第10話唐突な最初の無双イベント2


「ギルド長! 見えました!」


 デルスタットから北の砦。

 けたたましい馬群の蹄の音と共に到着した先行部隊はすぐに砦周辺に布陣する。


 砦の上に登ったギルド長が見たもの。

 それは黒い洪水が一筋、こちらへと流れてきている光景だった。


「バカな……」


 報告と数が違いすぎる。

 聞いていた数も凄まじすぎて、冒険者達が怖気づかぬよう良心を押し殺して伏せていたというのに。

 

 あれは。

 最早数える気にもならない。


「ギルド長、ご指示を……」


 登ってきた高位冒険者。

 部隊長に任命した者だ。それが同じ光景を目にして、驚愕の顔へと変化していく。


「……頼む。何も見なかった事にしてくれ。逃げる訳にはいかないのだ……」


 騎士団との挟撃で充分撃退できる算段だった。

 むしろ騎士団の働きで数は減っているはずだった。

 

 ――許してくれ。


 デルスタットの街。

 祭りに興じる人々。

 集まってくれた冒険者達。


 背後の事を想う。


 最初に自分が死のう。

 そう、決めた。









 大地を揺らすモンスターのスタンピード。

 その横を疾駆する見事な陣形の騎馬隊。


「団長! 予定の地点まで残り百!」

「よし、全力疾走隊形!」


 騎士団長が腕で合図すると騎士達が一斉に頭を下げ、全力疾走に入る。

 黒い洪水をみるみる引き離し、置き去りにしていく。




 北のダンジョンの異変を聞いた王宮は、すぐさま虎の子の騎士団の一団を派遣する事を決めた。


 ダンジョンからモンスターが外に出始めているという未曾有の異常事態だ。

 即断だったと言っていい。


 派遣された騎士団は迂闊な犠牲を出さぬよう防御陣形で対峙していたが、ダンジョン入り口付近で群れていたモンスター達が場所を移し始めても尚その形を崩す事は無かった。


 移動方向が王宮では無かったからである。

 だが、外に出て来るモンスターの勢いが止まない。更には急激に、津波が押し寄せるような勢いで溢れ出してきた事態を受け、ようやく動いた。


 伝令を王宮へと向かわせると、独断で追撃を開始したのだ。


 近隣への伝令も出した所で、後続の部下が流出が止んだ事を報告してきた。


 ――この方向なら、デルスタットがある。


 冒険者の祭りで戦力は充分。

 部下の報告と目算でモンスター群を殲滅し得ると判断した。




 だが。

 デルスタットに支援要請の伝令を出し、追走している途中でまた事態が変わった。


 ダンジョンから再びモンスター群!

 

「な……!」


 蒼鷹騎士団の若き団長サーベイはここで再び決断を迫られる。


 無理と分かっていても作戦を続行するか。

 デルスタットを見捨てて王宮戦力を残すか。



 選んだのは両方。

 半数を引き返させ、半数は決死隊となって貰う。

 デルスタットの冒険者達には――。


「砦です!」


 ハッ、と前方に意識を戻す。絶望的な脅威が迫っているとは知らない冒険者達が布陣する姿。


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 



==============================




「騎士団だ!」


 指示により砦に有った簡易の柵や土塁で陣地を築いた冒険者達が前方を注視する。デルスタットから偵察に出ていたレンジャー部隊も既に先程合流を済ませた。


「挟撃じゃなかったのか?」

「モンスターはまだだぞ」


 段取りと違う事態に冒険者達が不審の表情を浮かべるも、騎士団は勢いそのままに突っ込んでくる。


「一列横隊!」


 冒険者達の築いた陣地の更に前方で、騎馬隊が見事な幕を形成した。


「ギルド長殿は」

「私です」


 一騎、騎馬で駆け込んできた騎士にこちらも馬上のギルド長が駆け寄る。


「緊急事態につき馬上で――」

「構いません、そんな事は」


 サーベイがギルド長を真っ直ぐ見つめる。


「私の判断ミスです。報告より数が多い。最早間に合うか分かりませんが後退を。一秒でも長く止めてみせます。デルスタットを……お願いします」


 無表情にそれだけ告げると馬首を返し隊へと駆け戻っていく。


「馬鹿な……今更……」


 確かに騎士団が少しでも食い止めてくれるなら、騎馬だけで引き返してデルスタットの住民に危険を告げる事は可能かもしれない。


 それがどんな事態を引き起こすとしても。

 助かる命は増えるはずだ。


 ギルド長が懸命に考える。

 

「私は」


 何のための冒険者か。

 そういう気持ちもある。

 どうせ全ては助からないのだ。

 ならば奇跡の可能性に賭ける。


 何かを決心し、振り返り冒険者達に言葉をかけようとするもそれは――遅かった。


「おい、この音と揺れ……なんでまだ続いてんだ?」


 誰かがそういった。

 騎士団の蹄の音はとっくに止んでいる。


 遠くに見える森が小さく笑ったように見えた。

 口を開けたように。


 そこから黒い洪水が流れ出す。

 背筋が震え上がる、醜悪なおぞましさを伴って。




===============================




 インビジブルリングを装備したクロムは冒険者達が陣地を築く中、砦に登り同じようにモンスター群を視認していた。


「なんだあの数……あんなのエンカウントした事ないぞ」


 最初がこれか、と再び思う。

 しかし意外だった。

 この世界の人間の戦闘力を侮っていたらしい。


 圧倒的に数の劣る手勢で挟撃作戦を採るという事は、ここに居る連中で止められると判断しているという事だ。


「しかしどうやるんだ? 実は高位魔法を使えたりするのか?」


 見た限りゲームでも初期に登場する雑魚モンスターばかりに見える。

 だからといってあの勢いと数を受け止めるには無理があるとしか思えない。


 一ターンで殴られ続けるようなものだ。

 どう考えても疑問が残る。


 ならば魔法かスキルによる殲滅。

 それしかない。

 お手並み拝見、と腕組みして見守る事にする。




 と、森を迂回して騎馬の群れが先行してきた。

 ゲーム中でも見た事のあるデザイン。

 たしか蒼鷹騎士団とテキストで説明されていたな、と旗を見て思い出す。


 その騎馬隊が陣地の前方に布陣した。


(挟撃ってこっちにも騎士団が参加するのか)


