第8話多分、前フリ


 男子寮には色々な奴が居る。

 ディル、エイク、レギも寮組だが、彼らはそれぞれ相部屋のルームメイトがいたりする。で、クロムの個室はいい溜まり場になっていたりする訳で。


「ほな、おやすみー」

「おやすみ」


 攻撃魔法の授業はランダスター校でも特別細心の注意を払う授業となっており、特殊な結界を用いた専用の建物内で行われる。


 落ちこぼれルートにこだわらなくなったクロムは低ランクのみの使用に留め、使用可能な魔法を全て見せている訳ではないといえ、適性の無い多くの生徒が苦労する中、魔法では稀有な才能を見せる生徒という評価に変わっている。


 ここにはちょっとしたカラクリもあるが。


 クラス大会に向けてクロムの大幅な戦力向上を喜び、ディルが作戦会議と称してこうして仲間を引き連れ連夜クロムの時間を奪っていくという訳だ。


 


(ふう)


 明かりの落とされた、静まり返った寮の一階休憩室に下り、お茶を飲む。

 作戦会議と言われてもゲームではこちらが手足として一方的に指示を出すだけだった。


 まだ割り切ってそんな風にはできない。

 クロムの持つディーの知識対応外だ。


「よう」


 暗がりに声が響く。

 廊下の明かりを背負い誰かが佇んでいる。


「……誰だ?」

「俺だよ。ゲイルだよ」


 ゲイル。別の基礎クラスの奴。


「お前もお茶か?」

「……」


 様子がおかしい。

 どうも友好的な雰囲気を感じない。


 するとゲイルが近付いてきた。

 かなり近い。

 キスされそうになり、こいつ○モかと驚きのけぞると、


「調子に乗ってんじゃねえぞ」


 と低い声で脅された。


「……え? どういう事?」

「ちっ。スカしやがって」


 薄く射し込む明かりで見えるその顔は歪んでいる。


「俺、お前に何かしたっけ?」

「うぜえんだよお前。チャラチャラしやがって」

「はあ? 俺、チャラチャラしてる?」


 クロムには言い掛かりとしか思えない。

 いや、意味も無く絡んでくるこういう奴はどこにでも居るという事ぐらい理解しているが、何故自分なのか。


 それが全く思い当たらない。

 ゲイルとは合同授業以外の接点もほぼ無い。


「やめとけよ、ゲイル」


 もう一人誰かが入ってくる。

 見た事のある顔。

 こいつも別のクラスの奴だ。


「ローハン、邪魔すんな」

「問題起こして追い出されるのはお前なんだぞ、分かってるのか?」


 ローハンの言葉に舌打ちすると、荒々しくゲイルが去っていった。


「悪く思うなよ。あいつも悪い奴じゃないんだ」

「あいつなんで怒ってたの?」

「強いて言えばそういうとこ」


 ローハンが苦笑いする。


「クロムってさ、結構鈍感だよね」

「どの辺が?」

「成績とかさ。普通焦るとこなのに何でもないみたいな顔してたりしてさ」


 それはローハンには分からないだろう。

 ただ本当に些細な事でしかなかっただけだ。


「なのに金持ちしか入れない個室だったりして。で、最近の急成長だろ? なんであんな奴が、みたいな嫉妬とか結構ある訳さ」


「あー……なるほど」

「女子も噂してたりとか。クロムって結構男前だし髪も綺麗で目立つだろ。そういう嫉妬は前からあったんだよ。そういうのも気付いてなかっただろ」


 顔は美形に作ったからだ。

 嫉妬は周囲のモブに興味が無かったから本当に気付いていなかった。


「つまり顔が良くて金もあるけど落ちこぼれだからバランスは取れてたのが、それも崩れて気に食わないってか」


 ローハンが驚いた顔になる。


「……なのに今みたいに物怖じしないとことかも」

「お前もそう思ってたって訳ね」

「そりゃまあちょっとはね。でも、だからってそっちを悪く思うのは筋違いってもんでしょ」


 うーむと腕組みし考える。

 これはイベントというよりイベントの前振り。

 言うなればゲイルイベントとか何かだろう。


「クロムさ。何でゲイルがイラつくのかも分かってないんでしょ?」

「思い当たるとすればマリーかエファが好きとか」


 ローハンが苦笑する。


「違うよ。いや、違わないかもしれないけど。マリートに関しては正解だろうね。色んな奴がそこは気に食わないと思ってると思うよ」


 そして笑う。

 クロムとしても理解できない話ではない。

 マリーは可愛いだけでなく目立つ。

 冒険者を志す者としては惹かれる存在だろう。


「ゲイルはさ、基礎クラスで一番魔法成績良かったんだよ。ちょっと前までは」

「ああ、そういう事ね」

「眼中にも無かったって訳だ。そういう態度がゲイルは気に食わないんだろうね」


 クロムの魔法は中間くらいの成績だった。

 それが急激な成長、それを喜びもしないクロムの態度は確かに嫌味ったらしかったかもしれない。


 元々自信があったのが透けて見えたとしても不思議ではないだろう。


「お前随分詳しいんだな」

「ゲイルとは長い付き合いなんだ」

「お前は俺がどうすればいいと思う?」


 クロムの言葉にややローハンが鼻白む。


「どうも思わないよ。ゲイルの問題だ」

「あいつ、魔法職希望なんだな」

「希望か……どうかな」


 休憩室の机に体重を預けていたローハンが暗闇の方に顔を向ける。


「本当に何も見てないんだね。基礎クラスでクロム程魔法を使える奴なんて誰もいないよ。ゲイルだって単に他の人間が大した事ないから一番だっただけだ」


 ゲイルを見ていなかった訳ではない。

 むしろ魔法に関してはかなり優先度の高い観察対象だったくらいだ。ただ、軒並み低レベルという事で一括りにしか考えていなかったにすぎない。




 諌めてくた礼を言うと顔を振り、おやすみと言ってローハンは去っていった。


 会話イベントにしてもリアルすぎる。

 いやいや。

 あまりゲーム脳で考えすぎるのはやめようかな、とクロムは少し反省していた。


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