第13話クロムのゲーム考察


 クラス大会の開催が迫る。

 それに向けてクラスが団結する中、クロムには一つ、懸念があった。

 


 成長に関しての考察。

 以前プラチナが「この世界の住人はディー程の超人には成り得ない」と言っていた。


 それ自体は多分間違いではない。

 が、正しくは「ステータス自体はそこまで伸びない」だと睨んでいる。竜人種への転生条件を満たす者は現れない、と。


 どういう事か説明しよう。



 例えばマリー。

 彼女の腕は、決してマッチョとはいえないクロムより細い。腕力数値はクロム以下だろう。


 実際力比べをすればクロムの方が強い。

 脚力も同様だ。

 彼女の足はいわゆる女の子っぽい足だ。


 が、授業においてこれが覆されつつある。


 剣を振って、とてもクロムが両断できそうにないターゲットを両断する。

 疾風の如き踏み込みを見せる。

 カモシカのような跳躍を見せる。



 ちょっと辻褄が合わない。

 マリーだけでなく、クラスメイトや他の学生もそうなりつつある。肉体能力で相当差が付いてきているのだ。


 もっと言うと分かりやすい。

 エファはか弱くか細い。

 普段全然重い物なんか持てない。


 しかし剣の授業で、目にも止まらぬ見事なツバメ返し的剣技を披露したりもする。



 おいおい、そりゃおかしいだろう。

 

 そんなの腕力が無きゃ成立しないぞ、と。


 

 つまりステータスとは違う力が働いている。

 クロムの現実的認識と、「ゲームだから」の噛み合わない部分をある要素が補っている。


 そう、スキルだ。

 多分間違っていない。

 おそらく特定の”行動”や”能力”に対して、この世界の住人は様々なパッシブスキルの恩恵を受けている。

 

「STRが凄まじい数値なら実際そいつは化け物みたいな肉体と腕力のはず」


 こういう、”クロムの現実的思考が阻害したゲームシステム”をスキルが補っているのだろう。


 エファのツバメ返しなんかはもしかしたらアクティブスキルなのかもしれない。ステータスウィンドウが無いから認識していないだけで。


 極まったらスキルとして本人が自認したりし出す、そういうものなのではないか。




 思えばモンスター暴走事件の時。

 騎士団や冒険者達の戦いを「普通」と見ていたが、あれはゲームを基準に考えていた。


 初期モンスターなど容易く狩れて当然。

 間違いではない。


 ただ、普通人間がそこに至るのはしんどい。

 ステータス的な考え方をすれば。

 実際今のクロムのステータスでは同じ装備であそこに立っていれば多分、死ぬ。


 クロムが、ゲームなら雑魚は一撃で当たり前、ダメージもほとんど受けない、そういう思考でいたから気付けなかったにすぎなかった。


 彼らは充分強かったのだ。

 そこに気付いた。

 低レベルな次元だとしても、常識的な人間の限界は超えた者達だったのだ。



 ディーに肩を並べる者はいないだろう。

 だが、ゲーム的超人は多分存在する。

 ランダスターの学生もきっと、ステータスは人間の範囲内に納まる者が多数だとしても、スキルにより超人化していったりするに違いない。


 来る本編に向けて、ちゃんと戦力になるのだ。


 


 長々と述べたが、要約すれば


「身体能力にリアリティーはもたらされたけど、ゲームだからスキルって事で一部辻褄合わせた」


 そういう事になる。






 で、クロムの懸念だが。

 

 他人はただの比較にすぎない。

 問題は、じゃあクロムはどうなのか、という点だ。


 日常生活の観察により出した結論、マリーやエファよりステータスでは多分勝っている。

 

