◇王が死んでも、神が滅んでも、

「レン、さっきはありがとうございました」

「んー? なんのことだ?」


 客室に通されると、少女は丁寧にお辞儀をして友人に礼を言った。


「女王陛下に問いかけられた時、なんと答えていいのかわからなくて困っていましたから……レンが庇ってくれて本当に助かりました」

「ははっ! まさか下ネタ言って感謝される日が来るとはな」

「そっそれについては、その……もうっ変なこと言わないでください!」


 友人は顔を真っ赤にして抗議する彼女をからかうのが楽しいようだ。


「で? 実際あの石碑から何か感じたのか?」

「そ、それは……」

「レン、フィーネが喋りたくないことは無理やり聞き出さないって」

「困るフィーネを黙って見てたトウマくんには言われたかねーなぁ?」


 痛いところを突かれて少年は言葉に詰まる。少女はそんな様子を見ながら困った顔で。


「いえその、違うんです。言えないことでは決してなくて。実は私、あの石碑を見ても何一つピンと来なかったんです。でも陛下は、当然神の血の力が呼び起こされるふうに仰っていましたから、ちょっと言いづらくて……」


 居住区へ訪れた夜に言ったように、もしかしたら私はクラルテ人では、人間ではないのでしょうか、と不安げに目を伏せる。そんな少女を友人は元気付けるように笑い飛ばした。


「ははっ、なんだそんなことかよ! ピンと来なかったのはまだ記憶が戻ってないからとか、たぶんそんな理由だろ? 気にすんなって!」

「……でも、」

「例え人間じゃなかったとしても、フィーネは俺たちの友だちだろ? な、トウマ!」

「そうだね。フィーネが何者だろうときみは僕たちの友だちだ」

「! ……ともだち……」


 少女は独りではないと言われたような気がして。その響きに少女はなんだかくすぐったい気持ちになった。


「てかさー! 客室にナチュラルにベッド二つしかないの笑えてくるな!」

「え、あれっ? もしかして私、部屋間違ってます?」

「いや、あの女王のことだ。人間じゃないサンサル人は床で寝ろって意味だろ。大層なおもてなしなことで」

「レン……」


 自虐的な物言いが痛々しくて、少女は何と言葉をかけていいのかわからず、ただ彼の名前を呼ぶことしかできない。


「なんだフィーネ、もしかして心配してくれてんのか?」

「当たり前です! レンは私の大切な、その、お友だち……ですもの。でも、こんな時どうすればいいのかわからなくて……」


 女王様に抗議してみましょうか、と少女が言いかけたその時、友人は彼女を抱きしめ一緒のベッドに倒れ込んだ。


「っ⁉ レ、レン……っ」

「フィーネはいい子だなぁほんと。クラルテ人にしておくには勿体ないくらいだ」

「そ、それはどういう……」


 意味深な発言も、彼の匂いや体温に掻き乱されて深く考えることができない。混乱する彼女を友人はさらに強く抱き寄せた。


「っん、……レン……っ」

「なぁフィーネ、今日一緒に寝ようぜ」

「へっ⁉」

「女王に抗議なんてしたってなんも変わんねーよ。床で寝る俺を憐れに思うなら今夜は一緒のベッドで──ってトウマ?」


 甘ったるい囁き声から一変、こっそりと部屋を出ていこうとする少年に友人はいつもの明るい口調で声をかけた。


「なんだ、どっか出かけるのか? だったら俺にも声かけろよ」

「べっ別に行きたいとこがあるわけじゃないんだけど、その……ここにいたらお邪魔かなーって……」

「はははっ! なんでだよ、ンなこと気にしねーって!」

「僕が気にするんだってば……」


 二人のやり取りに居た堪れない気持ちになった少年の目は泳いでいる。その様子を見た友人は微かに笑って「ちょっと二人で話そうぜ」と。


「僕と? ……フィーネじゃなくて?」

「ああ、ちょっとお前に聞きたいことがあってな。フィーネ悪い、ちょっと出てくる。添い寝は後でな」


友人は華麗にウインクすると、少女一人を残して部屋をあとにした。

 

 

          §

          


「……フィーネのこと置いてきてよかったの?」

「そんな妬くなって! 悪かったよお前のこと放ったらかしにして」

「妬いてない」


 ひとけのない廊下。少年と友人、二人の声だけが響いている。


「というか、からかってたでしょフィーネのこと」

「さぁ、どうだろうな〜?」

「……レン?」

「悪い悪い! くくく……っ」


 飄々としていて掴みどころがない。わかりやすいようで誰よりも本心が読めない。幼い頃から見知っているが、少年は彼に対してそんな印象を抱いていた。


「で、聞きたいことって何?」

「ああ、それな……実はずっと考えてたことがあって──」


 友人の表情はいつになく真剣になる。ただならぬ雰囲気に少年は息を飲んだ。


「──フィーネってさ、」

「う、うん」

「案外、胸デカくね⁉」

「……へっ?」


 シリアスな雰囲気にそぐわない気の抜けた発言に少年は思わず素っ頓狂な声を上げた。

──真剣な顔で何を言っているんだ……!


