第5話ご都合主義的出会い


「もう間もなくデルスタット到着ですー」


 ルアンから乗り合い馬車を乗り継ぎ、本来なら経由していくはずのいくつかの町や村をスルーし、大都市デルスタットへ向かう選択をした。


 本来の冒険が始まるまでは七年も猶予があるのだ。神であるプラチナに何かが起こるとも思えない。

 割り切って、新たなフリーシナリオを楽しもうとクロムは思い立っていた。


 デルスタット。

 ディーがパーティーメンバーとして登用するキャラがいた都市だ。仲間は自動行動であり、補助的な戦力としてしか考えていなかったが、デルスタットはそれなりに有益な人材が集まる、ゲーム中でもそこそこ重要な場所だった。




「いらっしゃいいらっしゃい!」

「安くしとくよー」


 踏破しつくした都市ではあるが、こうして実際に身を置いてみると全く違う。新鮮な感動に心を弾ませ、クロムはのんびりと散歩から始める事にする。


 途中見つけた武器屋に立ち寄ってみる。

 この店の品揃えは頭に入っているが、確認ついでだ。チュートリアルバトルで確認した装備品の数々に店売りの安物は無かったので、その辺が実際どうなのか興味もある。


「いらっしゃい」


 武器屋の親父の台詞はゲームそのままだ。

 というか現実でもそう変わらないだろうが。


「お客さん養成所の生徒さんかい?」

「いえ、違います。これから入ろうかなって」

「そうかい。なら急いで買わなくたってそこでアドバイス聞いてからだって遅くはないと思うよ」


 親切な親父だ。

 

「そうですけどね。触った事なくて、ちょっと興味本位で。あ、冷やかしって訳じゃないんですけど」

「ははは、構わないよ。ゆっくり見てきな」


 あながち嘘でもない。

 店売りの下位のものには触った事はない。

 鉄の剣やらを手に取って具合を確かめていたクロムに、同じく客として商品を見ていた少女が話しかけてきた。


「あなたもこれから養成所に入るのね」

「ああ、そのつもり」


 肩口までの長さ、顔のラインに沿うようなヘアスタイルの茶髪の少女。卵型の顔立ちの美少女。

 百七〇センチ程の身長のクロムの顎までの身長だ。


 服の上に鎧だろうか? 帯状の革鎧のようなものを着ている。ショートパンツからスラリと伸びた健康そうな足が眩しい。


 腰の部分でベルトとして一周しているそこには数本のナイフが刺さっている。


「実はあたしもそうなのよ。同期って事になるかもね」


 養成所は年中入学可能だ。

 最終試験に合格した者が卒業でき、在籍期間によって卒業資格が与えられる訳ではない、というのは聞いている。


「あたしマリートよ。マリート・アルマ。もし同期って事になったらマリーって呼んでね」


 屈託なく手を差し出してくる。

 その名前に聞き覚えは無い。

 ディーの仲間候補に登場すらしていないという事は、彼女は大成しない運命らしい。


 いや、この世界で決め付けるのは早計か。そうクロムは己を戒める。


「クロム・ディーだ。よろしくな」


 軽やかに握手を交わす。

 

「親父さん、これ下さい」


 振り返るとクロムは一本のナイフを所望する。

 鋼のナイフ、初期装備でこそないがガラクタという評価で間違いない。


「いいのかい?」

「親父さんとこの武器は買って損する商品じゃないでしょ?」

「お、口がうめえな。サービスしとくよ、入学祝いだ」


 マリートと共に店を出る。

 彼女は何も買わなかったようだ。


「お金持ってるんだね」

「んー、親からの遺産っていうか」

「あ……ごめん」

「いやいや、その、まあ気にしないで」


 クロム的には面倒なので親は亡くなった設定にしてある。実際はディーの遺産だ。


「ところでマリート、実は俺養成所に入るやり方とかあんまり分かってなくてさ。教えてくれない?」

「そうなの?」


 話を聞くお礼がてらマリートをお茶に誘う。

 純粋に美少女との出会いを楽しむためと、用意されたサブイベントなのかどうか確かめようと思ったのと。


 実際養成所の入り方はよくは知らない。

 これがフラグになっていないとも限らないのだ。




「ありがとう、おかげで助かったよ」

「いえいえどういたしまして。これで同期って事になるんだからマリーって呼んでね」

「うん、マリー」


 結局彼女の入学に合わせて一緒に入る事にした。同じ十六歳というのも用意された設定なのか。


 手続きやらなんやらで知らない知識を要求されて面倒な手間が掛かるのは避けたい。有り難く世話になる。


「じゃあ行こっか」


 マリーはデルスタットの優秀な養成所に入るため親元を離れ来ているそうだ。来てまだ間もなく、宿暮らしだが節約の為明日入学したいらしい。


 クロムとしても否は無い。

 ダラダラ過ごすのも楽しそうだが、入学は一週間に一日だけ。一週間は待ちきれない。


 マリーが宿泊している裏路地の安宿にクロムも世話になる事にした。着いたばかりで宿も決まっていないクロムに、ついでに色々と知識を教える時間もとれるからと屈託無く勧めてくれた。


