスだけは異なる。
攻撃魔法クラスは直接やり合う形式ではない。
攻撃魔法は的に対しての威力や完成度、詠唱速度や発動間隔、何発撃てるかなどが総合的に判定され、得点の高い者から順位が付けられていく仕組みだ。
回復魔法は特殊な魔石にその反応を反映し、得点が算出され順位が付けられる。総合的な得点の付け方は攻撃魔法科とほぼ同じ。
支援魔法科は魔法科で最も華が無く、これも魔石を使用するが参加人数も少なく地味だ。
基礎クラスはこの合間に息抜き種目のように六クラス一気の予選が行われた。
午後から行われる最も人気の高い、各分野混合の上位クラス生徒選抜チーム同士による団体戦に、基礎クラス優勝チームもエントリーされる事になっている。
その基礎クラス予選はいつもなら微笑ましい声援が飛ぶ、クールダウン的存在なのだが今年は違った。
特に二つのクラスによる決勝戦は。
バルドークラスは初戦、クロムの支援を受けたエファの速攻とマリーの撹乱によりあっさり大将を討ち取ると、組み合わせによりそのまま決勝へと駒を進めた。
残り二チームによる優勝決定戦進出を賭けた戦いは、勝ち上がりチーム同士による例年よりレベルの高い戦いとなったが、これもまあそこまで言及する程でもない。
「バルドー君、今年はどうしたのだろうね」
「私のクラスの連中が合同授業などで吹いておりまして。他のクラスにも火を付けて回ったようです。申し訳ありません、私自身も――」
「いや、いいんだ。私はこっちの方が正しい姿だという気がする。学園の運営や一般向けのアピールもそれはそれで意味のあるものだが」
勝ち上がりを賭けた試合が終わった直後。
貴賓席に程近い主催者席に座るボーフェン校長が愉快そうに笑う。
試合を終えたばかりの生徒の状態を見て、教師陣が回復魔法での治療やアイテムによる補給を行っている。
「なかなか見所があった。上位クラスへの進級が楽しみな生徒が多くて私も嬉しいよ」
満足そうなボーフェンだが、バルドーとしてはそうは思わない。
正直自分のクラスの生徒達と手合わせしてきた感想としては、低レベルもいい所だ。
バルドーは知っている。
誰の入れ知恵か知らないが、少し前から奴らは教師の前でも他の生徒の前でも猫を被り続けている、と。特に最後の特訓で思い知らされた。
「みんな、頑張って」
「余裕や、エイク。怪我した時は頼むで」
基礎クラスの決勝戦が始まる。
回復魔法職希望の者は学園でも特別扱いだ。
何人いても数が足りず、その道に一定以上精通する者はどこであろうと貴重だというのに、回復魔法に適性を見せる人間はひどく少ない。
エイクはそういう意味で既に将来を嘱望された人間である。学業も優秀だが、既に適性を見せていた入学時点から優等生の道を歩んで来た。
「それで、どうしますの?」
「向こうはシモンが大将だよ。下手したらやられちゃうし、どうしようクロム?」
バルドークラスの参謀は勿論クロムが務めている。勿論という程必然性がある訳では無いが、これまでの特訓でクロムが的確なアドバイスや作戦を出し続ける事で自然とそうなった。
クロムにとってもゲームで鍛えた戦略と実戦の齟齬をすり合わせる良い訓練となっているし、気心の知れたクラスメイトは皆純粋で、何かを疑ってくる者や傲慢だと難癖をつけてくる者もいない。
「見た感じ特にどうって事も無いと思うけど。逆にみんなは意見ない?」
「私、一騎討ちを所望いたしますわ!」
「アホ。そないなボケかましてる場合ちゃうねん」
「あ、阿呆ですって!?」
「はいはい、どうどう」
「エファに謝んなさいよお」
「な、なんや」
エイクが苦笑いしている。
まあ緊張してガチガチになっているよりはいい。
「ワイは和まそう思てやなあ」
「おいおいもういいって。俺もエファが冗談言ったのかと思ったんだけど」
「私いつでも本気ですわ」
「え……マジだったんだ」
「クロムまでそんな事言って、エファが可哀想!」
「バルドークラス、準備して」
「あ、行きます」
やれやれ、とエイクが首を振り頑張ってね、と言い残し去って行く。レギはボーッとしている。
