第9話唐突な最初の無双イベント 1
クラス大会が近付いたある日。
バルドークラスの六人は揃ってデルスタットの街中に出てきていた。
冒険者ギルド主催の祭りがあり、そこには沢山の高位冒険者も毎年訪れるためだ。
それでモチベーションを上げよう、という事なのだがつまりただの祭り見物である。
「ごっついなあ。見ろやあの鎧」
「僕としては神官職の人が気になるよ」
騎士を志すディルは戦士、薬学に詳しく回復魔法に熱心なエイクは僧侶に夢中だ。
「マリートさん、あちらの方ご覧になって。とても美しいですわ」
「うわあ。本当きれーい」
女性冒険者も煌びやかな装備に身を包み、周囲の視線を浴びている。
無論こういった高位の冒険者は一部しかおらず、だからこそ憧れの対象にもなるのだが。
クロムとしても興味は高い。
仲間候補が居たりしないか気になる。
この世界の女性冒険者はどういう活躍をしているのだろう。そういう興味もある。
ゲームには女性の戦士系職も居たが、グラフィックが全てゴリラだったかと言われるとそんな事はなく、むしろスリムな描写の方が多かった。
かといって――。
「あら? あなた」
六人固まっていたのだが、クロムに声が掛かる。
振り返ると、先程見たような見目麗しい女性冒険者がそこに居た。ルアンで会ったあの女性。
「覚えてるかしら? あなたの髪は覚えやすいから私は忘れていないのだけれど」
「あの時の。お久しぶりです」
「お友達を見るに無事に養成所に入れたようね」
「本当に、改めてお礼を言わせてください」
いきなりの事で戸惑うクラスメイトにクロムが説明する。男子はぎこちなく、女子はきゃっきゃと挨拶を交わし、ほんの少し会話をすると、じゃあね、と去っていった。
「綺麗な人だったねー」
「クロム、お前って色々ラッキーやんな」
「否定はできないね」
再びわいわい騒ぎ出す。
祭りはデルスタット近辺の町村の住民も巻き込み大盛況だ。賑やかな催し物にけたたましい鳴り物、数々の出店と凄まじい活気を見せている。
ディルは酒を飲み、ほろ酔い加減でご機嫌だ。
酒は何故か十八歳から解禁されている。
「んあ、なんや居らんようなってもうたなあ」
「帰った?」
「まだ夕方にもなっていませんわよ。夜まで続くのにお帰りになるなど……」
高位冒険者らしき姿がいつの間にか消えている。
それなりにあちこちに居たはずだが。それどころか冒険者自体見かける事が減ってきている。
「休憩とか」
「普通に祭りに来てる冒険者の方が多いのに?」
エイクの指摘ももっともだ。
人の多さのせいで異変という感じはしないが。
「ギルド職員。と冒険者」
目敏いレギが指差す方。
確かにギルドの制服を着た男と、後ろに冒険者の集団が居る。やや不審な程、急ぎ足だ。
ディルの顔が崩れる。
「っしゃ、つけてみようや!」
「ちょ、ちょっとディル!」
マリーが驚き制止しようとするも、エイクとレギを引き摺り動き出す。
エファとマリーが人混みを縫うように追いかけ始めたので、仕方なくクロムも後を追う。
「大分集まってくれたようだな」
「はい。幸いと言うべきか何と言うべきか」
「幸運だろう、間違いなく。この日で無ければどうにもならなかった所だ」
デルスタット冒険者ギルド長と職員。
ギルド内に急遽集められた冒険者を二階から眺め、険しい顔で会話する。
「現在の状況は」
「一時間を切ったという報告です。レンジャー部隊も後退を始めています」
ギルド長が奥歯を噛み締める。
「職員にも通達は完了しているな」
「非番の者も含めて皆武装済みです」
「よし」
一度目を閉じると前へと進み出る。
一階を見下ろす手すりを強く握り締めながら。
「皆少し聞いたと思うが緊急事態だ! モンスターの群れが現在北からデルスタット方向に押し寄せている。騎士団が追撃中だがどういう訳か止まる気配が無いらしい」
僅かにあったざわめきがピタリと止む。
混乱は無い。
「異変の報告が入ったのは三時間前。こちらからも偵察部隊を送っている。後一時間もしない内にデルスタットに押し寄せるそうだ。直撃だ」
「強制はしない。デルスタットから北に打って出て食い止める。騎士団からの要請もあり、挟撃作戦を取りたい。協力して欲しい」
静寂と武器防具が動く音。
高位冒険者に動揺が無いため、低位の者達も不安そうだが無様は晒せないとばかりに口を閉じている。
「時間が無い。北に二十分いった砦に布陣して迎え撃つ。進攻速度からしてギリギリになるだろう。同意は得られたものとして早速移動を開始する」
==============================
「……」
