第4話と思ったら長すぎるオープニングだった
「ま、こんなとこじゃろ。後は戦闘チュートリアルかの」
ひとしきりこの世界について説明を受けたクロムがようやくか、といった面持ちになる。
「クロムよ。ディーの力はそのまま残っておる」
「ただのニューゲームは望んでないからな」
「しかしお主の存在とこちらの世界を合わせる上で不都合が起きた」
「どういう事?」
小首を傾げプラチナがどう説明したものか、といった風情を見せる。
「ディーの持つ力とお主の認識する世界の理はこう、何と言うか上手く噛み合わんかったのじゃ」
その後プラチナが説明し辛そうに説明してくれた言葉でクロムには合点がいった。
異常なステータスの竜人種の日常生活は成り立たない。純粋なゲーム世界ならともかく。
何しろディーは素手で巨大モンスターを数発で殴り殺し、裸で百回殴られても死なないのだ。
それってどんな肉体だ、と思う。
茶碗とかうっかり破壊するレベルじゃ済まない。
そういう現実的なディーの認識が純粋なゲームシステムとの融合を阻害した。
「そこでクロムとディーの立場を逆転させたのじゃ」
「というと?」
「ステータスを見よ」
クロムになる前はインベントリしか無かった項目が増えていた。ステータス画面を選ぶ。
脳内にある見慣れた画面。
これのために時間を捧げた。
夢中になって作り上げた最高傑作だ。
「うへー」
クロムが声を上げたのも無理は無い。そこには見るも無残な数字が並んでいたのだから。
「慌てるでない。スキルの欄を見るのじゃ」
急いで確認する。
これまたスカスカの他愛も無い空白だらけのデータ。スクロールしたその先、最後の最後に表示されている見た事も無いスキル。
「ディー覚醒?」
「そうじゃ。竜人化よ。使うてみい」
アクティブスキルであるそれを選択する。
と、瞬間意識が覚醒した。
貧弱だった肉体に力が漲る。
視界も変化している。
前髪が黒い。
「おお……」
「さっきはキャラメイク前で暴発しておったがな、もう心配はいらぬぞ。きちんと分けられたでの」
スキル欄が見慣れたものに書き換わっている。
びっしりと埋め尽くされたパッシブスキル、アクティブスキル。魔法欄も同様だ。ステータスもディーのものになっている。
「安心したか」
「そうだな」
「ま、クロムであろうがディーであろうがインベントリは共通よ。あれだけ揃っておればまず心配あるまい」
アイテム欄には各種超級装備がズラリと並んでいる。確かにこれらを使えばクロムのままでも相当いけるだろう。特に死神シリーズで固めてしまえば。
「これなら気ままにプレイしつつ、クロムを育成できそうだな」
ゲームと同じだ。
「ちょっと違うの」
「え?」
「人化コマンドは戦闘コマンドだったじゃろ。それが逆になった訳じゃから」
「……戦闘中限定仕様って事?」
「気ままに、という訳にはいかんの。今はチュートリアルだから使えておるがの」
後ろ手を組んだプラチナがしたり顔をしている。
ん? と思い少し考える。
人化はいわば舐めプレイともいえる。
安全マージンを取った上でやるものだ。
安全な時だけやればいい。
つまり無理にやる必要はない。
が、竜人化と人化が逆転したという事は……。
「ハードモードになってるじゃねえか」
「お主の願いとも合致しておるはずじゃぞ。手応えのあるゲームがしたいと望んだはずじゃ」
ぐぬぬ。
「まあそう危険はないと見ておるがの。お主が戦いと認識すれば覚醒スキルは使用可能になる。人化状態もそのアイテムを使って育成すれば何も問題は無くなるじゃろ」
「あ、そうか」
そうだった、インベントリは共通だった。
「っと、育成ってやるのは俺か。しかし現実に育成となると……」
ふと考える。
ゲーム世界のレベルアップ成長ってどんな感じなんだ? なんか体が光ってパッパラー、みたいになるのだろうか?
