第32話 僕らがバイクに乗らない理由

高3の夏のことだった。


明夫は所謂パシリキャラで、いつも皆からコーヒーやジュースを頼まれていたが、3つ以上のオーダーになると、全然違うフルーツミックスやヨーグルトやジョアを買ってきてしまうような天然ボケで皆をいつも笑わせていた。


夏休みに入ってすぐのある日、クラスの八巻から電話があった。


「明夫が死んだ。バイクの事故らしい。」


葬儀にはクラスの全員が駆けつけた。

交差点でトラックと正面衝突したと聞いた。


ご家族の御厚意で、お棺の中の明夫と最後の対面をした。


そして、凍りついた。


明夫の顔は、右半分がなかった。


詰め物と包帯でそれらしく形をつくってあるものの、右半分がない事は誰の目にも明らかだった。

明夫はトラックとぶつかり、そのまま引き摺られたらしい。

アスファルトは大根おろしのように明夫の頭の右半分を摺りおろした。


対面が済んだあと、海のそばの松林の中にある火葬場へ行った。


明夫が焼けるのを待つ間、僕たちは防砂林を抜けて海岸から続く砂丘の上に登った。


抜けるような雲ひとつない青空だった。


どこまでも続く白い砂丘はゆったりとカーブを描き、突端に小さく銚子の灯台が見えた。


左側には太平洋が広がり、海の青と空の青が遥か遠くで繋がっていた。


右側には、松林の濃い緑が地平線まで広がり、焼き場の煙突だけがぽつんとグレーに突き出していた。


そしてその煙突から、明夫を焼く煙が薄く立ち上り、すぐに海からの風で四方へかき消されていた。


そうして僕らは明夫が焼けるのを待ち、暇をもてあました何人かは、靴を脱いで海に入り、遠浅の海岸で波と戯れていた。


やがて明夫は焼け上がり、ご家族の御厚意で、骨を拾わせてもらうことが出来た。


まるで奇術のようだった。

いつもおどけて、皆を笑わせていた明夫は、青白い無機物になってそこに、あった。

足の付け根の丸い間接の骨を、友人とふたりで慎重に拾った。


帰り際に、事故現場を通り、交差点に花と缶ジュースとタバコを置いた。

交差点の手前で、彼女を下ろし、曲がった所でトラックとぶつかったらしい。


僕らが交差点を離れると、雲ひとつ無かった青空は一転し、みるみるうちに真っ黒な雲に覆われ、バラバラと滝のように激しい雨が降り出した。

それはまるで明夫がさめざめと泣いているようだった。


こうして僕らは決してバイクに乗らなくなった。

それは明夫との約束だと、僕らは思っている。


そしてあの日の抜けるような青空を僕は今でも鮮明に覚えている。


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