第7話攻略ルート
クロムとマリーの編入したクラスは基礎クラスと呼ばれる、養成所に入ると誰もが最初に入れられるクラスだ。ここからそれぞれ希望や適正により上位クラスへと振り分けられていく、そういう仕組みになっている。
基礎クラスは直接戦闘、魔法、冒険知識など全ての基本を学ぶ。幅広く全ての分野の知識を得る事と、そこから本人も気付いていない可能性を見出していく事を目的としている。
「え~、こういった場合ですね、すぐに後退して一度態勢を立て直す……」
基礎クラスは座学が多い。
現在ランダスター校には全部で六つの基礎クラスがあり、それぞれに担任がいる。
今授業を行っているのは担任のバルドーではない。バルドーの担当教科は剣の授業だ。
「……せやから、今日……」
「うーん……でもな……」
クロムの左隣からヒソヒソ話す声が聞こえる。
同じクラスのディルとエイク。
クラスメイトの紹介をしておこう。
マリーの編入に男子は沸いたが、最も歓喜したのはそれまで唯一の女子生徒だったエファだった。
エファ・リーンジ。十七歳。
金髪碧眼のお姫様チックな見た目をしている。
言葉使いもお嬢そのもの。
ディル・ハミル。十八歳。
黒髪長身だがいつもヘラヘラしている。
お調子者というか軽い。何故か関西弁。
エイクリー・バンホア。十七歳。
丸眼鏡に柔らかな茶髪。
一番童顔で、穏やかな性格。
レギ・セントレオン。十六歳。
糸目のチビ、とディルから呼ばれる。
ひどく面倒臭がり。
とまあこんな感じだが、誰一人ディーの仲間候補だった者はいない。それでクロムが何を思う訳でもないのだが。
座学が終わり、昼になる。
「クロム、食堂行こうや」
クロムとしては大当たりだと思っている。
クラスメイトは全員気の良い連中ばかりで、クロムとマリーも入ってすぐに打ち解けた。二週間程が経過していたが、学園生活はクロムにとって楽しいものとなっている。
「マリートさん、中庭へ行きましょう」
「うん、エファ」
この女子二人はいつも弁当だ。
マリーは経済的な理由からかもしれないが、エファは料理が好きだかららしい。
「急げ急げ。無くなってまうでー」
「走るな、めんどくさい」
クラスの中心はディル。
大人しいエイクとレギは基本ディルに従う。
今の所クロムもそうだ。
ディルを中心に楽しむつもりでいる。
「よっしゃあ、間に合うた!」
食堂のメニューはそれぞれ数が決まっている。
あぶれた者はハズレも多い”日替わり定食”にしかありつけない。
「おばちゃん、カレー」
「ラーメン」
これだ。
やはり相当侵食されていると言わざるを得ない。
日替わり定食もそうだが、完全にディーの学食の記憶に汚染されているとしか思えない。
「A定食」
クラスメイトが反応する。
大げさだが、クロムの頼むメニューは一番の高額商品。騒ぐ程価格に違いは無いのだが、学生にとっては大きな違いという事になる。
「お前ホンマ、遠慮せえへんよね」
「日替わり頼む事も多いだろ?」
「Aだって多いやん。さらっと頼みよるな、お前」
クロムだって金持ちアピールに繋がるような事はあまりしたくはない。が、他の人間と違いクロムにとっては初体験の食文化だ。毎回様々なおかずが付いて来るA定食に心動かさずにはいられない。
味は予想通りな事がほとんどだが。
「マリート、エライ優秀やんな。あないな可愛い娘ちゃんに追い抜かれたらショックやわー」
「何言ってんの。ディルはもう後ろでしょ?」
「おお、エイク。優等生は余裕やね」
レギは黙々と食べている。
そう言えば、マリーはクロムにとって意外と言う他無いのだが、編入した初日にこう言ってのけた。
「私の事マリーって呼んでいいのは同期のクロムだけなので悪しからず」
ツン。
澄ました顔でバルドークラスに集まってくる男子に向けてこう言い放ったのだ。
決して意地の悪そうな顔では無く、可愛さの方が目立ったが。
なので最初は当たり前に冷やかされたが、それでクロムへの風当たりが強くなるという事もなく、多少のやっかみは続くものの今ではすっかり定着している。
クロムとしては要するにそういう位置付けで設定されたキャラなのだろうと思っている。
「クロム、お前頑張らな置いてかれてまうで?」
ディルは嫌味で言っているのではない。
その顔は冗談めかしつつも、クロムの事を心配しているのが見てとれる。
「そうだなあ」
「暢気だよねえ、クロムは……」
エイクが呆れる。
大物だよ、と肩を竦める。
マリーと違い、クロムは落ちこぼれと言わざるを得ない。その原因は色々あるのだが、特に座学が足を引っ張る原因となっている。
基礎クラスの評価を占める割合が高いのだ、座学は。
ゲーム世界でシステムとしてオートマティックに処理されていた部分。
