第14話クラス大会 1


「アダム! 間に合ったか」

「これは、団長」


 緑竜騎士団所属軽騎兵隊長アダムは、お堅い性格として有名だ。実直で有能な事も。


「お前ならば間違いないだろう。部隊長であるお前にこんな事を頼むのは気が引けるが」

「いえ、重要な任務だと理解しております」

「うむ。もう一度一言、言っておきたくてな」


「他の団と今は少しでも差を付けたい。頼むぞ」

「はっ、了解致しました」


 去って行く後ろ姿が見えなくなるまでアダムは直立の姿勢を崩さない。

 そんなアダムを遠目に揶揄するような他の騎士の視線に気付くが、どうという事もない。


 デルスタットまで駆ける為、愛馬の元へ向かう。

 

 





 ガヤガヤと賑やかなランダスター冒険者養成学校の校庭。半円形に設けられた観覧席が、中央の校庭部分を囲むように設営されている。簡易コロセウムといった趣だ。


 ランダスターのクラス大会に訪れる人々は、生徒の保護者、各地冒険者ギルド関係者、別の養成所関係者などが主賓となっている。


 その他一般見物客。

 冒険者も多い。

 優秀な若手をスカウトする目的を持つ人間が多く居るが、フリーの冒険者も自分達のパーティーに必要な人物がいればガンガン勧誘してくる。禁止もされていない。



 主賓の中でも特別扱いなのが王国関係者だ。

 王国関係者は強引な勧誘など勿論しないが、あるクラスと密接な関係を持っている。


 騎士クラス。

 養成所でもエリート中のエリートである騎士クラスは、冒険者関係からも注目度は高い。

 毎年この時期、騎士クラスだけではないが、王国関係者の目に留まった者は学校を通じて書状を貰う。


 生徒達にとっての望みでもある。

 





 そのクラス大会一週間前。バルドークラスは最後の追い込みに余念が無かった。


「行ったで!」

「はっ!」

「いいぞ、今のカバーは大事だ」


 担任であるバルドーはクロム・ディーとマリート・アルマが編入してきた当初、クラス大会については何の考えも持っていなかった。


 そもそもバルドーは剣士クラスの教師だ。

 基礎クラスの担任は皆、専門クラスの教師が分担して期毎に担当しているだけに過ぎず、本来の意味での担任とはちょっと役割が違っている。


 その上クラス大会における基礎クラスの役割はストレートに言ってしまえば「道化役」だ。


 才能と実力ある者は上位クラスへと昇る。

 勿論そこに限りなく近い者が基礎クラスに在籍していたりもするが、それはタイミング次第なだけで、ほとんどの場合ひよっ子集団なのである。



 道化役といっても見世物にしようという意図ではない。これは「あなたも我が校で学べば上位クラスの生徒のようになれるんですよ」という一般向けのアピールのようなものだ。


 上位クラスのハイレベルの学生を見て、「自分には無理だ」と子供達に物怖じして欲しくないため、あえて基礎クラスのレベルを披露する事でハードルを下げようというのが目的である。


 更にはランダスター校の教育の優秀さのアピールにも繋がるという訳だ。



 基礎クラスの出場はそういう位置付けであり、生徒達も理解しているのでそこまで熱を入れないのが通例となっている。それに事実上位クラスとは隔絶した実力差が存在し、基礎クラス予選を勝ちあがった所で格好の引き立て役になるだけ。


