第3話ゲームスタート! 2


 ルアンという町から出て少し離れた森。

 外マップというやつだ。


 人化状態はレベル一から始まる。

 冗談だろ、とも思ったが、装備品を装備できる事を確認できたので、悩んだ挙句思い切って外に出る事にした。


 変に目立つと何かまずい事が起きないとも限らないので、見た目普通っぽいだろう服系で、一番の性能のやつを装備しておいた。


 それでも大分派手だったが。

 まずこの辺の雑魚にはダメージを受けないはず。


 最初のエンカウントはどういう形になるだろうか、と周囲を慎重に見渡しながらいつでも町に引き返せるよう警戒しつつ、結局森までノーエンカウントで来てしまう。


 とっくにエンカウントしてもおかしくない距離を来たはずなのに。


(仕様も現実的な変更がなされているのか)


 そりゃまあ町を一歩出たら魔物がウジャウジャ湧いている、というのは普通に考えたらおかしい。そんな世界はとっくに滅びている。


 森にも変わった様子は無い。

 静かな落ち着いた雰囲気が漂うだけだ。


「やっておくか」


 インベントリから装備を選択する。

 脳内のイメージアイコン。

 選択するのは最強装備。これから始めるに越した事は無い。


 選択し終えると服装に変化が訪れた。

 スウッ、と霧が定着するように一瞬で体中に装備が纏わり付く。特に違和感は無い。


 ゲームと同じ。

 着替えの描写など無く、瞬時に変わる。

 


 右手に掴んだ剣は<死神の剣>という。

 上位ではあるが、実は基本性能はそこまで大した武器でもない。殺戮数でボーナスが付くというシロモノなのだが、数値上限を迎えると頭打ちになり本来なら最上位には届かない。


 これはバグ技で、周回プレイを始める際に上昇した数値はそのままに成長をリセットする、という事を繰り返したものだ。ぶっ壊れた数値になっているのでゲームがつまらなくなりしばらく封印状態だったが、最強というならこれしかない。


 鎧、兜、盾、篭手、靴、ぶっちゃけるとディーの最強装備は全てこの「死神シリーズ」になる。同じくそれぞれがバランスブレイカーである。



「予想通り見た目きついな……」


 禍々しい。

 黒を基調に白い箇所(多分これは骨をイメージしているのだろう)があり、黒地には赤い血を思わせる不規則な線が全体に刻まれている。


 おニューの服よろしく体をひねり全身を眺め回してみたが、かっこ悪い訳ではない。むしろデザイン的には好みの部類に入る。


 ただ人前に出られるかというと問題ありそうだ。

 ゲームなのでスルーされるかもしれないが。

 確認のため再びインベントリから装備を全て外してみると、黒い残像を残し最初着ていた服に戻る。


 裸になる事はないようで安心した。


 もう一度死神シリーズに着替え、剣で軽く手近な木の幹を叩く。コンコン、と叩いてみるとうっすら傷は付いたがそれだけ。魔王を数撃で屠る剣ではあるが、軽く振っただけで辺りを吹き飛ばすとかの不良品ではないようで何より。