ギルドの扉は固く閉ざされていたが、後をつけた職員達が入るときに、中に冒険者がギッシリ詰め込まれているのが見えた。
何かあるぞこりゃ、と裏の勝手口が開いていたのを良い事に勝手に侵入したディルとそれを止めようと追いかけたクラスメイト達。
物々しい雰囲気を目の当たりにし流石のディルも酔いが覚めたようだが時すでに遅し。
侵入してきた裏口からドカドカと足音が聞こえ、とっさに全員隠れていたのだ。
ギルド長の演説。
「やばいでオイ……」
「静かに……」
冒険者達が詰め込まれている部屋のすぐそば、受付カウンターを挟んで一段低くなった所に五人が隠れている。最後尾だったクロムだけは間に合わず、一人離れた場所だ。
ギルドの裏口、今しがたディル達が侵入してきた所へと冒険者達が移動を開始する。
ガチャガチャと武具の音が鳴り響く中、五人は息を殺して身を潜める。
(無茶苦茶だな)
一人別の場所に隠れたクロムは腕組みして考える。
いまだエンカウントも無いのにいきなりこれ?
関係ないイベントなのか?
いずれにせよ未経験のイベントだ。
平和すぎて何もしなかったから時限イベントが失敗扱いになったのか、など様々な考察をするクロムに叫び声が届いた。
「あっ、なんだこいつら!」
「や、やめ! ワイらはランダスターの生徒や!」
「何故学生がここに居る!」
そっと顔を出して窺う。
隠れていたディルやマリーがギルド職員に捕まっている。
どうする、と思った瞬間、チラリとこちらを見たディルが手の平を向けた。
マリーも後ろ手にシッシッ、と何かを追い払うような素振りを見せている。
見れば全員あえてこちらを見ようとしていない。
「何をしていた!」
「すんません、なんか裏口が開いててワイが入ってみようやって皆に――」
「この、非常事態に!」
「やめろ!」
職員から連絡を受けたのだろう、先程演説を行ったギルド長がやってきて一喝する。だがその顔はひどく厳しい。
「聞いたな? 今は非常事態だ。君達が誰かに言いふらして混乱を招かない保証が無い。悪いが拘束させて貰う」
後ろ手に縛り上げられ五人が連行されていく。
(参ったな)
静寂が戻ったギルド一階で腕を指で叩きながらクロムは考える。
ありがち、なのかどうか。仲間を救出するか戦場に向かうかの選択肢な気がしてならない。
「うーーーん」
ぐずぐず考える暇は無い。
多分救出といってもギルド内の抵抗勢力を気絶なりさせて五人を救出した所で、そこで終わりとはならないだろう。やったらそれはそれで後々面倒になりそうだ。
モンスターの群れに向かう。
こんな強くてニューゲーム前提の選択肢があるのかどうか疑問だが、まああってもおかしくない。この世界は大分おかしい。
どっちもはダメなんだろうな、とぶつぶつ呟く。
「楽しそうじゃのう」
背後の気配。
随分久しぶりだが、もっと落ち着いた時に出てきてくれた方が良かった。
「今時間が無い」
「それも刺激的じゃろうに」
フワリと浮き上がるようにプラチナがカウンターに後ろ向きに飛び上がりそのまま腰掛ける。
「これ、多分イベントだよな」
「そうじゃのう、流石に唐突すぎておかしいの」
ケラケラと笑う。
まあそうだろう。
今までのチンピラや絡まれイベントとは違いすぎる。分かりやすく用意されたシナリオっぽい。
度が過ぎている。
「あーもう、考えてもしょうがねえや」
「どうするのじゃ?」
「着いてくるなよ。お前見られたら面倒だろ」
「わらわは姿を消せるぞ」
プラチナを無視して五人が連れ去られた方向へ向かう。インベントリを開く。
ヒントのつもりか知らないが。
プラチナのおかげで閃いた。
<インビジブルリング>。
呼んで字の如く、使うと透明になる指輪。
透明状態は一定時間経過か、一度攻撃を受けると解除される。
デルスタットのギルドマップは記憶している。
おそらくあいつが捕まっていた場所。
居た。
一番奥の部屋。
半開きのままだった扉を開け入ると、ちょうどディル達が鉄格子の牢に入れられた所だった。
「悪く思うな。犯罪者扱いしてすまないが一時的にここで我慢して貰うぞ」
「ようよう、若いくせに何やったんだ」
「お前は黙っていろ!」
職員が別の囚人を一喝する。
職員達が出て行く。
「……ホンマ、ごめんな」
「言いっこなしですわ」
「おいら、寝る」
「あいつ、うまくやるとええな」
「大丈夫よ、頭いいもん」
「よーうおめえら、何やったんだ? 仲良くしようや」
「……」
気配を殺してこっそり近付く。
五人の手前隣の牢。
たしか盗賊バルコといった。
他に囚人はいない。
オープニング前に発生したイベントフラグは生きてるのか?