「じゃあ、作戦はいつも通りって事で」
観客の見守る、校庭に設置された試合場に姿を見せると、ワーッと歓声が上がる。
上位クラスの生徒達によるトーナメントの合間、基礎クラスの団体戦は趣向が変わり更に一般にも分かりやすいレベルの戦いなので、かなりウケているようだ。
装備に優劣は無い。
全員学校の革製訓練服に木刀や木槍など、刃の無い装備から選ぶ事になっている。尚、盾の類は無い。盾などがあるとそれ前提で力任せに打ち込む者が出るため、ミスした時に事故に繋がりやすいという理由から禁止となっている。
当然、相手の体へは寸止めか寸止め前提で軽く打ち込む事しか許されておらず、これを破った者は危険をもたらす者として見なされ厳しい処分も下りかねない。ただし飛び道具はこの限りでは無い。
「基礎クラス決勝、始めます。互いに怪我の無いよう気を付けて戦うように。いいね?」
審判役は教師が行っている。試合場の周囲に立ってそれを判定しているのだが、その正確さはクロムも満足いくものだ。良くそこまで見えるな、と驚く程。
大将同士が握手する。
相手クラスの大将を務めるシモンは基礎クラスでもマリー以上に優秀な総合成績を収める、いわば基礎クラスの主席だ。その差を生み出す主な要因は優れた体格からくる槍術を使用した戦闘成績に拠る所が大きい。
戦闘関連の授業は剣術授業以外は総合的な、各自好きな武器での実戦授業となっているのだが、ここで圧倒する以外にもシモンはなんと剣術でもエファに並ぶ。
おそらく、だが。
クロムはシモンが見たままステータスが高い事以外にも、優秀なスキルを揃えているのだろうと推測している。
多分エファは<剣士適性>を持っている。
これは<剣術適性>の上位で、剣装備でステータスにも補正が掛かるというものだ。
その他にも色々スキルはあるのだろうが、ディーの知識を完備しているクロムとはいえ流石に細かい所までは分からない。
<連続攻撃>や<見切り>とかがもしかしたら当てはまるのかも、程度。
しかし例えシモンのステータスが高いとはいえ、技術レベルでいえば駆け出しもいい所の基礎クラス。剣士適性その他を持つと思われるエファを剣術でも凌ぎかねないというのは、剣術に対する何かしらのスキル補正が無ければ考えにくい。
クロムはシモンが<戦士職適性>を持っているのではないかと予測している。
これは戦士系職全般への適性であり、スキル的にはかなり優秀。その代わり魔法職への適性値が下がるというデメリットもあるが、器用貧乏になるくらいなら確実に特化型の方が良い。
加えてシモンは<槍術適性>も持っているのではないか、という予想。
眠そうな顔のレギと握手したシモンは片眉を上げ、怪訝そうな顔をするが黙って自陣へと反転する。
戦闘関連授業で最も目立つこの男はクロムもずっと観察対象にしてきた。
本音を言えば欲しかった男だ。
クロムは来る本編に向けて、こう考える。
ランダスター校は自分のレベリングの場であると共に、将来的なパーティー戦闘の予行演習の場。そう考えている。
「始め!」
いつもの布陣。
エファを先頭に、一列に連なるような隊形。
マリーだけが左翼に動き、一人様子を窺う。
――そういえばあいつのイベントはここじゃなかったな。肩透かしだよ、全く。
ゲイルとかいったか。
あのクラスは初戦で敗退している。
まあ攻撃魔法は禁止だからな。
あいつが優秀だったとしても関係ない。
どうでもいいか。
クロムがそんな事を考えている内に試合は動き始めていた。予想外、でもないが、大将であるシモンがエファへと襲い掛かり、その他の生徒が二人マリーを牽制、残りが空いた場所から回りこんできている。
お手並み拝見。
ひとまずクロムは詠唱を始める。
無詠唱、インベントリは封印すると決めた。
クロムはディルが<俯瞰>のスキルを所持していると思っている。これはゲーム中では回避スキルに属するものとなっているが、テキストには「戦場を俯瞰し広い視野を持つ事で回避が上昇する」と書かれていた。
多分これだろうと。