 次に剣を宙に放る。

 自重に引かれ地面を剣先が抉りはしたものの、普通に落ちた。これまた良い。取り扱い注意の兵器という訳ではないようで一安心。


 そのまま距離を取り、離れた場所から見守る。

 徐々に離れ、様子を窺う。

 変化は無い。

 つまり手放せば当たり前にロストするという事だろう。アイテムを捨てると同意であり、装備を外すのとは違う。インベントリに戻るとかいう事は無い、これも頭に入れた。




 剣を拾う。

 ここから先の実験が難しい。

 ディーの知識の中にオブジェクトへの攻撃というものは無いのだ。果たして木に斬り付けた時、死神の剣はその数値通りの破壊を起こすのかどうか。


 先程傷が付いた事から出来はするのだろうが……ままよ、とそれなりに力を込めて斬り付ける。


 と、そこで自身に起こった変化に驚きギリギリの所で寸止めする。

 ゴッ、と周囲に風が巻き起こる。


 自分の感覚に齟齬があった訳ではない。

 当たり前に剣を振り剣を止めた。

 しかし今の風を巻き起こした結果からも客観的な脳内リプレイからも、尋常の剣速では無かった事を理解した。


 あの一瞬まるでスイッチが入ったかのように、このまま振るったらヤバい、と直感したのだ。


「……こええ」


 また分かった。

 ディーのステータスはやはり生きている。

 扱えないシロモノという訳でもなく、感覚が補正されるとでも言うべきか、それに見合った体の動かし方も自然とできるようだ。


 ただそれをそのまま使えばどうなるのか、その結果だけが多分現実離れしている。ゲームとリアルの狭間に誕生した未体験の世界。




 しばらく逡巡し、気持ちを落ち着かせる。


 目の前の木は容易く粉砕可能だと自分に言い聞かせると、先程より遅く、木の幹を軽く叩いた時とほとんど変わらない速度で右手を振る。


 ズッ。

 そんな音と共に、ほとんど手応えを感じる事無く木を斜めに両断した。


 試しに左手で、裏拳の要領で残った木の幹を横殴りに軽く払ってみる。

 それでも間違いなく砕ける確信があった。


 が、これは大失敗だった。

 死神の篭手の存在を忘れていたせいか。

 バンッ、ともパンッとも聞こえる音と共に幹が爆発するように弾け飛び、砕かれた破片が左手方向に恐ろしい勢いですっ飛んでいってしまった。


 瞬時に目で追った左手方向は、まるでショットガンをぶっぱなしたかのような有様だ。


「やばいなこれ……」


 完全にゲームキャラになっている。




==============================




「何を呆けている」


 真後ろからの声。


 思わずビクッとなり振り返る。

 薄ら笑いを浮かべた腰まで届く長髪の子供が立っていた。美しい顔に金髪を揺らし、首を傾げる。


「力が意外か? まさかそんなはずはあるまい」

「誰だ」


 この台詞、俺を知っている。

 多分こいつだろうとは思うが。

 この世界へと導いた、神と名乗る者。


「恐ろしい姿だな。肩の力を抜け」


 装備を全て外す。

 禍々しい姿が黒い霧となり吹き消える。


「まあ、アンタしかいないよな」

「そこは意外に思ってくれても良い」


 男とも女とも判断の付かない姿が笑う。


「アンタがチュートリアルって事か?」

「そんなようなものだ」


 満面の笑みを浮かべ満足そうに頷く。

 トコトコと歩き近付いてくる。


「ちょっと来るのが遅れた」

「いい加減だなお前」

「ディーの力は理解したようだな」

「全部じゃない。魔法とかアクティブスキルとか試してないものは沢山ある」


「効果は知っているはずだろ?」

「体感するのとは違う。ある意味俺は何も知らないんだ。色々教えて欲しいね」


 インベントリに何か椅子のようなものが無いか探すディーに童の神がニタリと笑う。


「ほれ」


 いつの間にかソファーがあった。

 ディーの知るこのゲーム世界のデザインとは違う。

 革張りの現実世界のソファーだ。ピョンと飛び乗った童がポンポンと隣を叩きディーを誘う。


「随分とシャレてるな」

「お前の趣味に合わせてやった。こっちの方がリラックスできるだろ?」


 黙ってディーが従う。


「さて、まず言っておく事がいくつかある。言うまでも無いと思うが確認だ。この世界にやり直しもリセットも無い。死ねばそこで終わりだ」


 ポリポリと頭を掻きディーが頷く。


「まあそうだろうな」

「ゲームとは異なる仕様がある。異なるというか、お前に合わせて改変した。でなければお前は生きられまい?」


 それもそうだ。

 ゲームと現実は違う。

 人間が飛び込んだなら、いくらか辻褄を合わせなければ成立しないだろう。


「何でもできるのか、アンタは」

「できた、といった方が正しいな。もうゲームはスタートしている。決めた事を覆す事はできない」

「例えばアンタが」

「アンタというのは好ましくないな」


 ディーが頭を掻く。

 

