第6話学園ものスタート


 養成所は思っていたよりずっと立派で、まさしく学校といった感じだ。

 門の所に警備か何かの受付所があり、マリーに用意して貰った入学申込書を提出する。


 キョロキョロと辺りを見回すクロムにマリーが笑いかける。


「大っきいよねー」

「そうだね、こんな立派なのは」


 見た事無い、はまずいか?

 クロムは後の言葉を飲み込む。


「はい、じゃ二人ともこれ持っていって」


 受け取った用紙を手に敷地を歩き建物へ向かう。

 この養成所の生徒だろう人間が数人いる。

 七年後この中からお眼鏡に適う人間が出るかもしれないと思うと、何故だかおかしくなった。


「嬉しそう」

「マリーは嬉しくないの?」

「緊張しててそれどころじゃないよ」


 マリーの家庭は裕福という訳ではないらしい。

 一刻も早く卒業試験に合格して、冒険者資格を得て稼ぎたいそうだ。


「ようこそ、ランダスター校へ」


 いかにも職員室という趣の部屋。

 渋い白髪混じりの教師はボーフェンという壮年の校長。テンプレよろしく元冒険者。


「我が校の入学試験は難しくない。が、卒業試験は難しい。命を落として欲しくないからだ。君達は……」


 中々良い事を言い始めたようだが、マリーと違いクロムはあまり聞いていない。ちょっとあまりにも職員室が職員室すぎて気になったのだ。


 クロムの認識が強すぎるのか。

 プラチナのイタズラか。

 それとも本来ゲーム内に無いマップはクロム寄りに生成されるだけなのか。




 試験費用を払い、担当教師の後を着いて歩く。

 体育館で試験を行うとの事。


「頑張ろうね」

「ああ」


 クロムのステータスは目を覆いたくなるばかりのひどさだが、おそらくマリーのステータスも大して変わらないはず。ゲームのように仲間のステータスも見られれば良かったのだが。


 ディーは竜人種への転生条件もあり、単独戦闘重視の育成を行ったキャラだった為、パーティースキルや魔法に関しては取りこぼしたものがかなりある。


 竜人種キャラを何体も作成し、個の高みを追及していく中で削っていったものだ。

 補助系や回復系など特に。

 一方的な殲滅速度を重視していた。


 それもあり、人化状態は回復系魔法剣士という何とも歪(いびつ)な育成をしたキャラだった。

 あえてそういう風にして楽しんでいた面を持つ。


 その意識が影響したのか、クロムは初期スキルの一つに補助系適正が付いていた。


 ステータスも魔法職寄り。

 何だこの貧弱さは、と最初思ったが今ではそれも面白いか、と思っている。




「マリート・アルマ! 始め!」


 試験内容はひどく単純。

 試験官と模擬戦を行う。

 別に勝つとか良い戦いをするとかではなく、それなりに動ければいいという話だ。


 体力測定といった所か。

 クロムはマリーの動きと試験官の動きを注視する。


「はあっ!」

「すぐに立つ!」


 木製の模擬刀で打ち合うマリーはそれなりに良い動きをしている。ように見える。

 少なくともクロムよりはマシだろう。


 試験官は……適当にあしらっている為良く分からない。できれば本気が見たかったな、とクロムは分析を続ける。


 するとマリーがぶつぶつと何かを呟いているのに気付いた。

 試験官と少し距離を取っている。

 向こうも距離を詰めず、待ち構えている。


 クロムは思わず声を上げそうになった。


「速度強化Ⅰ(スペイドワン)!」


 マリーの体が発光する。

 同時に加速し試験官に突っ込む。

 が、受け止められた。

 先程よりずっと形になった打ち合いを始める。


(どういうことだ……)


 クロムはかなり驚愕していた。

 マリーの使ったスペイドという魔法は速度強化の初期魔法だ。それ自体はどうでもいい。


(詠唱だと!?)


