第7話 泣かせてしまった
夕方、終業時間近くにタバコを吸いに喫煙ルームへ行く。
真っ赤な綺麗な夕日が、向かいのビルに映っていた。
タバコ部屋には僕ひとり。
と、そこへKさんが入ってきた。
「あ。○○さんだ。」
自販機で無料のお茶を紙コップに落とすKさん。
「綺麗な夕日ですよ。」
というと、お茶のコップを持って隣に座った。
沈む夕日をふたりで眺めた。
話をしに、タバコの箱を持った僕の後を追ってきたことはわかっていた。
Kさんはタバコは苦手だし、以前一緒に働いていた時も、一度もこの部屋に入るKさんの姿を見たことはない。
夕日がだいたい沈んだ頃に聞いた。
「少し居心地が悪いんですか?」
Kさんが10/1から来てまだ3日だが、Kさんの異変に僕は気付いていた。
笑顔が曇っているのである。
「せっかく呼び戻してもらったのに、こんな事は言いたくないと思ってたんですけど・・・」
と前置きしてKさんは話し始めた。
「なんだか、神奈川の支店にいる時のほうが、人が暖かかったっていうか、別に、今の人達が嫌いって訳じゃないんですけど・・・」
Kさんの目にだんだんと涙がたまってゆき、それがポロポロとこぼれ始め、話をするうちに止まらなくなっていった。
「今の雰囲気は、なんだか冷たく感じちゃって・・・神奈川であんなにいい人達に囲まれてたのに、なんで出てきちゃったんだろうって・・・そんな感じがするんです。」
「なんでだろ、あたし3年もファイナンスにいたのに、周りの人達もみんな知ってる人ばっかりなのに・・・どうしてこんな風に感じちゃうんだろ。」
「支店に出ちゃうとそう思いますよね。支店は暖かいですから。本社は、支店と比べちゃうと、どうしたって冷たいです。でもね、みんなKさんが戻って来てくれてすごく嬉しいと思ってるんですよ。」
そう言うとさらに泣いてしまった。
「みんないい人ばかりなのにね。あたしのワガママだよね。・・・どうしてこんな風に感じちゃうんだろ。」
Kさんが戻って来てくれて、本当にみんな喜んでいる。でも、Kさんの笑顔が曇っていることも事実だ。
「来てから、少し無理してテンション上げてるでしょ。そういうの、あまり良くないですよ。疲れちゃいます。 自然体で無理しないでくださいね。」
そういうとさらに泣いてしまい、僕は彼女が泣きやむまで少し待った。
火をつけた直後だったタバコは、一口も吸わないまま、燃え尽きて灰皿に落ちた。
しばらくして泣き止んだKさんは、
「辛くなったら、○○さんをタバコ部屋に呼び出します。今日の事は内緒にしておいてくださいね。」
と言って無理に笑顔を作った。
彼女のそんな哀しい笑顔を見るのは初めてだった。
タバコ部屋を後にし、オフィスへ戻る。残りの時間、彼女は努めて明るく振舞っていた。
6時を回り、ペットボトルを捨てに廊下に出ると帰るKさんとばったり会った。
「お疲れ様」
優しく声をかけると
「来週もがんばりますっ!お疲れ様でした!」
と元気な声で返ってきた。
リサイクルボックスにペットを捨てながら思う。 ああ。また泣かせちゃったな と。
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