第2話ゲームスタート! 1



 FIN



 もう何度見ただろうか。

 何の面白味もないこの画面。


「あー、つまらん」


 ゴロリと横になる。


 強さを持ち越す強くてニューゲーム。

 それももうやり飽きてしまった。


 最強のデータ。

 最高のチャートで作ったデータ。


 極めてしまえばそこで終わり。後は”はい”か”いいえ”を選ぶだけのようなもんだ。


 ――夢中になったこのゲームも、もう積みゲー行きかな……。


 襲ってくるまどろみの中、ついウトウトする。




 

(飽きたのか?)


 ん、何だ?


(もうやらないのか)


 このゲーム? 流石にもう飽きたな。


(どんなゲームならいいんだ?)


 そうだなあ。例えば…………。






「キザキさーん、キザキさーん」


 あ、やべ……。つい寝ちまった。

 宅配便か。


 ガチャリ。


「これ、契約書にサインお願いします」


 ああ、はいはい。契約書?

 あれ、ここ部屋の中だぞ。

 えっと、何々。

 あ、さっき言ってたゲーム。


 何だまだ夢の続きか……。





(自由なシナリオか)


 選択肢に縛られないフリーシナリオな。


(最強データでか)


 俺はそういうのが好みなんだ。


(お前自身がプレイヤーになりたいんだな)


 そう、それができるなら最高だろ? こうしたりああしたり。ま、ある程度リアルさは欲しいかな。


()

()

()


 なら、叶えてみせてくれよ……。


 ほら、サインしてやったぞ。




「では始めるぞ」

「よし来い」

「お前の望む、強くてニューゲームだ」





==============================




「よう、姉ちゃん」

「や、やめてください!」


「大変だ、家宝の壷が盗まれちまった!」

「きっとアイツだ、盗賊バルコの仕業だ」


「なんでも北の方の洞窟に怪しい集団が出入りしてるって噂だぞ」

「ああ、変な声が聞こえるってな」



 町の各所で住人が揉め事を起こしたり、意味深な会話を交わしたりしている。


「おばちゃん、それ美味そうだね」

「美味いに決まってるさね」


 ディーは全てを無視し、屋台の匂いを嗅ぐ。

 それもそうだ。

 彼にとってあんなものは初期の初期のしょうもないイベントでしか無い。そんな事より重大な事が目の前にゴロゴロ転がっている。


 目下の最優先事項、それは例えば串料理の味だったりする。


「うーん……想像通りの味」

「は?」

「おばちゃん想像通りこれ美味いねえ!」

「だろ?」


 ニカッと笑ったおばちゃんに手を振りディーはそそくさとその場を離れる。


(……豚肉に塩コショウふっただけの味。料理はどこもオーソドックス、か)


 別に不満がある訳でもない。

 奇天烈な味で閉口するよりなんぼかマシというものだ。スリムになった竹串(これまた意外性のカケラも無い)を指先で挟んでぶらぶらと歩く。


 ポントというゲーム内ではメジャーな家畜の肉だが、味や食感は豚そのもの。豚は豚で存在するがそこは特に違いにこだわって作られてはいないようだ。


 



 彼は今、「ディー」と名付けたゲームのキャラクターになって、それまで画面越しに視覚と聴覚でしか感じ取れなかった世界を実体験している。


 育て上げた最強キャラクター。

 自分自身が今、そうなのだ。


 この世界に降り立ってからそれ程経ってはいないが、彼は今ゲーム世界を肌で実感している。


(さてどうしようか)


 通りのベンチに腰掛け口にくわえた串を揺らす。

 せっかく自由を与えられたのだ。ゲームのように筋書き通り進めるつもりは今の所あまり無い。



 ここはいわゆる最初の町というやつだ。


 彼の膨大なゲーム知識からすれば、誰に会い何をすれば何が起き、何処へ行って……というストーリーは派生イベントも含め全て網羅されているので、実際にこの世界に飛び込んだ身としてはそれを確かめて回るのもまあ悪い選択肢では無い。


 しかしだ。

 急ぐ必要も無いし確かめる事も多い。

 シナリオなど二の次だ。


 とりあえずぶらぶらした事で満足した。

 脳内に”インベントリ”というアイコンがあり、そこからディーの所持するアイテムも金も自由に引き出せる。手品のように出現する不思議な力。


 思わずニヤニヤしてしまうが、実を言うとそうも言っていられない。口元を引き締める。


 やはり最初は強さの確認だろう。そう考えた。

 何より大事なのはどう考えたってそこ。


 しかし既に問題を見つけている。

 袖をまくる。

 初期装備である<普通の服>。


 ベシン、と平手で腕を叩く。

 痛い。

 痛いのだ。


 ディーはゲーム中最強の種族である<竜人種>。


 高いレベルとステータス条件をクリアし、尚且つ特殊なイベントを全てこなした上で更に入手困難な転生専用アイテムを全て集めてやっとなれる特殊クラスでもある。


 自らのステータスが攻防共に極めて高い数値で拮抗しているにしても、こんな力も込めていない平手で痛いというのはおかしい。


 いやおかしくないのかもしれないけど困る。平手で痛いならまともに戦闘などできそうにない。


 先程の竹串を口から抜き取り指でつまむ。

 徐々に力を込めていくが……変化は無い。


 一応ある想定は立っている。

 