 クロムは知らない。

 スペイドはクロムも最初から習得している魔法であり、既に使用済み。


 が、詠唱のやり方など知らないのだ。

 考えてみればゲームはコマンドを選ぶだけだったが、たしかにキャラクターが詠唱しているような描写はあった。


 しかしチュートリアルバトルでディーもクロムも魔法を使った際、詠唱モーションなど発生した記憶が無い。


「やめ! ……良くやった」


 息を乱したマリーが試験官に一礼し、歩いてくる。クロムに小さくブイサインを送りながらニコッと微笑み、「頑張ってね」と告げてくる。


「あ、ああ。お疲れ様。魔法……」

「へへ。見直したか」

「次、クロム・ディー!」


 押し出されるように前へ出る。

 どうしよう。

 それっぽくモゴモゴ言うか?


 試験官とマリーの前でディーの力など当然使えない。ある程度体感してから魔法も、と思っていたが詠唱などというものが存在するとは。


 試験官から木刀を受け取る。

 開始線に付くよう促されるが、クロムは考えが未だまとまらず、傍から見れば怖気づいているようにも見えたのだろう。


「クロム、大丈夫!」


 マリーの声援が飛ぶ。

 そうだ、と意識を切り替える。

 ゲーマーの悪い癖だ。

 ここは試験官に勝つ必要などなく、それなりの戦いを見せるだけでいいはず。


「はじめ!」


 魔法使用は破棄だ。

 適当に詠唱しているフリをしてもいいが、デタラメだと見抜かれると何か問題が起きる可能性もある。


 これは明らかなイベント。

 成功条件は緩いはず。


「ふっ」


 とりあえず打ち込んでみる。

 予想通り軽くいなされた。

 どうやらクロムの能力では試験官に剣で打ち勝つ事は難しい、と判断せざるを得ない。


(って、勝つ必要無いんだって)


 ディーのチュートリアルバトルの記憶と感覚を頼りに連続で打ち込んでみる。

 しかしあっさり全て跳ね返される。

 

 打ち合いが続く。打ち合いながら、まだ合格しないのか、などと考え始めると。

 試験官から打ち込んできた。


「とっ!」

「筋は悪くない」


 押し合う形から、いきなり満身の力を込め試験官がクロムを弾き飛ばす。


「クロム!」


 なんとか剣を手放さないようにするのが精一杯だったが、いきなり体が重くなった。

 急激に体力が奪われた感じがする。


(何だ……!?)


 記憶の中にそんなスキルは無い。

 向こうに魔法を使用した感じは無く、詠唱だってしていないはずだ。


「男子だからな。ちょっと厳しめに行く」


 試験官が笑いながらかかってこい、とばかりにクイクイと手招きする。


(野郎)


 ゲーマーの勘が告げる。

 これは多分、マリー以上に良い所を見せないと最良の成功判定が立たない分岐だと。 


 ありがちなのは一定ターン耐久、一撃入れる、そんな所。どちらにせよ。


 不意にクロムがクルリと背を向けた。


「なに?」

「クロ――」


 マリーが台詞を言い終わらない内に、再び反転したクロムが猛然と試験官に向かって突進する。


 重い体は先程より更にキレを失っている。

 指揮棒を振るかのように軽くクロムの一撃をいなした試験官だったが、次の瞬間背筋が凍った。


「な……!」


 鈍重なクロムの剣。

 しかしクロムと視線を合わせた瞬間、文字通り凍りついたように体が動かなくなったのだ。


 お世辞にも速いとはいえない剣が試験官の首筋を襲い、寸前で止まる。




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「お疲れ様、バルドー君。試験はどうだったかね」

「二人とも優秀です」

「そうか、これからは君の生徒だ」

「はい。ボーフェン校長」


 クロムとマリーは入学手続きを行っているはずだ。

 バルドーのお眼鏡に適うなら間違いない、とボーフェンは満足気に頷く。


「どうした、バルドー君?」

「は? いえ……」


 あの生徒の目。

 蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなった。

 あれは一体何だったのか。


 スキルか? 馬鹿な。

 そんなものは知らない。

 魔法でもない。

 では――恐怖したというのか?