あのイベントを進めていくと最終的にここでクリアとなる。時限イベントを放っておいてもこうなるのか、興味深いなとクロムはまた一つ学習する。
うなだれる五人に魔法コマンドから無詠唱魔法を選択する。
防御強化Ⅰ(ディフワン)、攻撃強化Ⅰ(ステラワン)、速度強化Ⅰ(スペイドワン)。
十五発。
クロムの現在のステータスではランクⅠの魔法でもこれでほぼMPが尽きる。
「! これ……」
次々に発光し身体能力が強化されていく事に気付いた五人が呆然とする。
「クロム……?」
「で、でも」
「なんだなんだぁ、どうしたぁ~?」
やかましい。
インベントリからもう一つ装備を選択する。
<沈黙の杖>
アイテムとして振るうと対象を確率で沈黙状態にする。
「うっ」
さて、救出とはいかないが見捨てるのも癪だ。こんなところだろう。
そう頷いたクロムは杖をしまい、部屋の扉の前で今度はアイテムを取り出す。
<スライムキー>
鍵として調教されたストーンスライム。
鍵穴に刺し込むとその生態通り、鍵を形成する。
勢い良く開けるとすぐさま飛び出す。
偶然でも一撃受ければ透明化は効力をなくす。
警戒していたが非常事態だからか、扉を見張る人間の姿は無い。
(いいだろ、これで)
扉を閉め、ギルドの外へ向かう。
出たければ出ろ、それくらいの気持ちしかない。
何か手助けしたという言い訳はできる。
もっともあれで鉄格子を突破できるとは思っていないが。ただ見捨てて逃げたと思われるのは気に食わなかったので、それと分かるメッセージ代わりのつもりだ。
「中途半端じゃのぉ」
「それができるのもこの世界の良さじゃないか?」
「確かに、確かに」
嬉しそうにプラチナがパチパチと手を叩いて笑う。
ギルド屋上。
何も知らず賑わいを見せるデルスタットの向こう、北の方角に移動していく冒険者達の姿を視認する。
「お前どうするんだ?」
「どうせお主が竜人化で蹴散らして終わりじゃろ。ここで祭りに浸っておくわ」
「そうか」
「ああ……何たる賑やかさか」
プラチナは幸せそうだ。愛しいものを見るような目で眼下を見下ろしている。
その顔を見ると何故かクロムは微笑ましく思ってしまう。それを奇妙にも思う。
「じゃな」
タンッ、と屋根を蹴る。
役立ちそうな装備品は確かめてある。
飛び出す際に再びインビジブルリングを使用し、更にインベントリから装備を変更する。
<浮遊樹のマント>
妖精界に存在する浮遊樹の葉から編まれたマント。身に付けた者は羽のように軽くなる。
装備すると素早さと回避が上昇する。
フワッと次の建物の屋根に降り立ったクロムは再び跳躍する。先程より高く遠く、砲弾よろしくバヒューンと飛び、デルスタット外辺の櫓に取り付く。
「結構やるね」
冒険者達は先陣に騎馬隊を置いたようだ。
その姿は既に遠目にうっすら見えるのみ。
後続の徒歩部隊も鍛えられた力を発揮すべく、重装備だというのにかなりのスピードで移動している。
「ま、徒歩は追い越せるか」
最後の建物から距離を稼ぐべく、再びポーンと飛び出す。
都市の外へ着地し、装備を変更する。
ディーの所持する能力補正の掛かる靴と衣服。更に素早さなど能力が上昇するポーションをがぶ飲み。
ズバッ、という風を切り裂く音と共に、その姿が結構な速度で遠ざかっていく。
しかし実際やっているのはランニングだったりする。
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