例えば戦闘からの逃走方法。
野営(アイテムによる外マップ宿泊)の仕方。
モンスターの対処法や習性の知識。
などなど。
ゲームでは必要無かったものだ。
分かる部分もあるのだが、基本的にこの世界の常識が欠落していると言っていい。
魔法に関しては詠唱を学ぶ事で暗記さえすれば良くなった。これは元々システムとしてそうなのか定かではないが、クロムは詠唱さえ暗記すれば使用可、と判定される成長方式になっているらしい。
魔法を購入する感じか。
低レベルの魔法しか教わっていないが、少なくとも教わったものは全てステータスの魔法欄に追加されていた。
ただ、この事実は伏せている。
「では素振り、始め」
午後からの剣の授業は担任であるバルドーの受け持ちだ。基礎クラスの剣術はほとんどの冒険者にとって修めるべき基本技能といっていい。
これは基礎六クラス合同の授業となっている。
バルドーは教え子達の様子をじっと見つめる。
自分のクラスから落伍者は出したくない。
いや、それ以上に冒険者となった時に命を落として欲しくない、という気持ちがある。
必ずしも剣術技能が必須という訳ではない。その他に優れた部分があれば冒険者としては通用する。
しかし剣術は絶対に損しない技能なのだ。
最も使い手が多く、歴史も流派もあり洗練されている。接近戦の呼吸も身に付く。
エファ・リーンジ。
剣筋は光るものがあるが、彼女は腕力・体力的に劣る。まだまだ鍛錬が足りない。
体が小さいレギも力強さが足りない。
だがホビット族の血が少し流れるレギはそれ以外の才能でカバーできる。
しかし一番の懸念は。
「くっ……」
体力が無い訳ではない。
筋も良い。
しかし剣を振っているとある時点から急に辛そうにし始める。
クロム・ディー。
バルドーに土を付けた唯一の生徒。
座学劣等。魔法普通。剣術――適性なし。
「クロム、休め」
「……はい」
他のクラスから嘲笑めいた笑いが聞こえる。
腑に落ちない。
他の教師に聞いた所、体力的な問題はやはり特に無いとの返答しか返ってこない。
あの時感じたものは何だったのか。
「……生。先生」
「ん、ああ」
「終わりました」
上気した顔でマリートが伝えてくる。
この生徒の前では良い所を見せようとする男子生徒が多い。
総合評価ではクラストップ、いや基礎クラス全体でも上位に立っている。
バルドーとしてもスペイドを併用した立ち回りには満足している。惜しむらくはやはり女子ゆえの体格から来る非力さか。
「ではランニング」
ここではエファとエイクが目立って悪い。
ディルとマリートが優秀。
レギ、クロムが普通という評価。
そう、普通なのだ。
何故か剣を振らせるとダメなのだ。見ている方が辛くなるくらい息も絶え絶えになってしまう。
明らかに異常だ。
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ある日の放課後。
この日最後の授業を終えたバルドークラス。
「なあ、皆でちょお話し合わへんか?」
「何をですの、ディルさん」
「クラス大会や、決まってるやん」
ランダスター校の広報活動の一環として、外部の客を招くクラス大会というものがある。現実世界の体育祭のようなもの。
生徒の意識向上にもなっているこの大会は、上位専門クラスの生徒の各関係者へのお披露目、つまりスカウトとか青田買いの場ともなっている。
二ヵ月後、一応基礎クラスも出場する。
「え?」
「ほら、マリートもおるしさ」
基礎クラスは基礎クラス同士でまず予選を行う。
大将に土を付けたチームの勝ちというルール。
成績アピールになるが、基礎クラスは本選に出たところで上位クラスの引き立て役にしかならない上、バルドークラスは戦力的にそもそも予選突破が難しい。
当人達でさえ茶番だと思っていた。
編入時期の関係上、クロムとマリーの在籍期間が短いため出なくてもいい事にまでなっている。
「ディル、騎士クラス狙ってる」
「やかましチビ。放っとけや」
皆それで分かった。
騎士クラスはエリートクラス。
成績優秀者しか上がれないクラスで、そこを希望し続ける限り基準に満たない者は永遠に基礎クラスから進級できない。
「あたしは出るからには勝ちたいかな」
「マリートさんは上昇志向ですものね」
マリーが家庭の都合で早く良い職場に就きたいと考えている事を知っているクロムには納得の返事だ。
「な、マリートだってこう言うてるし」
「クロムは?」
マリーが気遣わしげな顔で尋ねる。
それもそうだ、クロムは座学がマシになりつつあるもののまだ全体でも落ちこぼれの部類に入る。
特に剣術授業のクロムは有名だ。
病気という噂まで立っている程に。
「出てもいいよ。足引っ張らないようにはする」