 現在の自分は弱体化コマンドである<人化>を使用した状態にある、という事だ。


 <人化>コマンドにも意味はある。


 竜人種まで極めたプレイヤーへのある種のボーナス。やる事が無くなってつまんないでしょ、こっちで遊んでね、というサービス。人化状態中は別の新規キャラクターという扱い。


 つまり人化状態で育成すれば、竜人化状態のキャラとの二刀流で戦えるというボーナスである。

 戦闘中のみのコマンドなのだが。



 それはいい。

 全然構わない。

 問題は、だ。


 竜人化コマンドがどこにも見当たらない。

 脳内にはインベントリの項目しかない。

 ゲームであればその横にいくつかのタブが並んでおり、ステータスやスキルや魔法の欄が並んでいるはずなのに。


(どうなってんだ……?)


 これでは話が違う。

 まさかとは思うが普通のニューゲームになっているのでは――。


 しかしインベントリは間違いなくディーのもの。




「きゃああっ!」


 スキルや魔法関連に思いを馳せていると、今しがた通り過ぎてきた方角から悲鳴が聞こえた。

 屋台の向こう、多分あれはスルーしたやつ。


 思い切りダッシュでそちらへ向かう。

 まるっきり普通の速度しか出ない。

 考えてみればゲームでは移動速度は人外という訳でもなんでも無かったのだからそりゃそうだ、と思うと同時に少し落胆もする。


「おい、誰か助けてやれよ」

「え、でも……」


 路地裏を覗き込む数人の野次馬の会話。

 その間を抜けやや薄暗いその場所を覗き込む。

 羽交い絞めにされた若い女とガラの悪い男達、うずくまる若者。


「なんだおい、見せモンじゃねえぞ!」


 ひっ、と後ろの野次馬が散っていくのを感じるが、ディーは眉を顰めたまま動かない。


「あ? てめえ知り合いか?」


 一人の無法者がディーにすごむ。

 しまったな、とまだ色々確かめきれていない状態で迂闊にも危険に飛び込んだ事を後悔する。


 しかし考えようによっては良い機会だ。

 こいつらは雑魚。ただのチンピラ。

 この若い女イベントで戦うチュートリアル的存在であり、もし自分が竜人ディーならダメージを負う事は考えにくい。


 人化状態でも命までは取られないだろう。

 それに展開的にも……。


「知り合いじゃないけど」

「なんだよ、じゃあさっさと消えた方が身の為だぜ」

「まあ……」


 台詞がゲームとは違う。

 一応モブが聞いた事の無い会話をしている事で予想はできていたのだけれど。


 決まった言葉を繰り返すロボットで会話が成立しない世界なんかより全然大歓迎である。


 またいくつか確認が取れた。

 日常生活は味気ないゲームより楽しそうだ。

 そしてこの展開、知っている。

 いや正確には知っている展開とは異なるが、若い女イベントで敗北または逃走した際起きる救済イベントだろう。


 あのうずくまっている男が乱入してきて女をかっさらい、それをならず者達が追いかけてどこかへ行くという展開だったはずだ。


「おいお前――」

「逃げるんだ!」


 やはり。

 ならず者達の視線がディーに集中している隙をつき、うずくまっていた男が若い女の手を掴んで猛然と走り去っていく。


「待ちやがれ!」


 二人がそれを追いかける。

 てめえの面は覚えたぞ! という捨て台詞と共にディーに凄んでいた男も反転し駆け去って行く。


 なるほどこれは厄介だ、と空を睨む。

 敗北も逃走もしていない、どころか話しかけてもいないのに失敗時のイベントが起きていた。


 つまり時間経過によるイベント進行。

 どうやらこの世界はゲームと違い、リアルタイムで勝手に物事が進んでしまうらしい。


 とすると――。



 この先各地で何がどう進んでいくか、放っておいたらこの世界がどうなってしまうか。


 時間進行を計算に入れるのはひどく難しい。

 何しろディーは極めプレイヤーだ。

 メインストーリーそっちのけで狩りやアイテム収集など寄り道をしまくるのが当たり前であり、最短攻略プレイもやるにはやったがつまらなかったので一回きりでやめている。


 その記憶ですら時間経過がどうというのははっきり答えが出せない。何しろ昼夜以外時間経過の概念が無かったから。


 先程の男がうずくまるシーンも無かった。

 一切介入しなければまるっきり知らない展開で話が進んでいくかもしれないのだ。


(自由なシナリオとは言っていたけど……)


 ディーの知る限りバッドエンディングはいくつかしか無い。マルチエンディングではあったが、それ程数があったとは言えない。


 悠々自適のスローライフを楽しんで周囲の事を放っておくのもそれはそれで楽しそうだが、時限イベントで失敗扱いになるとすればやばそうなのもいくつか思い当たる。


「うーーーーむ」


 考えても答えは出ない。

 と、どこかで聞いたような声が聞こえた。


 ――森へ来い。


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