「しっかり止めろよ!」

「はい!」


 ところが今年は風向きが違う。

 バルドークラスのせいで。


「速度強化(スペイド)Ⅰ」


「攻撃強化(ステラ)Ⅰ」


 クロムの補助魔法により大将役を務めるレギ、アタッカー役のエファの能力が上がる。

 バルドーが、スルスルと動き回りなかなか隙を見せないレギを捉えようと前に詰める動きを見せた所で、攻撃力を強化されたエファが空中から飛び込んでくる。


「はああっ!」


 ゴン! と、予想外に重い一撃。

 思わず嬉しくなりバルドーはニヤリとしてしまう。


 それでもエファはバルドーの相手足り得ない。

 今や基礎クラス全体でも一、二の冴えを見せるようになったエファの高速の剣捌きに軽々と剣を合わせると、背後からマリートの投擲した木製ナイフを一瞬回転して弾き飛ばす。


 そのままエファの剣に吸い付くように自らの剣を合わせると、大きく弾く。何とか剣を手放さないよう食いしばったエファの顔が歪む。


 腕が伸びきり引き攣った顔を見せたエファに一瞬躊躇するも、そのまま踏み込み首筋に剣を当てる。


「失格だ! エイク!」


 回復魔法担当のエイクに任せる。

 再びナイフを投擲してくるマリートは常に離れるように距離を取り、なかなか隙を見せない。力づくで各個撃破してもいいが、それではこの特訓の意味が無い。あくまでバルドーは崩す事を主眼に置いている。


 一気に加速し、ディル、クロム、レギと三段に構えた防御線を突破しに掛かる。



 ディル・ハミル。

 中衛を務めるこの生徒の良い所は偏に集団での立ち回り、その位置取りの確かさだ。


 この生徒は乱戦でも必ず中心を外さない。

 バルドーが最近まで気付けなかった長所。意外な冷静さと良い目を持っている。


 だが。


「ふっ」


 能力の低さは如何ともし難い。

 真っ直ぐ突っ込むと見せかけて反応した所に、更に鋭く沈みこむように低く斜めに出る。

 持ち上げた右手の剣。死角となる左手を軽く打つつもりで剣を跳ね上げる。


 いくら要として見事に機能していようと、それは周囲との連携ありきで、脆い盾ではどうしようも無い局面というのがあるのだぞ、と心の中で呟く。


「防御壁(シールド)Ⅰ」


 カンッ、と篭手の手前の光る壁が良い音を立て、バルドーの剣を弾く。

 

「ちっ」

「スマン、マリート!」


 ヒュッ、と風切り音を捉え、軽く飛び退り回避する。


 マリート・アルマ。

 軽快に動き回り遊撃の役目を担う生徒。如何なバルドーといえどこう距離を取られてはそれなりのやりにくさを感じる。


 と、ディルが長身のリーチを活かし伸びるように突きを放ってきた。先程の掛け声はあえて向こうを意識させあわよくば一撃入れようという魂胆か、はたまた。


 ゴリッ、と木剣同士が擦れ合う。

 顔の横に剣を立てるようにしていなしたバルドーは、その先の狙いも既に看破している。


 左後方、死角からマリートが足音を消すような動きで肉薄してきている。本命はこっち。

 思い切り渾身の脚力で前に出る。


 驚いた顔のディルを盾にするように回り込み、自分とマリートの間に障害物として挟む。


「速度強化(スペイド)Ⅰ!」


 小さく詠唱していたのだろう、マリートの体が発光し、ディルを避けて鋭角なステップで切り込んできた。なかなかの速度だ。

 が、バルドーを翻弄する所まではいかない。


 ようやく踏み込んでくれたか、とばかりに迎撃しようとしたバルドーを嘲笑うように、マリートの速度がもう一段加速する。


「なにっ」


 今度はバルドーが驚く番。

 マリートは本命ではなかった。

 剣を振るうフリだけ見せて、間合いから離れる。


 その姿を見送る隙にディルも再び距離を取り、中衛として背後をケアする構えを取っていた。


「なるほど、無理せず防御に徹するか」


 生徒達の基本の形。

 レギが味方を障害物にして逃げ回る。

 ディルが自衛力の無いクロムを守る。

 マリートが広く周遊し、戦況に応じて介入する。

 クロムが場面に合わせて支援する。


 思わず笑い声を上げそうになった。

 これが基礎クラスの生徒達とは。

 