それとも地味に筋肉が付いていくみたいな感じなのだろうか。
「レベルアップってあるの?」
「無いの。お主が実感してきた成長というものの概念が影響しておるからの。じわじわ育つ」
レベルアップが無い。
まあ確かに今その場面をイメージできなかった。
じわじわ普通に成長するのか。
大物狩りによる稼ぎが無いという事はどれぐらい時間が掛かるのだろう。
「なあ、ステータスってこの世界だとどの辺まで上がるんだ?」
「うむ。気付いたようじゃが最早この世界にディーは誕生せん。お主のせいじゃの」
「ありゃ」
「お主も仲間とか連れておったじゃろ」
「うん」
「ああいった連中も改変の煽りを受けて、ゲームのようにまでは成長できんじゃろうの」
マジか。
まあ特に思い入れがある訳でもないが。
「では理解して貰った所でチュートリアルバトルでもするかの。ディーの力の使い方、理解しておきたいんじゃろ?」
「当たり前だ」
いきなり実戦でクロムのまま死ぬのはごめんだ。
「存分に確かめるが良い」
システムからチュートリアルバトルを選べる。
ゲームではいつでもどこでもバトル空間でエンカウント済みのモンスターと模擬戦闘が出来た。
「あ、プラチナ。これって」
「お主の思っておる通りよ。その空間はある種幻。お主の脳内の妄想とも言える」
「インベントリとかこういうのってこの世界にも普通にあるのか?」
「たわけた事を。システムを認識できるのはこの世界がゲームだった事を認識できる者のみ。つまりお主とわらわだけが持つ異能よな」
現実的な理屈とも合致している。
「チュートリアルでは死なないんだよな?」
「何と戦う気じゃ」
「クロム状態でも色々試そうと思って」
「根っからのマニアじゃの」
呆れたようにプラチナが肩を竦める。
死んだりはしない、と告げる。
「んじゃ」
クロムが目を閉じる。
それを見たプラチナは、再びうっとりとこの世界の空気に身を浸すように、同じく目を閉じた。
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ルアンの町。
チュートリアルイベント満載の町だ。
クロムはこの町に戻ってきて、自分がミスを犯していた事に気付いた。
「坊主、どこの出だ? 珍しい髪の色してるな」
町の住人と会話していた時のこの台詞。
髪の色の事ではない。
坊主、と呼ばれた事で気付いた。
成人の定義にクロムの持つ現実世界の常識が持ち込まれている。
これに気付いたクロムはすぐさまゲームシナリオで引っ掛かりそうな箇所を洗っていく。
「プラチナ、シナリオに関してはどんな変化が起きるかお前にも分からないんだよな?」
「そう言ったはずじゃ」
「俺さ、そもそも魔王討伐とかその辺の依頼イベントから外れてんじゃねーの?」
「分からんの。いわばまだオープニングじゃし」
「は?」
「七年間のオープニングシナリオじゃな」
「長えよ!」
二十三歳から本編開始かよ!?
「あくまで考え方としてじゃが。まあお主次第で本編にもなるんじゃないかの」
「おいおい。つーかお前が来る前に本編最初のサブイベントっぽいのあったけど?」
「わらわが遅れたせいじゃのう。ま、気にせんでも良いじゃろ」
「訳わかんねえよ……」
まあでも楽しむ時間が長くなるという言葉に嘘は無いか。割り切って好きにしよう。
「て事は、本編のイベントが始まるまで時間的な猶予は設定されてるって事か」
「知らん。保証などできん」
「まいったね、どーも。最初にそういう情報を集めなきゃ安心できないのか。ディーの知識も危ういな。情報収集はRPGの基本ってか」
どちらにせよクロムの育成には時間が掛かりそうだし、メリットの方が大きい気もする。
ただ実際自分の体を使うとなるとゲーム操作とは違った面倒臭さがある。
攻略知識から、クロムは冒険者ギルドの初心者講座を聞きに行くのが現状ではベターと判断する。
「ではわらわは勝手に楽しむでの。さらばじゃ。油断して死んだりせぬように」
「オープニングで死ぬとかあんのか」
プラチナとは元々冒険を共にするものではないと聞かされていたので意外では無かったものの、子供の姿でどうするんだろうと疑問に思う。
まあ色々便利な力があるのだろう。
そう思いギルドを尋ねたが、これまたアテが外れる。
「ガキの来るとこじゃねえ。帰んな」
門前払いを食らうという知らない展開。
マジかよ、どうしようと思ってギルドを睨みつけていたクロムに優しげな声が掛かる。
「どうしたの?」
歳の頃二十歳前後だろうか。
美しい顔の女冒険者らしい女性がこちらを見て微笑んでいた。
(この年齢のキャラに対する救済措置か?)
クロム的にはそう考えてもおかしくない。
ルアンで最初の情報収集といえば冒険者ギルドであり、スルーしても問題はないのだが、初見プレイではこれがシナリオ進行のヒントとなっている。
「実は門前払いを食らいまして」
「あら。何の用があったの?」
ここぞとばかりに次々に質問をぶつけていく。
世界情勢や冒険者制度などなど。
やはりというか驚く程なんの疑問も持たず女冒険者は答えてくれた。
「では養成所に行くのが良いと?」
「普通そうじゃないかしら?」
世界情勢、というか魔王イベントに関してはまだ始まってすらいないようだ。どうやらプラチナの言う通り、時間的な猶予が設定されていると見ていいだろう。
本来の二十三歳設定から七年前、という位置付けに変化したのかもしれない。
養成所、平たく言えば冒険者育成の学校だ。
元々のゲームではイベントに関わってはこなかったが、テキストやオブジェクトとしては登場していた。
(学園もの、なのか? シナリオとしてはベタだが何とも気の長い……)
当然スルーしてもいい。しかしクロムの育成やこの世界を知るにはうってつけの場所とも思える。
女冒険者と別れ、ルアンをしばらくウロウロしてプラチナを探してみる。再会の約束はしていないが、今唯一の、そしてこの先も唯一無二のクロムの理解者なのだ。
チュートリアルで終わりというには未練が残る。
だが結局プラチナの姿は見つけられなかった。
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