いざ行かんR.P.G世界! 最強データでニューゲーム
灰野 降
第1話チュートリアルバトル
チュートリアルバトルは宇宙空間のような奇妙な背景をしている。
方眼紙のような緑の罫線で描かれたサイバーな大地が黒い空間に広がっている。
「確認、と」
コマンドを選ぶと一瞬の暗転の後、少年の姿はそこにあった。
相手は「魔獣ベヒモス」。
律儀にそこで待っていたのか、急に呼び出されて怒っているのか。
引き絞るように体を撓(たわ)めると、「ゴアアアアッ!」と鋭い牙の生えた口を開き、凄まじい音量の咆哮を上げて少年を威嚇する。
少年が感じたのはビリビリと震える、全身を砕かれるような衝撃。どぎつい不意討ち。
キィィーン……。
耳が馬鹿になった。
吐き気がする。
ゲームにこんな先制仕様ないだろ、と悪態を吐く。クラクラして視界がまともに見えない。
小山のような巨体に絡みつく凶悪な顔にそぐわない純白の毛を靡かせながら、ベヒモスはいきなり行動不能に陥った少年に凄まじい速度で突っ込む。
地響きでそれを感じた少年はすぐにウィンドウを開く。別に最初は一撃貰って体感しても構わないが、やるまでもないだろう。絶対アウトだ。
視界が暗くなっていく。
意識がブラックアウトしかける。
――選ぶ。
魔獣が最初何を考えたかは分からない。
突進で跳ね飛ばそうとしたのかもしれないし、そのまま噛み砕いてしまおうとしたのかもしれない。
ただベヒモスは衝突する寸前、動きを変えた。
象よりも太い、虎のような凶暴さを感じさせる前足を使ってブレーキをかけると、その勢いを乗せ、両後ろ足で立ち上がり片方の前足を振り上げる。
赤黒い筋肉質の肌に純白の毛。
そこから伸びる鋼鉄のような質量を持つ爪。
超重量のギロチン。
己の咆哮だけで風前の灯になるようなちっぽけな存在と侮っていたベヒモスだったが、衝突の寸前に動きを変えたのは判断を間違えたとすぐに悟ったがゆえ。
わずかな違和感。
意外にも知能の高い魔獣なのだ、ベヒモスは。
ただ狩るべき相手が来たと思い突っ込んだが、寸前で何かの気配を感じ、より強力で破壊力の高い爪攻撃へ転じた。
切り裂く。
もしくは叩き潰す。
そういう思惑を裏切り、矮小な存在は意外な感触を持ってベヒモスの破壊の力を全て受け止める。
ガンッ、とかゴン、とか。
パシッ、だったかもしれない。
とにかくベヒモスはやはり己の勘は正しかったとすぐに悟り、飛び退る。
巨体にそぐわぬ跳躍は全身の筋繊維がどれだけ並外れているかの証。
そんな存在が警戒していた。
口元に微かな笑みを浮かべ、片手だけで己の全体重と自慢の爪を受け止めた人間の姿を。
こちらを値踏みするかのような目を。
縦に割れた金色の瞳。
人間ではない。
人型の何か。
ベヒモスは再び咆哮する。
(こういう感覚なのか。これが……)
竜人への変化。ザワザワと頭髪が疼き、何かに侵食されていくような感覚。
力が漲るのは一瞬だった。
五感が一瞬でクリアになり、ベヒモスが今まさにその凶暴な爪を振るわんとしている事を認識した。
目の前に見上げんばかりの凶暴な力の塊が居る。知りうるどんな肉食獣とも比べ物にならない。
しかし危機感は感じない。
別にどうという事もない、と思っただけだ。
掃除中にウトウトしてハッと目が覚めたら、箒が自分に向かって倒れてきていた、そんな程度の感覚でしかなかった。
受け止めた左手を見る。
傷も何もない。受け止めた感触が残るだけ。
ステータスを確認する。
紛れも無く見知ったディーのステータスだったが、HPだけが大幅に減少している。
その数値がゲームで持続回復魔法を掛けた時のように高速で増加していく。
(<超高速再生(イモータル)>も働いている)
ディーのパッシブスキルの一つである<超高速再生(イモータル)>は、竜人種固有のスキルだ。
回復魔法を必要としなかったのは、高いステータスとこの壊れスキルの存在に拠る所が大きい。プレイヤーキャラクターという枠組みからは完全に逸脱していた。
(竜人化する前のHP割合と連動しているのか)
最初に減っていたHP。
ベヒモスの一撃ではないとすると多分そうなのだろう。ゲーマーの勘で理解する。
攻撃スキル、魔法。
どんなエフェクトと実感をもたらしてくれるのか。
装備品、アイテム。
ウィンドウに表示される数だけ楽しみがある。
「最初の相手にお前を選んだのはお前が強いからだよ。睨まないでくれ」
ベヒモスが四肢を擬似空間の大地に突き立て、低く長く唸りを上げている。
額から生えた見事な角が震え、固有攻撃の予備動作である事をディーに伝えてくる。
(ゲームでは無防備の直撃というのはどう処理されていたんだ?)
空間を越えてベヒモスから力の波動が伝わってくる。巨大な顎がガパリと開く。
確かめる事は多い。
ひとまず綺麗に受け止めよう。
そう決めると、歓迎するように全身の力を抜きリラックスした。
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