「クロムは魔法支援で戦力なるんや。前衛は俺とマリートとレギがやるしやな」
「……ええ。おいらもなの」
「当たり前やんけ」
バシッとレギが頭を叩かれる。
「……まあワイが騎士クラスのポイント稼ぎたいいうだけなのは事実なんやけどな」
「いいじゃない、ディル。協力するよ。僕らのためにならない訳でもないし」
「お前はホンマええ奴や、エイク」
「エファは?」
「マリートさん、愚問ですわ。クラスメイトと力を合わせるなんて素敵ですもの」
にわかに盛り上がりを見せ始めたクラスメイト達の横で、クロムはさてどうするかと考える。
クロムが劣等生に甘んじてきた理由はいくつかある。劣等生たらしめている要素は大きく三つ。
座学、剣術、魔法。
座学。
これは実力だが、自分のやる気と時間の問題。
剣。
縛りにより剣が短時間しか振れないといっても代替策は山のようにある。ディーの力を抜きにしても現時点で基礎クラスなど軽く飛び越える事は可能だ。
魔法。
クロムは詠唱さえ覚えれば使用可能だが、周りの人間はどうもそうではない。
そこは良く分かっていないが、成功するというか使えるようになる条件は才能とか修練とかそんな感じで判定されているらしい。
この魔法に関してもその気になればいつでも上位クラス入りまでいける。
ちなみに魔法に関して捕捉しておく。
魔力、MP。
これは目に見えない数値である為か、体力に近い形で置き換えられている。
クロムのみ例外。
MP残量が尽きるとただ魔法が発動しなくなる。
座学、剣術、魔法、この三つで総合得点が低いクロムだが、劣等生から抜け出すには魔法で高成績を出すなり剣術授業をどうにかするなりすれば良いだけの話ではある。
では何故そうしなかったか。
何故クロムが得意分野の魔法をそこそこの成績に偽装してまで劣等生に甘んじていたか。この学園生活を経験してクロムがすぐに気付いた事がある。
実はこれ、クロムが現実世界でやった事のある学園もののゲームに酷似しているのだ。
そのゲームは学園もの育成RPGとでも呼ぶべきジャンルだったのだが、エリート、普通、落ちこぼれという三つのルートが存在する。
この内落ちこぼれルートこそがベストエンディングのルートであり、メインヒロインともハッピーエンドを迎える事ができるのだ。
つまりはそういう事。
クロムのステータスではMPがショボくて魔法回数も限られているというのはあるが、魔法成績を偽装してまで劣等生に甘んじていたのにはそういう訳がある。
(しかし……もういいかな)
ディルとエイクが作戦や布陣で言い争っている。
その顔は楽しそうだ。
ここで学んだ意味は大きい。
この世界のスキルという言葉が意味するものはアクティブスキルである、という事実。
パッシブスキルという概念は無いらしい。
これはステータスが見えない以上、一応納得できる理屈ではある。それを知る事ができた。
更に人間観察。
やはりディーに比べると学生のステータスは素晴らしく低い。教師ですらそうだろう。
プラチナの言っていた通りだった。
マリーの使ったスペイドのようなバフ魔法は一定の固定数値で能力を上昇させるものなのだが、ランク一のスペイドワンでさえ、学生にとっては優れた恩恵を受ける事ができる。
そういう知識も有用だ。
だが。
クロムの知る魔法ランクは九段階まで。
速度強化(スペイド)なら速度強化Ⅸ(スペイドナイン)まで存在する。
ただし今の所ランクⅨ魔法はディーしか使えない。いくら書物を読み漁ってみても、なかなか高ランクの詠唱というものが登場しないからだ。
クロム的にはこれに結構困っている。
何せレベルアップによる魔法習得というルートが存在しない。
更に攻撃魔法に至っては管理がきちんと成されているらしく、どの書物にも登場しない。
回復魔法は習得こそできるものの、人化状態の縛りによってバグったように効果が薄い。
MPも同様だ。
どうすれば上昇するのかが分からない。
毎日MPを空にして毎日ステータスを確認しているが、一向に増えていかないのだ。
編入してから増えた数値はわずかに十五。
埒があかない(ちなみにこの世界ではMPは時間回復になっている)。
つまりいい加減、上位クラスに入りでもしないとクロムが成長していけないのだ。
「お前的にはどういう感じがええと思う?」
「ん? そうだな」
考えに耽るクロムにディルが話を振ってきた。
聞いていなかったクロムは適当にあしらう。
(落ちこぼれルート……プレイ時間長すぎ。これを最後までは、無理)
そう。
彼は飽きていた。
そこまで育成を急ぎたい訳ではないが、流石にもうどうでもいいな、と。
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