 一騎駆け寄ってくる。

 どういう作戦か興味があったクロムは盗み聞きすべく装備を変更し傍へ飛び出す。






「――デルスタットをお願いします」


 そう言った騎士が戻っていく。

 唖然とした表情のギルド長。


(買い被り……いや、俺の考えすぎだったな)


 今のやり取りで分かった。

 玉砕覚悟なだけだと。


(ちょっとガッカリだけどあの数のエンカウントはゲーム中にも無かった。当然か)


 ここで先程騎士団が迂回した森を突っ切って、モンスター群が飛び出しその姿を見せた。

 と同時に背後で異変が起こる。


「う、うわああああ!」


 低位の冒険者だろう、叫び声を上げて尻餅を付きガタガタ震えている。

 そいつだけでは無い、低位冒険者を中心に恐怖が伝播していくのがはっきりと伝わってくる。


(エンカウントしただけで恐慌状態、これもゲームには無かった)


 そんな中、崩れていく冒険者の中に法衣を着た女性神官らしき姿が目に付いた。

 地面に跪き、両手を組んで俯き何か祈りを捧げている。


 怖くなって祈っている、そんな風にも思えたが何故か気になった。すると。


「女神よ、慈愛を!」


 跪いたまま天を仰ぎ両手を広げ、高らかに告げる。降り注ぐ白光が冒険者達を包み込み、その体に染み込むように消えていく。


「お……おお」

「う、ああ?」


 見れば狐につままれたように一瞬ポカンとした冒険者達が、次々と立ち直っている。

 顔を見合わせると、黙って自分の配置に付く。




(あれは……おそらくスキル)


 神官系職が習得するアクティブスキル<祈り>。 

 ディーが習得していないスキルだ。

 効果はパーティー全体への精神系状態異常回復。だったはずだ。


 いいものを見れた。

 そう思う。

 ゲームと違い全体回復系魔法がどの程度の範囲効果を及ぼすのか知りたかったクロムにとって、実に有り難い。


 すると、同じように凛々しい表情となったギルド長が一騎、騎士団の方へと馬を操る。


(何だ?)


「ギルド長殿!」

「先陣は私が! 皆後は任せたぞ!」


 いい笑顔を残し走り出す。横隊に布陣する騎士団の僅かな間をすり抜ける。


 束の間考えたクロムは装備と無詠唱スペイドを使用し、すぐに追いつく。


「ぐえっ」


 姿を消したまま腕力上昇の篭手と身体能力全強化の鎧を装備し、馬からギルド長を引き摺り下ろすと、そのまま馬の手綱を握って止める。


 後ろの連中からしたらさぞやカッコ悪いだろう。


 後は任せたぞ!


 そう叫んで駆け出した直後に落馬したのだから。


「ギルド長殿!」


 騎士団長が駆けてくる。


 ――悪いが今のも分岐だったかもしれない以上、失敗はしたくないんだ。


 インベントリを開く。

 死神シリーズは必要無い。

 必要なのは、完全に顔も体も覆い尽くす装備。




<漆黒のローブ>。

 闇を内包した禁忌の製法で作られたローブ。

 暗黒系魔法と暗闇に耐性が付く。




==============================




 何故か急に落馬したギルド長を救出すべく、サーベイが駆け寄る。

 呻くギルド長の無事を確認するも、こうしている間にもモンスターが迫ってくる。


 ちっ!

 舌打ちするとギルド長を賢くも待っていた馬に担ぎ上げ、自らも愛馬に跨るとギルド長の馬の手綱を引き陣地へと急いで引き返す。


「団長、もう来ます!」


 やむなく片手に握っていた手綱を放し、陣地の方へ追いやる。

 馬首を返し号令を掛けようとした時、不意に前方に黒い何かが出現した。


「お、お前達はそこで守っておるのじゃあ! 討ち漏らしたやつに備えておけーい!」


 騎士団も冒険者達もギョッとする。

 いきなり出現したのだ。

 しかも見た事も無い、黒く輝くとでも表現すればいいかのような真っ黒なローブ姿。


 少し振り返った顔の部分は闇だった。

 無理に作ったようなしわがれた声。


「なっ」


 サーベイが驚愕する。

 ぴょーん、と跳躍したのだ、そいつが。


 しかも相当な距離を。


 かなり前方に移動した黒ローブとモンスター群の先頭の距離が近付く。


(冒険者……? なんだあの姿、それに今の動き――)


 モンスターと対峙する姿を見るに敵ではないのだろう。しかし異様すぎる。その驚愕による間と、位置取りが邪魔な事でサーベイは部下へ突撃の号令を下すタイミングを完全に逸してしまっていた。


 突っ立っていては騎馬の強みは何も無い。

 仕方なくサーベイは号令を下す。


「反転! 一度距離を取るぞ!」


 サーベイの動きにほとんど遅れる事無く騎馬隊が一斉に馬首を返す。

 後方の冒険者達の方向へ駆け始める。




 騎士団の背中から光。

 

 ドォーンという爆発音。

 開戦の合図が鳴った。

 

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