第12話唐突な最初の無双イベント4
デルスタットの冒険者ギルド内で牢に入れられた五人は、どうすべきか激しく意見を交わしていた。
「クロムは上手く逃げ出せたかな」
「マリートさん、補助魔法はやっぱりクロムさんだと思います?」
「他にいないと思うけど……」
分からないがとにかく謎だ。
「あいつが誰かに知らせたりしてへんかな」
「少なくとも僕達を見捨てたりはしないと思うし、何かしてくれてるとは思う」
「せやけどアレやな。先生にギルドに忍び込んで捕まった言うても、あいつも怒られるだけとちゃうか」
「あー、たしかにそうかも」
「クロムをアテにしてもしゃーない。あいつもどないもできひんやろ」
ディルの言葉に全員が頷く。
「それより問題はモンスターや。誰かに言わな」
「ええ!?」
「クロムは能天気なとこあるからな……。口止めされたん真に受けたかもしれへんし」
もしかしたら牢部屋の扉を何とかしようとしているかもしれないけど、と続ける。
「ギルド長のおっさんのあの感じ、アカンかもしれん。下手したらここに押し寄せんで。そうなったら地獄や。誰でもええから危険を知らせなアカン」
「ダメだよ! もしそれで混乱が起きたりしたら」
「せやけどモンスターが来おへん保証なんか無いやんけ! 最悪先生に伝えるだけでもなんか違うんちゃうか!?」
「それは……私もそう思いますけど、牢を破るなんて事が許されるとは思えませんわ」
「だーっ! そんなんどうでもええやん! 街が襲われるかもしれへんねんぞ」
ディルは何とか脱出し、皆に危険を伝えるべきだという意見。
エファとエイクはそれには同意もするがリスクを考えて自重すべきという意見。
そしてマリーは。
「あたしは半分賛成。半分反対」
「どういう事や」
「冒険者ギルドが決定した事でしょ? あたし達半人前がその判断を勝手にして街の人達とか先生に伝えるのってそれより正しいって言える自信ないもの」
「せやけど」
「賛成の部分はここから出るってとこかな」
「マリートさん!」
「うーん、出られるかどうかっていうのは分かんないんだけど……」
コンコン、とマリーが鉄格子をノックする。
「見つかって連れ戻されたら抵抗しない。でももし出られたらさ、あたし達で街の外で見張らない? 最悪の時だけ、動けばいいのよ」
その言葉に全員が少し考えこむ。
「クロムは?」
「今大事なんは街の安全や」
「でも、見張っても何が出来るか――」
「ゴチャゴチャ言うなや、エイク」
「第一どうやって出るって言うんですの? せっかくの補助魔法ですがもう時間が」
補助魔法ランクⅠの効果時間は極めて短い。使用者でも変わってくるが基礎クラスではせいぜい十秒から二十秒が関の山。(補助魔法適性を持つ)クロムの補助魔法はそれに比べると驚く程長いが、それでもたかがしれている。
「お前も何か言えや!」
「……痛い、ディル」
攻撃強化(ステラ)と防御強化(ディフ)で肉体が強化されているディルが鉄格子をガシッと掴む。
「んぎぎぎぎ……だあっ」
「うーんディルでも無理かー」
「肉体派、いないもんねうちのクラス」
何かしたくともそもそも脱出方法が見つからない。
「攻撃魔法とか無理かなぁ」
「ちょっと、私達は学校外での使用はまだ許可されてないんですのよ!?」
「せやから今そんな事言うてる場合ちゃうんやって。まあワイらのショボい魔法使うたって流石に鉄格子はどうもならへんとは思うけど」
「……ディルはまだ使えない」
「なんか言えとは言うたけどそれかい」
「もおっ! 真面目に考えてよ」
レギとディルの漫才に怒るマリー。
所詮学生と言わざるを得ない。
しかし本人達はこれでも至って真剣に、街の為に出来る事を考えているのである。
ただ無為に時間が過ぎて行く中、不意にガチャン、と音が聞こえた。
ピタリと動きを止め、顔を見合わせる。
するとギッ、という音と共に隣の牢からボサボサの髭を生やしたずんぐり体型の男が出て来た。
のしのしと牢の前まで歩いてくる。
「な、なんや」
ディルが全員をかばうように前に出る。
男は黙ったまま屈むと、カチャカチャと牢の錠前をいじり始める。
「……おっさん、一応言うとくで。ワイらはこう見えても養成所で鍛えとる。なんかすんねやったら容赦はせえへんぞ」
ディルが全員に下がれと合図する。
頷いたエイクもその隣に進み出る。
錠前が外れた。
ギッ、と鉄格子の扉を開けた男は五人を無視して扉の方へ歩いていく。