 クロム――というよりは現実世界でこんな発言をされてはいきり立つというものだが、クロムとしてはまだ冷静でいられる。


 ゲームキャラという斜めの見方がどこかにある。

 まあ欲情したらそれはそれ、その時よと開き直っている部分もあるにはあるが。

 



「銅貨十枚だよ」


 まあまあ無愛想な宿の女将に無遠慮な視線を投げかけられる。黙ってカウンターに銅貨を置き、マリーと共に二階へと上がる。


「じゃあ、また後でね」


 マリーとは夕食の約束をした。

 その時また色々話そうという訳だ。

 笑顔で手を振るマリーが部屋へ入って行くのを見届け、渡された鍵の部屋を探し扉を確認していく。


 一番端でお目当ての部屋を発見し、入ろうと鍵を開けて扉を開けた瞬間小さく呼びかけられた。


「おい……おい」


 廊下の向こうから細身の男が近付いてくる。

 長身にだらしなく伸びた髪、赤い団子っ鼻。

 あまり居ないタイプ。

 不細工に入る顔立ちの男だ。

 よれたシャツは身なりが良いとは思えない。


 何だと思い首を傾げているクロムの肩にいきなり腕を回してくると、半開きだった扉をクロム毎押し込むように開け勝手に入ってきた。


「何です?」

「同じ宿客としてご挨拶しようと思ってよ、そうビビらんでくれや」


 ニヤニヤと笑いながら扉を背に男が立つ。

 勝手に他人の部屋に入って来るとはとんだ無法者である。しかし別にクロムにとって脅威ではない。チュートリアルバトルで散々モンスターとの戦闘訓練を積んだ今となっては警戒にすら値しない。


 どうでもいいが酒臭い、と思いながらクロムは成り行きを見守る構えに入る。

 これがサブイベなら問答無用で排除せず、展開を見極めたいとの興味がある。


「へっへっへ」


 男は値踏みするようにニヤニヤ笑っているだけだ。これはこちらからアクションを起こさないと進まないタイプのやつか? とクロムが口を開こうとすると、男が話し始めた。


「おい、お前あの女と随分仲良さそうにしてたな。どういう関係だ?」


 おお……。

 クロムは感動する。

 実に新鮮なイベントだ。

 せいぜい数十時間で終わるゲームにこんな些細なしょうもないチンピライベントなど普通は用意されているものではない。


「さあ、何のことでしょう」

「とぼけんなよ、つれねえなあ」


 男が笑いの度合いを強める。


「俺にも紹介してくれよ。仲良くしようぜ」

「それってあの子がこんな場末の安宿に泊まってるのに目を付けて、俺を利用して悪さでもしようって魂胆って事ですか?」


 男の笑いが消え、目を細くする。


「……度胸見せようってのかクソガキ」

「別にそんなんじゃないです。単刀直入に話がしたいと思ったまでです」


 これをサブイベと捉えるなら見過ごすのはリスクが高い。何せやり直しのきかないこの世界で失敗となればマリーとの関係が絶たれる可能性があるし、そもそもそんな選択肢を選ぶ気にもならない。