「よし、一旦やめ。……エイク、どうだ」

「はい、問題ありません」

「そうか、良かった。大丈夫かエファ」

「ええ、平気ですわ、バルドー先生」




==============================




 全員を集め感想戦に移る。


「お前達の陣形は良いが、肝心のアタッカーをあっさりやられてしまってはジリ貧だぞ」

「はい。申し訳ありません、皆さん」

「いや、エファのせいちゃう」

「そうよ」


 まず目に付いたまずさをバルドーが指摘する。

 あえてそうした面もあるが。


「ディルの位置を常に意識しろ。あそこで飛び込んでくる必要は無かった」

「……はい」


 エファ・リーンジ。

 やや突出しすぎる傾向にある。

 連携の面で足を引っ張っているのはエファだ。


「が、腕を上げたな。そこは褒めよう」


 ニッと笑ったバルドーに嬉しそうにエファも笑う。

 マリートもエファの肩をぽんぽんと叩く。


「ディル、時にはお前が前に出る意識も必要になってくる。仲間が常に最善の位置取りをしてくれるとは限らないんだ。お前が修正してやらんとな」

「すんません」


 ディルは逆に連携を意識しすぎている面もある。能力の低さを自認して慎重に立ち回るのは大いに褒めるべき部分だが、時には大胆さこそが仲間を助けたりもするのだ。



 ただバルドーは自身がたった今二人にそう伝えたばかりにも関わらず、果たしてこれは基礎クラスの生徒に言うべき事だろうかとすぐにおかしさも覚えた。上位クラスの生徒達に聞かせてやりたい。


「後は、そうだな」


 レギ・セントレオン。

 この生徒に関してはアドバイスが難しい。

 もう少し参加しろと言いたい所だが、大将役という事を考えれば逃げに徹するのは決して悪くないのだ。彼の持ち味はそういう所でもある。


「聞いておきたい点がある。最後、マリートとディルの連携は練習していたものか?」

「練習……というとちょっと違います」


 マリートが眉尻をハの字にする。

 ディルも腕組みし、うーん、と天を仰ぐ。


「位置取りは練習ですけど。動きはアドリブです」

「ほう」


 バルドーは意外な答えを聞く。

 練習だとしても驚嘆すべきコンビネーションだが、咄嗟のアドリブとは。


「それにしても、マリート。随分速くなったな」

「ああ、あれは」

「気付いてへんかったんですか、先生。やったやんクロム、先生も気付かへんかったって」

「ん……ああ」


 どういう事だ?

 バルドーが目を細める。


「説明してくれ」

「クロムが練習しとったんですよ、フェイントいうか」

「……すまん、どういう事だ?」

「あの、いいですか。あの瞬間、クロムが上書きしてくれたんだと思います。そうでしょ、クロム?」

「ああ、まあ……」


 

 更にバルドーが目を細める。



「……マリートの速度強化(スペイド)Ⅰをクロムが速度強化(スペイド)Ⅱで上書きした、そういうような事か?」


「……はい」

「それも、アドリブなんだな?」

「はい、あたしもビックリしちゃって」


 バルドーの顔は険しいままだ。


「最初にエファが突出した時、攻撃強化(ステラ)で援護したな。ディルに防御壁(シールド)も」

「はい」

「……うむ、見事だ」

「最初はクロムに大将やらそ思てたんですけどね。魔法ごっつ上手なりよって、レギに……」



 

 思わずお茶を濁す。

 バルドーに魔法の才は無かった。

 だからという訳ではないが、教師としては専門外の分野まであまり生徒に踏み込みたくない。


 ただそれでも分かる。

 魔法の門外漢であるバルドーですら、クロムの異常性にはすぐ気付く。

 バルドーも冒険者時代、そういう仲間との連携は散々経験してきたからだ。


 

 それぞれ意見を出し合う生徒達の話を聞くフリをする。適当に相槌を打つ。

 しかしバルドーは頭の中でどうにか納得できる答えを見つけようとしていた。


(読み? ……だとすればそれはそれでやはり異常だ。ああもタイミング良くとはおかしい)


 最初のエファへの攻撃強化(ステラ)。

 あれは連携外で、エファの勇み足のはず。

 そこを読んでいたとしても。


 ディルへの防御壁(シールド)。

 あれも俺の突進を読んでいたとしても。


 マリートへの速度強化(スペイド)。

 偶然タイミングが重なっただけか?

 何故用意していた魔法がスペイドだった?




 バルドーがいぶかしむのも無理はない。

 仮にクロムがそういう才能で展開の全てを読んでいたとしても、おかしい部分がある。


 詠唱速度だ。




 エファの跳躍を見てからでは間に合わない。

 バルドーが突進してからでは遅い。

 マリートに関してはたまたまの可能性もあるが。


 いや、やはり腑に落ちない。

 クロムの位置からならマリートの動きは見えていただろう。それをサポートするのは構わない。


 しかし何故スペイドなんだ?

 マリートはアドリブと言っていた。

 勿論これはたまたま重なっただけという可能性を否定するものではないが。


 それに……何より決定的におかしいのは。

 ディルが言っていた言葉。


 ――練習しとったんですよ、フェイントいうか。


 この言葉、異常すぎる。


 この言葉が意味するのはつまり。

 マリートのスペイドを上位のスペイドで上書きし、相手の予測の意表を突く、これに他ならない。



 これは明らかにおかしい。

 普通マリートと示し合わせておかなければ絶対に成立しないものだ。

 決めにくるのではなく、スペイドで撹乱を狙うという彼女の思考を読んだとしても詠唱を始めるタイミングがアドリブで合う訳がない。


 ……。

 まさかとは思うが。


 ステラ、シールド、スペイド。

 エファの、俺の、マリートの。

 動きを見てから使った、のか?

 



 バルドーはその考えに行き着いた自分を否定する。馬鹿馬鹿しいと。

 詠唱速度は個人によっても変化する。

 早口言葉では上手く発動しないのが基本とされているが、熟練者程そのスピ-ドは上げる事も可能だ。


 クロムにそういう才能があり、読みと合わせて偶然奇跡的な展開を生んだだけの事。


 そうに違い――いや、やはりおかしい。

 最後のマリートへのスペイドなど、マリートが使用して瞬後の出来事だ。


 どう無理矢理考えてもほぼ同時に準備していなければ無理な時間しか無かった。

 高位冒険者でさえそんな速度で詠唱できる者などいないはず。少なくとも俺は知らないぞ、と戦慄する。



 座学で落ちこぼれの烙印を押された生徒。

 剣術で異様な消耗を見せる姿。

 魔法でいきなり頭角を現した才能。


 クロム像は入学時からずっと定まらない。

 何より、バルドーには疑惑がある。


 あの、入学試験。

 何かに見つめられたようなあの目。

 それを思い出し、ゴクリと唾を飲む。


 忘れていた訳ではない。

 忘れようとしていた事だ。

 






(優秀だね、先生)


 そんなバルドーの様子に気付き、自分が怪しまれている事に気付いたクロムは表面上クラスメイトに合わせる素振りをしつつ内心ほくそ笑む。


 詠唱は小声で誤魔化せる。

 だが無詠唱はやはり、偽装した所でどこかで気付く者は気付くという確認ができた。


 どうせバルドーには一度やってしまっている。

 おそらくあの時から自分に対する何かしらの不審の念は抱いているだろう、と実力もちょうど良い相手だった事から実験に付き合って貰ったが。


(さすがに騒ぎ立てられたり祀り上げられたりするのはお断りだからな)


 さてクラス大会はどうしようか、とようやく会話に参加する事にする。バルドーにもまだ披露していないものもあるのだ。

 

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