再び顔を見合わせる五人。
おそるおそる牢から出ると、部屋の扉に耳を付けて男が様子を窺い、来い来いと手招きしていた。
「……行こう」
マリートが先に歩き始めたのを見て慌ててディルが先頭に出る。
五人固まって扉に近付くと、男は一瞬こちらを見て口に手を当てる。
静かにしてろ。
どうやら一緒に逃亡させてくれるつもりらしいと判断する。何故? という疑問は残るものの、今は細かい事を気にしている場合ではない。
扉に手を掛けた男は余りにも無防備に開けたように見えた。平然と開け放ち外へ出て行く。
「誰もおらへん」
「う、うん」
「クロム……クロム!」
「マリート、アカン。後回しや」
牢破りという事態に五人は緊張と不安を隠せないが、男に着いて後を進む。
壁に囲まれたギルドの狭い廊下は静かだ。
曲がり角まで来ると男が再び手を突き出す。
待て、そう言っている。
様子を窺っていた男が手招きと共にスルリと消える。急いで、しかし静かに後を追うと、通りに面した廊下の窓を開け、男が黙ってその横で立っていた。
「恩に着るで、おっさん。レギ、お前から行けや。そんでエファとマリート、エイクや」
祭りで賑わう喧騒の中に次々と飛び出していく。幸いギルド周りに植えられた木のおかげでその姿は通りからは隠されている。
警戒しつつディルも飛び出す。
振り返ると男はニッと笑い、窓を閉めた。
「ディル、クロムはどうするの!」
「……しゃーないやろ。今はやる事やるんや」
「そうね……。うん、クロムなら大丈夫」
すまんな、クロム。もし居ったら堪忍や。
にしてもなんやあのおっさん。
てっきり一緒にそこから逃げ出すものと思っていたが、その姿は窓越しに、進んできた廊下を戻っていくように見えた。
==============================
デルスタットからリレー方式で数珠つなぎに陣取る。最も危険度の高い場所、すなわち街から一番離れた場所にはディルが付いた。
スペイドを使えるマリー、レギと続く。
何ができるとも決まってはいないが、万一の場合はとにかくモンスターが来たとエイクとエファが騒ぎ立てるとだけ決めた。
ただ結局杞憂に終わる。
騎士団と別れデルスタットへ帰還してきた冒険者達の姿を見た五人は、やはり先走らなくて良かったと胸を撫で下ろす。
ギルド長の元へ行き正直に自分達が何を思いどう行動したかを説明すると、怒られはしたもののその場で解放され、今回は不問とされた。
「クロムはどこ行ってん」
街へ戻った五人はずっと抱いていた疑問を解消すべく街を探す。ギルド長はもしも銀髪の学生がギルド内に居た場合は悪いようにはしないと約束してくれた。
「ギルドは入っちゃダメって言われちゃったしね」
「まずは学校しかないんじゃありませんの?」
「そうだね」
冒険者達より先に戻ったクロムは当然街の外に陣取るディル達を発見している。
その様子から、牢を抜け出し監視しているのだろうとちゃんと正解を出せてはいたのだ。
ただしどうするか未だ上手い答えは見つけ出せないでいる。
順を追って考えれば、クロムは一人だけ難を逃れた後、かなりの時間何もアクションを起こしていない事になるのだから。
「俺にはどうしようも無かった。お前達を信じてただ、剣を振ってたよ」
キリッ。
「実は助けを求めにいこうとしたらタチの悪いのに絡まれて――」
シュン。
「悪り、寝てた」
「気持ち悪いのう。何をしておるのじゃ」
一人で演技プランを練っていたクロムの背後から突如現れたプラチナが声を掛ける。
最早驚きは無い。
「お前結局全部見てるんだよな」
「全部ではないの」
「なんかいいアイデア無い?」
「どうでも良いわ。最後ので良いじゃろ」
「絶対ダメなやつだと思う」
デルスタットの教会の尖塔の屋上部分にストンと腰を下ろす。遠く騎士団がアメーバのように広がっているのが見える。
「なんかさ」
風が吹き、ハタハタと金と銀の髪が揺れる。
気持ち良さそうにプラチナが目を細める。
「やっぱゲームよりはるかに難しいよな」
「? 難しいものなどあったかの?」
「お前にゃ分かんねえか」
ふう、と溜息をつく。
選択肢を選ぶだけのゲームとは違う。
フリーシナリオの良し悪し。
別に面倒は全て無視して力づくで気ままに生きたっていい。理不尽プレイも良い。
でもなあ、と首を鳴らす。
苦労があるからこその面白さもある。
周回プレイを重ねてそう思う。