「あの女は俺が先に目ぇ付けてたんだ。怖い目にあいたくねえなら余計な事は考えんじゃねえ」


 決まりだな。

 ゲームならここで”はい”を選ぶか”いいえ”を選ぶか、そんなとこだろう。


 少し考える素振りをしたクロムは以前から考えていた実験に移る。


「マリーは渡さないぞ。僕が相手だー」


 我ながら下らない、と思いながら緩慢な動作で相手に掴みかかる。実際クロムのステータス、肉体能力はこの男とそう変わらないだろう。


「ガキ、てめえ!」


 男が殴りつけてくる。

 クロムは避けようともしない。

 その目が凝視しているのはスキル欄。


 スキル<ディー覚醒>。

 男が殴りつける意思を持っただろう瞬間、灰色から白に変わっていた。


 予想通り。

 こちらから掴みかかっただけでは戦闘突入判定されなかったが、相手も反撃の意思を持つと使用可能になる。


 デルスタットに来るまでいくつか試しても使用可能にならなかったスキル。


 こちらから一方的に相手を蹂躙するだけの魔王プレイができないのはやや残念でもあるが。

 とにかく、一つ検証できた。

 もう一つ確かめたい。


 歯を食いしばり、首に力を込める。

 ガツッ。


 男に顔を殴られ頬に痛みを感じる。

 体力表示は一の桁が一つ、二つ、三つ。そこで減少が止まった。腰も入っていない、死に直結するようなダメージからは遥かに遠い、当然だ。


 次にクロムは顔を男にこすりつけるように取っ組み合う。殴って貰いたいのは腹だ。

 あえて腹筋の力を抜き、リラックスしておく。


 ズン、と鈍い衝撃と共に息が詰まる。

 かなりの痛みだ。

 体力減少は二桁に届かない程度でストップしている。といっても最大値がせいぜい百に満たない程度しかない。殴られ続ければ死ぬだろう。


(もう充分だ)


 実はクロム状態でまともにダメージを受ける実験は不十分だった。モンスターの一撃は強力すぎて、まともに入れば死に至らずともほとんど行動不能だったからだ。


 既に検証していた自傷行為で体力に残量があっても行動不能になるのは分かっていたが、こういった相手からの些細なダメージでもやはり同様の結果になるのかは未検証だった。


 結論。

 ゲームとは違いやはりリアル。


「おら、調子にのりやがって!」


 クロムはまともに貰った腹への一発が思いの他効いており、ステータスの体力残量と行動不能はやはり一致しない、と改めて思い知る。


 腹を押さえるクロムの顔を更に数発殴りつけた男だったが、突然叫び声を上げ手を押さえ苦悶する。


「ぐ、あ……」




 <ディー覚醒>。

 初めてがこの男とは締まらないが、チュートリアル以外で初の竜人化使用。


 一瞬で桁違いの数値に書き換わったステータス欄を凝視していたが、結果は上々。

 ノーダメージだった。


 モンスターを遥かに上回る防御数値、それはもう人間の肌では実現できない。

 竜人化状態のクロムは鋼鉄より硬い肌になっており、ディー状態は人間から逸脱した状態であるとクロムは結論付けている。


「いってえな」


 ディーの減少していた体力が高速で回復していく。クロム時の体力割合とディーは連動しているが、竜人種のパッシブスキルにより、最大値へと戻っていく。

 

「アンタ、放っとくとマリーに何かしかねないな」


 思い切り鋼鉄を殴りつけた男はうずくまり呻いていたが、クロムの台詞に憎憎しげな目で睨みつけてきた。


「てめえガキ……」


 言いかけて絶句する。

 銀髪の細身の少年は居なくなっていた。

 黒髪の――



 化け物。



 金色の瞳。

 その虹彩は爬虫類のように縦に伸びている。


 「あ……あ……」


 見た目の異様さ、そして威圧感。

 本能が告げる。

 今すぐ逃げろと。

 それを体が拒否する。動けない。


 ――なんで、モンスターが居る。

 男の頭が一瞬で混乱する。




 随分と痛そうだ。

 まあどうでもいいな、とクロムはインベントリを検索する。


 何が揃っているかは頭に入っているが、こういう時に効果的なものがすぐには思い浮かばない。


 うーん、とあちこちスクロールする。

 見つけた。

 アイテム欄にあった、大量の雑魚ドロップ品。


 とはいえ保持しておく程度に使い道はある。

 材料としてだが。こうして直接使うのはもしかしたら初見プレイ以来かもしれない。


「お近づきの印だ、やるよ」


 取り出したのは<蜃気楼の粉>。

 アイテム説明には、


「強力な幻覚作用をもたらす粉末。吸い続けた者は現実と幻覚の区別がつかなくなる」


 と書いてある。

 ゲーム内ではしょうもない混乱作用しか無かった。ご丁寧に瓶詰めで現れたそれを男の鼻に突っ込み、問答無用とばかりに流し込む。


「うぐっ、ぶぐ……」






「女将さん」


 階下のカウンターへ男を引き摺っていく。

 男はヨダレを垂らしておかしな事を喚いている。


「な、なんだい、何があったんだい」

「いや上でこの人が倒れてて」


 嘘……は嘘だが。

 倒れたのは事実だ。


「ちょっとアヘン! どうしたのさ!」


 いい名前だ。


「この人薬でもやってるんですか?」

「やかましい! どきな!」


 どうも常連客か知り合いかは分からないが親しいらしい。邪魔な片付けができたのでさっさと任せて上に戻る。


 

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