もしかしたら<指揮>も持っているかもな、とそれもいずれ確かめてみたい。ゲームではほぼ所持するキャラクターがセットで持つスキルだった。
「はああっ!」
「ふっ」
本当にエファの望み通りの一騎打ちがいきなり始まるとは思わなかったが、エファは相変わらず勇ましい声を上げながらしっかりとシモンを食い止めている。
ここでシモンが討ち取られればそれで終わりだけどな、とやや博打気味の相手クラスの戦術に思う所もあるが、こちらとしてもエファが討ち取られればなし崩しに負けかねない。
無詠唱で行くと決めたからには初手を間違える訳にはいかない。
「速度強化(スペイド)Ⅱ」
ディルの体が発光する。
レギとクロム、マリーの動きがディルには見えているはずだ。しっかり動けよ、と心の中で呟き、すぐに次の詠唱に移る。
「よっしゃあ!」
支援を受けたディルが回り込んできている二人の前に飛び出す。
クロムとレギの前の空間には離れてエファとシモンが対峙しているだけだ。
スペイドツーまで受ければディルの動きはかなり高速化する。充分に安全に留意しながら二人の内の一人を仕留めた。これで右翼はしばらくディルが抑えきるだろう。
マリーは素早さが売りの戦い方をする。
迂闊に仕掛ければ返り討ちに合うと合同授業で理解している相手は、とにかくエースの片翼であるマリーを足止めし、シモンでエファを撃破するという作戦のようだ。
「速度強化(スペイド)Ⅰ!」
マリーが入学前から切り札としている自己強化。詠唱の熟練度はかなり高く、交戦しながらでも唱えられるというのは相当に強い。
タンッ、と絡みつくように牽制する二人の生徒からバックステップで一度距離を取る。
が、相手もそこに狙いがあったようだ。一人がその瞬間反転し、シモンと交戦するエファの背中へと走る。
更にもう一人はレギとクロムの方へ向かう。
相手の作戦はシモンの強さを最大に活かす事を考えて練られたのだろう。
大将のレギがすばしっこく捉えにくいのは周知の事実だ。そしてクロムが肉弾戦に弱い事も。
もしかしたらディルを最初に抜くつもりだったのかもしれないが、とにかく厄介なマリーを参加させなければシモンが勝つ。そういう読み。
遊撃で離れる癖を持つマリーの隙を突き、支援魔法を使うクロムを排除するか、二対一で最大の戦闘力を持つエファを排除する。そんなところだったのだろう。
まあ相手の思考など読むだけ無駄だな、とクロムは切り替える。マリーは珍しく迷ったらしく、中途半端に前進しかけている。
エファも危ないが大将とクロムも放置できないと考えたか。マリーに目で大丈夫だ、と意思を伝え頷く。
「速度強化(スペイド)Ⅱ」
本当はエファに使うつもりだったが仕方ない。
自らを強化し、スタタタタ、とぽっかり空いた空間を駆ける。レギも何も言わずとも付いて来る。
こいつ本当に足速いな、とレギに若干の胡散臭さを感じつつエファの方へ向かう。
視界の端で、エファに背中から襲い掛かろうとしていた一人のケツにマリーのナイフが直撃し、失格を告げられている場面を確認した。マリーの顔は見えない。
マリーは<投擲術>か何か持っている。というか見ていれば間違いなくレンジャー系の適性を持っているのだろうと簡単に分かるのだが。
近付いたディルの背中。大きく牽制を始め相手を押し込んでいる。やはりクロムとレギの動きが見えているのだろう、逃走ルートを空けようとしてくれているらしい。
「やっ!」
「むうん!」
激しく火花を散らすシモンとエファを横目にバヒューンと試合場の逆端まで駆け抜けた。あの二人に中途半端に介入できる能力は残念ながら無い。
「レギ、お前なんかやりたいとか無いの?」
「……え、無い」
「あっそ」
すっかり暇になった。
一対一の構図が三つ出来上がったが、クロムとレギを追いかけようとしていた一人は諦めて反転した所、マリーに追いつかれ早々に敗北した。
マリーはその後何故か介入しようとせず、じっとディルとエファを見守っていた。
その内ディルも形勢が決まって焦った相手の隙を見逃さず失格に追い込み、今では試合場中央でエファとシモンが激烈な争いを繰り広げるだけとなっている。