パープーと、雑踏と共に間抜けな音が眼下の街から聞こえてきた。
==============================
結局ロクな言い訳も考えつかぬままクロムはクラスメイトと合流した。
十五発の魔法で体力を使い切って、職員から逃走して隠れた所でぶっ倒れてしまった、という眉唾の言い訳を驚く程素直に信じてくれたのだ。
疲れたのは単に往復のランニングのせいなのだが。嘘……は嘘か。
「そうか、それもそうだよね。考えてみたら十五回って……上位クラスにもいないかも?」
「せやなあ、考えもせんかったわ」
「結局俺は何もできなかった訳で。ごめんな」
「いいえ、そんな事ありませんわ」
「そうよ、凄いわ! ありがと、クロム」
「でもどこから掛けたの? いなかったよね」
「必死でこう壁越しにというか、なんか」
「えっ」
「それよりちゃんと先生に言いに行かなきゃ。やっぱり良くない事をした訳だし、こういう事はすぐに正直に伝えるべきだと思うんだ」
「……クロム、変」
「いや、その通りや。ワイがみんなを巻き込んだんや。すぐ言いにいかな」
こうして全員で怒られにいった。
気の良いクラスメイトに感謝しつつ、男子寮でディル達から詳しく話を聞く。
クロム達バルドークラスのこの日の出来事は、いつか笑い話にできる思い出となっただろう。
その日の夜。
デルスタット冒険者ギルドの牢部屋。
沈黙効果が解けた男は「腹いせにガキ共を逃がしてやった」と証言し、再び牢にぶち込まれていた。
寝静まった街。
冒険者ギルドの手薄な夜番は何も気付かない。
「おい」
「……ん、ん?」
「起きろ」
「……何だよ、今何時だ?」
薄暗くシンと静まり返った牢部屋。
「私は神だ」
「……」
「私は人間の善悪を裁く為地上に降り立った」
「……」
「今日お前を喋れなくしたのは私が――」
「おい! 誰かきてくれ! ヤバイのがいる!」
ガンッ、ガンッと鉄格子を叩く男が再び沈黙し、更には動けなくなる。
「今日お前を喋れなくしたのは私がお前を試したのだ。お前がどういう人間かと」
「次、騒いだら永遠に喋れなくする」
暗がりで微かに何かが横に動く。
「理解できたか」
「あ、ああ」
呪縛が解けた男がおそるおそる体を確かめる。
「何故隣の学生を逃がしてやった?」
「う、うるせえから出て行って貰ったまでよ」
「それが嘘であれば私はお前を薬漬けにする」
「……」
「心して答えろ。何故逃がした」
「……うるせえと思ったのは本当だよ。ただ、何つうかこう、上手く言えねえけどよ……」
ボリボリと頭を掻く。
「牢に入れられんのは違えなって思ったからよ」
「……そうか」
チッ、と恥ずかしそうに男が舌打ちする。
少しの間沈黙が流れる。
「そういえばお前はそういう男だったな」
「え?」
「いや、いい」
クロムはゲームプレイを重ね出してからは、いつもこの男からこの場所でアイテムの在り処を示した地図を巻き上げるプレイばかりするようになっていた。
だがアイテムに目を瞑ればそういう選択肢もあった事を知っている。
義賊バルコルート。
大して役に立つ恩恵がある訳でも無く、素直にアイテムを奪った方が遥かに役立つのでそうしていただけで。
「アドバイスをやろう。今後、ケチな盗みをただするのはよせ。今日お前がしたように、誰かの役に立つ盗みだけやれ。悪事は悪事だが、そうである限り私は目を瞑ろう」
「……」
「ガレイアの街から真っ直ぐ西、海岸方向に進んでいくと大きな岩がある。フォルタナという文字が彫ってあるはずだ。その真下を掘れ。私が埋めた宝がある。肌身離さず身に着けるといい」
「ただそれは強制はしない。お前自身で選べ」
そう言ったきり、神と名乗った男は押し黙る。
暗闇の中その顔を何とか見ようとしたバルコは強烈な睡魔に襲われる。
「う……」
「ではな、バルコ」
その日の深夜、今日の出来事に数十年来の高揚を覚え、大いに深酒したギルド長の家に来客があった。勿論玄関からでは無い。
アーク殿! という叫び声に家族が何事かと起き出してきたが、見てみれば呆然としたギルド長がベッドの上で固まっているだけであり、家族から冷たい目で「ボケが」と罵られただけで終わった。
翌朝、盗賊バルコは無罪放免となった。
職員の反対を押し切り強行したギルド長は堅く口を引き結ぶだけで、何も喋らなかったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます