第30話 火星が出てゐる 

火星が出てゐる      高村光太郎



 要するにどうすればいいか、といふ問(とい)は、

  折角(せっかく)たどつた思索の道を初(はじめ)にかへす。


  要するにどうでもいいのか。

  否(いな)、否、無限大に否。


  待つがいい、さうして第一の力を以て、

  そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。


  予約された結果を思ふのは卑(いや)しい。

  正しい原因に生きる事、

  それのみが浄(きよ)い。


  お前の心を更(さら)にゆすぶり返す為には、

  もう一度頭を高くあげて、

  この寝静まつた暗い駒込台の真上に光る

  あの大きな、まつかな星を見るがいい。



  火星が出てゐる。



  木枯(こがらし)が皀角子(さいかち)の実をからから鳴らす。


  犬がさかつて狂奔(きょうほん)する。


  落葉をふんで

  藪(やぶ)を出れば

  崖(がけ)。



  火星が出てゐる。



  おれは知らない、

  人間が何をせねばならないかを。


  おれは知らない、

  人間が何を得ようとすべきかを。


  おれは思ふ、

  人間が天然の一片であり得る事を。


  おれは感ずる、

  人間が無に等しい故(ゆえ)に大である事を。


  ああ、おれは身ぶるひする、

  無に等しい事のたのもしさよ。


  無をさへ滅した

  必然の瀰漫(びまん)よ。



  火星が出てゐる。



  天がうしろに廻転(かいてん)する。


  無数の遠い世界が登つて来る。


  おれはもう昔の詩人のやうに、

  天使のまたたきをその中に見ない。


  おれはただ聞く、

  深いエエテルの波のやうなものを。


  さうしてただ、

  世界が止め度なく美しい。


  見知らぬものだらけな無気味な美が

  ひしひしとおれに迫る。




  火星が出てゐる。





****超カンタンな解説*****************************


じゃぁ要するにどうすりゃいいんだーーー

いままでずっと考えてきたけど

これじゃまるで堂々めぐりの無限ループだあーー


じゃ、ようは「どうでもいいってこと」なのか?

いや、いや、ぜっっったいそんなことない!!


待つんだ。だってもがいたってしょうがないじゃん。

悩むのは、自分が弱い証拠だ。

人間は自然の一部なんだよ。

いくら悩んだって自然にはかなわない。


自分の未来を予約しておくように考えるのっていやらしくない?

まずはじめに何がしたいか?でしょ。結果はあとからついてくる。


つまらないことで悩んで勝手にぐしゃぐしゃになったその頭を

もう一度リセットするには

頭を高くあげて

この夜中の駒込台の真上に光る

あのまっかな大きな星を見るんだよ!


火星が出ている。


人間が何をしなきゃいけないかなんてオレは知らない


人間が何を得ようとすべきかなんてオレにはわかんない


そんなことより、人間って自然の一部なんだってオレ思う


自然から見たら人間なんて無に等しい存在。

でもだからこそ、人間ってすごいんだよ。


そう考えたら、ゾクゾクするほど頼もしいよ。

だって、悩んでることなんてハナクソみたいなもんなんだぜ。


この世は必然で溢れかえっていると思わない?

悩んでることがアホみたいだ。


火星が出ている。


もう随分眺めてるから、時間が経って、星座が後ろに動いちゃったよ


そうして、次から次へと新しい星が昇ってきた。


オレはもう昔の詩人みたいに、星を見て天使なんて想像しないよ

だって星は自然じゃん。


ただ感じるんだ。こうやって星を見てると人間も自然の一部なんだなって。


そう考えると、この世界ってとめどなく美しく思える。


オレなんかの計り知れないところですべては動いてるんだ。

計り知れないけど、ただそれはすべて自然の調和であって、とても美しい。

そんな美を、オレはひしひしと感じるよ。


火星がでている。

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