「いやさ、出会った時からいい身体してんなって思ってたわけだよ俺は。で、今日抱きしめてみたらすげー当たんの! 胸が! あれは興奮したね、あんな大人しそうな見た目で、なんて言うんだ? ギャップ?」

「いやいやいや! 何の話してるのさ!」

「フィーネが意外とエロい身体してるって話! なぁ、トウマはどう思ってる?」

「ど、どうも思ってないよ! フィーネをそういう目で見たことないし。というか聞きたいことってそれ⁉」

「そういう目で見ちゃうだろ、俺たちお年頃の男の子だぜ? むしろ興味持たない方が不健全だろ! トウマがどう思ってるかずっと聞きたくてさ〜」


 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、へらへらと笑う友人。身構えて損した、と小さく呟く少年の頬は熱い。


「くっだらない! 改まって何の話かと思えば……」

「くくっ、トウマくんは初心だねぇ。顔真っ赤だぞ?」

「う、うるさいな……! この話はおしまい! フィーネが心配だしもう部屋に戻るよ」

「はいはい……そうだ、せっかくだしもう一つ聞いてもいいか?」


 少年は「何、また変な話?」と冷ややかな視線を向ける。それに対して友人は極めて明るい調子で「ああ、変な話だ」と軽口を叩いた。


「──王が死んでも、神が滅んでも、変わらないものってなんだと思う?」

「今度は謎かけ?」

「まあ、そんなところだ」


 そう口にする友人はやはり飄々としていて真意が読めない。少年はしばらく思案してからまた口を開いた。


「──この世界そのものかな。もちろん王みたいな影響力のある人が亡くなったら多少なりとも暮らしに変化はあるだろうけど。でも人々の本質までは変わらないと思う……ってこれ真面目に答えていいやつだった?」

 友人目をやると何故だか少し意外そうな顔をしていて、それから少し寂しそうに笑った。


「ふ、そうか、お前はそう考えるんだな」

「その含みのある言い方、なんか気になるんだけど」

「ははっ、気にすんな! 聞かせてくれてありがとな!」

「レンはどう思うの?」

「俺?」


 そうだなぁ、と宙を仰いで考えたあと、友人は悪戯っぽい目を向けて。


「俺たちの友情……とか? なーんてなっ」

「ははっ、なにそのクサイ台詞! でも、そうだね。僕達の友情は何があっても変わらないさ」


 なんだか面白くなって二人は声を上げて笑いあった。──その刹那。


「きゃああああっ‼」

「──っ! レン、今の……!」

「フィーネの声だ! 部屋に戻るぞ‼」


 二人は少女のいる客室へと駆け出した。

 

 

          §

 


「フィーネ!」

「レンっ! トウマ……っ!」


 部屋に戻ると、顔の見えない黒マントたちが少女の腕を掴み、まさに襲おうとしているところだった。彼女は激しく抵抗しているにもかかわらずその者たちは不気味なほど無言を貫いている。


「クソッ! なんだお前ら! フィーネから離れろ‼」

「…………」

「っ、何……⁉」


 友人が斬りかかろうとすると、黒マントたちはあっさり少女から離れ、その場から逃げ出した。


「待て!」

「レン、深追いしなくていい。それよりフィーネだ」

「……っ! フィーネ!」


 少女の元に駆け寄る。髪は乱れて、余程恐ろしかったのかその身体を震わせていた。


「レンっ、トウマ……! ……っ……」

「怪我は? 腕を掴まれた以外に何かされなかったか?」


 友人の問いかけに小さく首を振る。彼女は嗚咽を漏らしながらゆっくりと言葉を振り絞った。


「……っ、部屋……ノックされて……レンたちが戻ってきたのかと、思って……っ、ドアを開けたら……うっ……さっきの人たちが、部屋に……」


 泣きじゃくる少女の頭を、友人は「もういい、わかった。怖かったな」と撫でる。


「一人にしてごめんな。大丈夫、フィーネは俺が護るから。もう安心していい」

「うっ、うぅ…………っ」


 その日彼女は友人の胸に縋り付くように泣き、夜を明かした。




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