 しかし自分はあの程度の素人に気圧される程弱くはないはずだが――。


 バルドーが赴任して以来初めての経験だ。いや、冒険者をやっている時でさえあんな経験はない。


(何だったんだ、あれは)





 スキルではない。

 クロムが行ったのは”装備”。

 背を向けインベントリから指輪を嵌めただけの事。



 <スケアリング>。

 確率で対象を一ターン行動不能にする指輪。

 クズアイテムだが、ボスドロップ品という事で一応のレアアイテムではある。







「はあ~。お金無くなっちゃったな~」

「でも今日から寮に住めるんだろ?」

「そうだけどさあ。あーあ」


 無事入学できたクロムとマリーは一通りの雑事を終え、晴れてランダスター冒険者養成学校の生徒となった。


 担任は試験官を務めたバルドー。

 男女合わせて四名のクラスに編入となる。


「じゃあ明日、学校でね!」

「ああ、色々ありがとう、マリー」


 ニッコリと微笑み寮に駆け込んでいったマリーを見送ったクロムは自分も男子寮へ向かう。

 寮生活がどうなるか、という不安もあったが、それ以上に魔法の詠唱とバルドーから受けたスキルのようなもの、それらが気がかりだ。


 寮母に挨拶し部屋へ入る。

 金に困っていないクロムは一人部屋を選択した。


 荷物――といってもルアンで購入した少ない衣服と小物だけだが――を降ろし、備え付けのベッドに腰を下ろす。


 そのまま後ろに倒れこもうとすると、背中に何かが当たった。


「お疲れじゃの」

「うおっ」


 薄く笑ったプラチナが居た。


「おいおい、どういう魔法? スキル?」

「再会の一言目がそれか。つれないのう」

「いやマジで。それシャレになってないから」

「固有スキルみたいなものじゃ」


 ベッドに腰掛け半身をひねったままのクロムにぺたし、と張り付いてくる。

 意地悪そうな顔で。


「手が速いの」

「マリーの事言ってんのか?」

「そうじゃ」

「今んとこまだ手は出してないだろ」


 ニヤニヤ笑うプラチナを引き剥がす。


「それより。お前ならもしかして見てたりしたかもしれないけど、俺が今日養成所入ったの知ってる?」

「知っておるぞ。だからここにおる、阿呆」

「あ、そうか。試験とか見てた?」

「ふふん」


 得意げに笑ったプラチナが目を閉じる。


「魔法か」

「ああ。詠唱な」

「そうじゃのう」


 ここでうーん、と考えるような顔つきになる。

 こうしていると幼女そのものだ。


「正直よく分からんが。ディーとお主がおかしいだけという事ははっきりしておる」

「お前も分からないか……」


「まあいいや。それより」


 試験官から妙な攻撃を受けた事を話す。

 急激に体力を減らすような未体験のスキルがこの世界に発生していたりするのか、と。


「はっきりとは言えんが、お主が変化を望んだせいじゃろうなあ」

「変化?」

「うむ」


 プラチナが目を閉じ腕を組む。

 金髪幼女のその姿はちょっと可愛い。


「最強のまま、という願いだったのでディーに変化は無い。が、それ以外の部分でお主は変化を願うたはずじゃ。特に貧弱なフリをする部分があっても良いとそう話しておったじゃろう」


 あったな。

 副将軍の印籠よろしく大逆転、みたいな願望はあったよ、うん。


「まあ細かくは分からんがその辺が影響したんじゃろ。人化状態の育成を同じにせん為の仕様変更とかじゃないかの」


 無意識に自分で縛り条件を付けたってか。

 やっちまった。


「それとなんだけどな」


 色々生まれた疑問や考察を話していく。

 プラチナからはっきりした返事が返ってくる事もあれば、良く分からないと返される事も多い。


 クロムにとっては頭の整理をしているつもりなので、全ての疑問を解消して貰えるとは最初から思っていない。一通り話すとすっきりした。


「疲れたから風呂入って寝る」

「ではわらわはまた出かけるでな」

「おい、プライベートは覗くなよ」

「下種な勘繰りはよせ」


 ニタリと笑うプラチナは到底信用できないが、神にあれこれ言った所で無駄だろう。

 肩をすくめ着替えを取り出し振り向くと、既にその姿は消えていた。



 

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