マリーが動かなくなったのは多分ディルがマリーに何か声を掛けたのだろう。
ディルも対シモンに参加しようとせず、マリーと並んで観戦を決め込んでいた。
「シッ!」
シモンの鋭い突きをエファが低くかわし、その低い姿勢のまま一回転すると弧を描くように胴を狙い剣を振る。
伸びた槍におっ付けるように体を前方に投げ出したシモンは、半身を捻りエファの剣を槍柄で受け止める。
そのまま手元の槍柄で剣を弾くシモン。
膂力は比べるまでもない。
が、バルドーとの特訓で力比べは自殺行為だと思い知っていたエファは、それに逆らわず流れるような足捌きで弾かれた方へ体を動かし受け流す。
再びシモンの間合い。
ここまでまだ大して時間は経っていない。
大勢はあっさりと決着したのだ。
だが、二人にとっては開幕から充分長い、激しい立ち合いとなっていたのだろう。
元々の体力に加え、やはり打ち合いで力の勝るシモンは確実にエファを追い詰めていた。
ぷはっ、と息を吐き出すエファ。
はーっ、はーっ、と視線をシモンから外さないまま、何とか呼吸を整えようとする。
ふううーーっ、とこちらも細く長く息を吐き出したシモンの槍がユラリと揺れた。
試合場に穴が開くかのような裂帛の踏み込みを見せたシモンの体がそこから更に加速する。
カリッ、と小さな音。
横殴りに立てたエファの剣は宙に浮いたまま何も捉える事は無く、シモンの槍の穂先は見事にピタリとエファの胸元に突き付けられていた。
「エファ・リーンジ、失格!」
静かな校庭に起こるどよめき。
ゆっくりと剣を降ろしたエファは、何かを噛み締めるように目を閉じそのまま顔を天に向けた。
だがその口元は満足そうだ。
真っ直ぐに槍を後ろに引いたシモンに対し、ディルとマリーが左右に広がり距離を詰める。
あれは二段突きのスキルとかそんな感じかもしれない、などと考えていたクロムも「あ、そういえばまだ終わってなかった」と歩き出す。
振り返る事無く試合場から降りたエファを横目で見送ったシモンが槍をくるりと回す。
正対していくやる気満々のディルをまず支援すべく詠唱を開始したクロムだったが、やめた。
「負けました」
そう言い放ちシモンが軽く頭を下げたからだ。
「おいおい、ええんかそれで」
「俺しか残ってない時点で勝負はついていた」
「いやあ~どないやろ」
「やめなさいよ、ディル」
シモンの宣言を受け、審判役の教師が勝負あり、と告げる。同じ判断だったに違いない。
歓声と盛大な拍手が沸き起こる。
「凄かったぞねーちゃん!」
「いい勝負だった!」
「お前ら期待してるぞー」
特にエファとシモンへの声援が多い。あの見事な一騎討ちを見せられれば納得というものだ。
「お疲れ」
「ありがと、エイク」
「エファ、凄かったで」
「悔しいですけど完敗ですわ」
試合場から出るとニッコリ微笑んだエイクが労ってくれた。教師によるメディカルチェックを受けながら会話を交わすバルドークラスの中でエファも満足気に笑っている。
「皆さんお礼を申し上げますわ。本当にありがとうございます」
「気にすんなや。シモンはこれ終わったら槍術クラスに上がってまうからな。最後のチャンスや思てたんやろ」
あ、とここで気付く。
あの一騎討ちしたい宣言の時の会話はエファの本当の本気だったのだ。実はエファの気持ちにディルもマリーも気付いていたのか。やべ。
「クロムさんも物足りないんじゃありません事?」
「いやいや。全く」
「まあ午後から頑張って貰わなアカンし」
「おう」
取り繕ったが危ない所だった。マリーが動きを止めず普通にディルの手助けをしていればあやうくエファに強化魔法をぶっ放していた。
何となくそういう空気というか観客を意識しての演出かと思っていたが違ったんだな。
何か言いたげなレギがこちらを見上げてきたのでアイアンクローで口を封じる。
コイツは俺のそういう雰囲気を感じ取っていた危険性がある。
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