第5話 - 間に合え!入学式!⑤

「まぁ、いいわ。そろそろ、次の策を考えましょう」


 お互いの経緯を共有したところで、芙蓉がそう切り出した。

 

「残念ながら、私達は、都合のいい切り札みたいなものは持っていないわ。でも、いつまでも籠城してるわけにもいかない。どうにかして、キサラと嘉門を切り抜けないと」

「うん、そのとおりだね、芙蓉ちゃん」


 そこで、私はふと思ったことを口にした。


「そういえば、なんで二人はここに突入してこないんだろう。嘉門くんの力なら、無理矢理扉を壊して侵入できるはずなのに」


 扉でなくても、その辺の窓とからなら、さらに簡単だろう。こんなにも古い館なんか、嵐でもくればすぐにでもバラバラになってしまいそうな始末なのだ。

 芙蓉は、わかりきってるでしょ、なんて顔をしながら、そんな疑問に即答する。


「『揚羽荘』は御舟の建物だから。乱暴に損壊させてもいいのか、って悩んでるんでしょ。小心者らしい逡巡ね」

「……アゲハソウ?」


 私のきょとんとした言葉に、芙蓉はさらに、はぁーっとため息を吐く。


「貴女はレンズ持ってるんでしょう? 地図アプリを立ち上げなさい」


 言われたとおり、レンズ内のポップアップに触れ、地図アプリを起動した。

 瞬時に視界いっぱいに半透明の、幾つかの罫線で区切られたマス目が表示される。


『位置情報更新。【4-8】寄宿舎エリアです』

「寄宿舎……?」


 そのまま、現在地として白光している、【4-8】区画内の建物のアイコンを軽く触れた。

 そしてスムーズに立体映像が出現する。デジタルデータに置き換えられたその建物の外観は、まさしく私達が藁をもすがる思いでたどり着いた、この館だった。

 名を示すように、引かれた注釈には『揚羽荘』とある。


「おぉ~! すごいハイテク! なるほど、この館内マップから、医務室があるってわかったんだね」

「地図すら開いていなかったなんて、心底驚きだわ」


 呆れたように、でも丁寧に伝えてくれる芙蓉。

 私は溢れ出る好奇心を抑えられずに、地図アプリを夢中でいじった。


「なるほど……9×9の区画で区切られてるのか。噴水が真ん中にあったから【5-9】なんだね。あれっ、もしかして、この地図を隅々まで見れば入学式の場所わかるんじゃ……!?」

「残念だけど、そんなに甘くないわ。御舟は、訪ねた区画の情報しか更新されないようになっているから、行ってもないエリアの情報は非公開になっているの」


 確かに、よくよく見ると、マップのほとんどは空白で、なんの情報も表示されていない。ううん、と私は唸った。

 それでも、コウくんはこれを見て、なにか答えを掴んだ。彼らのマップの更新状況も、私と変わらないくらいだろう。なのに、しばらく眺めるだけで、秘された情報を知りえたのだ。それも、今は「諸事情」でわからなくなっているという。

 あまりにも謎が多い。

 時刻を確認すると、10:54と表示されていた。式まであと一時間ちょっと。ここからは、間違いは許されず、的確な行動が求められる。

 ここまでの情報をまとめると。


①入学式の場所を特定する。

②キサラ、嘉門の追撃を突破する。

③宗介くんの無事を確認する。


 以上が達成すべきミッションとなる。③に関しては、どの道私達がここを抜けられなければ、どうしようもない問題で、彼の無事を信じるしか無い。

 ①については、私なんかがどれだけ考え込んでも無駄なような気がする。だから、優先すべきは②ということになるが――。

 そこで、ふと疑問に思ったことを口に出した。


「そういえば、あの二人はどうして、芙蓉ちゃんたちを追っているのかな? そんな喧嘩なんて、してる場合じゃないと思うんだけど」

「……推測、だけど。そういう指示が下っているのだと思う」


 芙蓉は、とても苦々しい表情で、そう言った。


「指示?」

「私達に話しかけてきたとき、『黒薔薇の会』がどうこう、なんて言っていたわ。そして、たくさんポイントを稼がないと、と宣言してから、私達に攻撃を加えた。おそらく、入学前から、上級生が管轄するサークルのようなものに入会できるよう話をつけていたのでしょう」


 淡々と、そんな推察を披露する。


「聞いたことはあるわ。入学前でも、一定のルートを通じれば、大きな団体に所属することができるって。きっと彼女はそこに入っていて、上級生から『できるだけライバルを蹴落としてこい』なんて指令を下されたのよ。そこで、入学式の場所にあたりをつけた、私達を真っ先に蹴落とそうと考えた」

「ひ、ひぇぇ。そんな殺伐とした先輩がいるんだ……」

「ここを何処だと思ってるのよ」


 彼女は髪をかきあげて、思考を進める。


「本当にそのとおりで、『黒薔薇の会』のふざけた仲間たちをここに集められたら、いよいよ窮地ね」

「……なるほど」


 いや。もう既に追い詰められている。確実な手なんて無く、詰んでしまっている状況だ。

 やるならば、もはや、無茶を通すしか無い。

 道は、一つしか残っていないんだ


「うん。わかったよ。やっぱり、あの二人を倒さなきゃいけないみたいだね」

「……貴女、バカなの?」


 きっぱりと言った私に、芙蓉はうんざりと返した。

 だけど、それ以上責めるような言葉は紡がれなかった。

 なにか諦めたような――そして、同時に期待をしてくれているような、くすぐったいような目で私を見つめていた。

 促されるように、私は話を続ける。


「そのためには、此処じゃ駄目だ。別の場所へ誘き寄せないと。そう……そうだ。噴水にまで、戻ればきっと……!」


 それは会話ではなかった。ぶつぶつと呟きながら、思考を整理していく。

 おもむろに立ち上がり、役に立ちそうなものがないかを見て回る。

 医務室の棚には、様々な薬品が並んでいるが、有効に使えそうなものがあるかはわかならない。……と、その棚の横に、なにか小ぶりなプラスチックの箱が置いてあるのが見えた。中を見ると、銀色の粒がぎっしりと詰まっている。


「消臭剤……?」


 そして、更に探索を続けていると、棚の中に突っ込まれたゴム手袋の束を見つけた。


「芙蓉ちゃん、調べてほしいことがあるんだけど」


 今集めた情報を元に、理論を組み立てていく。

 芙蓉の協力もあって、それは具体的な形に像を結んできた。


 鍵は、キサラの本質。芙蓉が見抜いた「小心者」という属性。


 それを突くのは一度だけ。

 やることが決まれば、あとは勇気と気合だけがあればいいが、その二つだけは、唯一私達が持っているものだった。

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