 腕力、脚力、体格、体力。

 これらの男女差はしっかり存在している。

 クロムが上だ。


 しかし授業で分かる通り、それらは所詮意味を成さないに等しいものとなっている。様々なスキルの恩恵を受ける人間に、結局戦闘面でクロムは劣る。


 何故クロムが置いていかれるのか。

 答えは簡単。

 クロムは身体能力の部分でパッシブスキルの恩恵を全く受けていない。


 クロムが所持しているのは<回避上昇><MP上昇><補助魔法適性>僅かにこの三つだけ。


 いずれ以前のようにスキルも習得していけるのではないかと期待はしているが、最悪の場合も想定しておいた方がいいだろう。


 ――全く、何でこんな事に。


 多分、例の縛りのせいとは思う。

 剣は話にならないが、その他の武器もノースキル低ステータスではやっぱり話にならない。

 肉体は現実的な一般人のまま。

 回復魔法もゴミみたいな効果しかない。

 もしかしたらディーという力を持ち込んだ反動のようなものなのかもしれない。




「どうすっかなー」


 うーむ、と唸る。

 目立たない装備品、アクセサリ等で補正してしまえば良いしアイテムもあるので現状そこまで焦る要素にはなっていないのだが、思わぬ危険を克服するにはどうにか肉体を強化したい。


 うっかりクロムのままゲームオーバーは困る。


 ただただ健康的なだけの自分の腕をペシッと叩く。部屋の姿見で全身を眺める。

 見た目は満足しているが――。


「もういっその事冒険ルートじゃなくて……」


 例えば、と夢想してみる。

 ゲームではできなかった楽しみ方してみるか?


 現実の知識と発想を利用した商人ルート。

 元手もたっぷりインベントリにある。

 …………。


 いまいちだな。めんどくさいし。



 スローライフルート。

 ……………。

 ディーの出番どこ?



 恋愛ハーレムルート。

 …………。

 いつかやってみたい。

 でも別に冒険ルートから外れる必要性はない。むしろ今のルートの方が可能性がある。 


 

 エトセトラ。エトセトラ。



 色々考えてはみるが、結局どうあれ今苦労してクロムを鍛えておいた方がいい、という結論に戻ってくる。ディーのままならそれこそ何だって好きにできたのだろうけど。


 大体、時間経過で勝手にイベントが進行し、色々まずい事になるのだから冒険ルートを外れてしまえば失うものも多いのだ。


 セーブもリセットも無い世界。後で後悔するだけ。


「現実と変わんないな」


 クロムにとっては現実なのでそれはそう。

 あの時もっとファンタジックな妄想をすれば良かった、と己の硬い頭を後悔した所でもう遅い。



「おーいクロム、そろそろ行くで」


 寮の部屋をコンコン、とノックされる。

 十八時三十分。もうこんな時間か。


「エイクとエファとマリートも下で待っとるで」

「ああ、行くよ。レギは?」


 ガチャリとドアを開ける。

 やや胸元が広く開いた黒いシャツにネックレス。

 七分丈の軽めの上着。

 少しブカッとしたズボンと、ディルの私服はいつもなかなかオシャレだ。


 まあこいつがマリーかエファのどっちかを狙っているのは間違いないだろう。


「アイツ寝とんで。信じられへんわ」

「マジ? 夜中どうすんの?」

「アイツに聞けや」


 黙って部屋に入ってくるとディルは鏡でささっと服装をチェックし、クロムを押し出す。


「行こ行こ。レギはもうしゃーない」


 レギだけは良く分からない。

 ホビットの血の習性という訳でもないらしく、むしろホビット族は明るく社交的な性格らしいが。


 寮の外には三人が待っていた。

 マリーは健康的な可愛らしいパンツルック、エファはロングスカートのお嬢スタイル。


 エイクはどうでもいい。普通。


「あ、来た来た」

「レギ起きひんわ。もうええってさ」

「え~、またですの」

「無理に起こしても可哀想だし、いいよ。僕らだけで行こう。ぐずぐずしても遅くなるし」

「せやせや、行くで」


 たまにこうして食事に出かけたりもする。

 ディナーという程大したものでもない。

 学生らしく、街でお茶したり手の届きそうな新規の店を発掘してみたり。


 ワイワイ会話しながら養成所を出て通りへ繰り出す。今日はどんな味に出会えるだろうか。

 マリーが隣に下がってきて笑顔で話しかけてくる。


 あちこち指差し他愛も無い会話で楽しませてくれる。



 別にどんなルートを選ぼうが俺ルートに違いはない。クロムライフは充分楽しい。

 成長に悩みはあるが――。

 今はまだ、楽しければまあいいか。


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