「名前は?」

「無いさ、もちろん。考えてもみろ、お前が知るゲームにこんなキャラクターは居たか?」

「居なかったな」

「新キャラだ。新しく作ったキャラクターに名前を付けるのは得意だろ?」


「得意じゃない。ディーなんて最強データシリーズ四番目のキャラだからDなだけだし」

「そうか、それは私には分からなかった事だ」


「なんでもいいのか」

「お好きに」

「ガキ神様っていうのはどうだ」


 童が鼻白む。

 さも嫌そうにディーを睨みつける。


「最低だな、そのセンス」

「冗談だよ。大体得意じゃないって言っただろ。あー、んじゃプラチナとかは? 髪金色だし」


 すると童の髪色がやや薄い白金色へと変化した。


「お主には女に見えたのじゃな、この姿」

「髪長いしそうだと思ったんだけど」


「なあ、もしかしてもう名前決まっちゃったの?」

「やり直しもリセットも無い、そう言ったはずじゃが」


 じゃあガキ神様なんじゃないの。

 と思ったが言わないでおく。


「言葉使いも変えたのか」

「わらわが変えたのではない。お主のイメージに添うておるだけよ」


 そう言ってケラケラと笑う。

 意図せずキャラメイクしてしまったらしい。


「ではプラチナと呼ぶがよい」

「様付けで?」

「好きにせい」


 そう言うとプラチナはうっとりと目を閉じ、黙り込んだ。両手を膝の下に挟み、少し顎を突き出して何かに浸っている。


 ディーは未だ現実感が薄い。

 この美しい少女とこうしてソファーに腰掛けているこの事態も、そんなものかとしか思えない。


「わらわも初めてじゃ、こうして世界を感じるのは。お主と同じよ」

「……良く分からんけど、俺と同じように画面越しだったみたいな事か」

「お主はなかなかに頭が良いな」


 パチッと目を開けると、プラチナが満足そうにディーを見て微笑む。


「楽しもうぞ、ディーよ。お主はお主なりに、わらわはわらわなりに。好きに生きるが良い。制約は何も無い」

「何も無い?」

「無論終わりはある。お主が死ねばそこまで。ただ、世界がどうなろうと知った事かという事じゃな」


 ニコリと笑う。

 ディーは眉を顰める。


「流石にどうなろうとっていうのはつまんねえよ。荒廃しきった世界なんか面白くも何とも無いだろ」

「では救えば良い」


 ピョンと飛び出したプラチナが両手を広げクルクルと回りだす。


「お主さえ良ければそれで良い。お主が死なぬ限りわらわも不滅じゃ」


 こいつ。

 イカレた神か? 

 何となく気持ち悪いのは神というものは世界を救うものだという思い込みのせいだろうか。


 ディーは腕組みし楽しそうなプラチナを観察していたが、考えても無駄かと溜息をつく。


「なあ、俺が死ねばお前も死ぬんだろ?」

「そうじゃ」

「だったら竜人化のやり方、っていうか何で人化で始まってるんだ?」


 クルン、と回ったプラチナがその勢いのままソファーに飛び乗ってくる。


「ではまずはキャラメイクじゃな」

「はあ?」


 訳が分からない。

 

「ディーだろ、俺は」

「おかしな事を言うのう」


 クスクスと笑う。


「人化は別キャラクター扱いではなかったかの?」


 それはそうだが、ディーはディーだった。

 怪訝な顔が面白かったのかクスクス笑う。

 

「ま、そこはほれ、少しばかり改変しておる」

「だよな。そんな仕様なかったもんな」

「さあ、決めるのじゃ」


 男主人公の設定は二十三歳、黒髪。

 主人公らしく……顔はそこまで詳細に表示されていた訳じゃなかった。公式イラストのイメージがあっただけだ。


「わらわのように、若くした方が良いぞ。歳を取らせることはできぬが若くするのは思いのままじゃ」

「はあ? 年齢まで変えられるのか」

「やり尽くしたシナリオのままで良いのかの?」

「まあ、そうだけど。流石にそこまでガキでプレイしたくねーや」


 ギリギリ十六、七歳か?

 ディーはそう考えるが、時間経過イベントの具合が分からない。恋愛絡みのイベントもある。もし年齢が違えば話が合わなくなるのでは、そういった疑問に突き当たる。


「なあ、時間の概念入ってるよな?」

「うむ」

「何がいつ頃起きるかお前は分かるんだろ?」

「分からぬ。先々何が起こるかガイドしてくれる便利キャラクターなどおったか? お主はそんなぬるいゲームを望んだか?」


 ぐうの音も出ない。

 

「ま、テンプレ通りなら十六くらいが妥当か」

「名前は? 性別は?」

「男に決まってんだろ。画面越しのゲームならともかく今更女になれるかってんだ」


 名前ねえ……。

 ディーでいい気もするんだが。


 チラリとプラチナを見る。

 楽しそうな顔だ。

 たしかに、退屈さからの脱却を望んだのならば名前くらいディーでは無い新たなキャラにしてみた方が楽しめるかもしれない。


 名前か。

 プラチナと名付けたなら俺はシル……。


 ディーが苦笑いする。

 流石に安直にすぎる。


「お主の心、分かったぞ。決まりじゃな」

「おい、待てよ」


 プラチナが微笑むとフワリとディーの体は浮遊したような感覚に包まれた。


「……!」

「誕生したの。なかなか良いぞ」


 視界に映る前髪は銀髪。

 風に靡いている。


「マジかよ……やり直しはできないんだろ」

「その通りじゃ」

「ガキ神様なんて付けた俺が言える義理じゃないけどさ、シルバーは嫌だったなあ」


 髪の色すげえ……とぶつぶつ呟くディーにプラチナがカードを差し出す。


「身分証じゃ。適当に辻褄が合ってるはずじゃ」

「便利だね」


 受け取った身分証に書かれていた名前。


 氏名 クロム・ディー

 性別 男

 年齢 十六歳


「あれ、何これ」

「シルバーは嫌じゃと言うお主の心に浮かんだ名よ」

「ああ、これってそういう……」


 何かを理解したようだ。

 

「髪の色とか顔とかも俺が望んだ姿なのか」

「望んだかどうかは知らぬの。お主が決めたとしか言い様が無い。綺麗な顔ではないか」

「うるせえ。不細工の主人公なんてクソゲーポイント高すぎだろ」


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