第9話 ドS男の潤んだ目

今日は向かいの席のSさんの最後の日でした。


終業5分前、総括担当の人が皆に声をかけ、オフィスの中央でSさんから挨拶がありました。


暖めていたと思われるギャグを披露し、笑いをとりつつ謝辞を述べるその挨拶に、いつまでもいつまでも拍手が鳴り止みませんでした。


100人ぐらいいるオフィスの各所にその後挨拶に廻るSさん。うちの担当は自担当なので一番最後です。


30分ほどのち、ようやく戻ってきたSさんに、帰り支度を終えた僕が


「Sさん、もう帰りますよ。お別れのハグとかしなくていいんですか?」


と聞くと、ドS男のSさんは得意の毒舌で返しつつも、手を差し出してきました。


堅く握り返すとドS男のSさんは、目を潤ませ、涙をこぼさないよう上を向きました。


「何泣いてんすか。ほら、ハンカチ貸しますよ。」


と言うと、


「オレの涙はそんなに安くないから!」




そういって別れました。



沢田研二をデュエットすることは、もう二度とないでしょう。

彼の今後の幸せをただただ祈るばかりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る