◇愚かな少年は、愚かな勇者となりました。

「あんたのところの警備はどうなってんだ!」


 翌朝。友人は怒りの色を滲ませながら女王に昨夜のことを話した。しかし彼女は少しも驚くことなく穏やかに口を開く。


「……そんなことが……。ごめんなさいね、きっとそれは闇神の手先の者よ」

「闇神の手先?」

「昨日の話の続きをしましょう。この世界が抱える『やみ』について」


 太古の昔、この世界を破滅に陥れようとした闇神が世界を再び闇に陥れようとしている。手先は闇神の思想に賛同したサンサル人。光と闇は相容れない。彼らは光神の末裔であるクラルテ人を憎んでいるから、少女を襲ったのだろうと。


「馬鹿な……」

「残念だけど事実よ。──十年前、当時は何人もいたクラルテ人が大量虐殺された事件が起こったのをご存知かしら? それも彼らの仕業でね……おかげで私はクラルテ人最後の生き残りになってしまったの」


 今はフィーネがいるから一人じゃないけど、と女王は少女に微笑みかける。


「つまり襲われたのは、フィーネがクラルテ人である確たる証拠ってことになるのか?」

「レン……?」

「確たる、とまでは言いきれないけど。ほぼ間違いないと思うわ」


 女王のその言葉を聞くと、友人は「人間じゃない、なんてことはなさそうだぜ。よかったじゃねーか」と少女に耳打ちした。

 今はそんな話をしている場合ではないのに。彼は心の隅に埋もれる不安さえ掬ってくれるから。少女はやはりくすぐったくなってしまう。


「話を続けましょう」

 昔の勇者は闇神を封じていただけ。再び危機に瀕しているこの世界を本当の意味で救うには、封じるのではなく『やみ』そのものを打ち滅ぼす必要がある。そこまで話したあと女王は小さく呟いた。


「勇者の剣を扱える者がいれば……」

「勇者の剣?」

「ええ。──誰か、あの剣を持ってきなさい」


 女王が命じて持ってこさせたのは繊細な装飾が施された宝剣。彼女はそれを少年に差し出した。


「これはかつて、勇者が闇神と戦ったとされる剣よ。彼は力不足で闇神を封じることしか出来なかったけど、あなたとクラルテ人のフィーネ、二人ならきっと闇神を葬りされる」


 少年を見る。まさかの指名に少年は驚いた。


「僕⁉ こういうのはレンの役目じゃ……!」

「これは光神の血を引くクラルテ人の特別な剣。闇神の血を引くサンサル人では力を発揮できないの」


 彼女は一瞬横目で友人を見たあと、再び視線を少年に戻す。


「上手く扱える必要はないわ、持っているだけで闇神の力を弱めるから。どうか世界を救ってほしい。……勇者様」


 女王は剣を差し出したまま彼の前に跪く。それはまるで少年が幼い頃に読み憧れた、クラルテ人の英雄が世界を救った物語のワンシーンのようで。

 少年は思わず──


「……ちょっと考えさせてもらっていいですか?」


 ──保留にした。


          §

          

          

「オイオイオイ、トウマくんよぉ。どう考えてもあそこは快く宝剣を受け取るシーンだっただろーが!」


 相談したい、と少年は友人たちを連れて客室に戻ってきていた。友人は保留にしたことが気に食わないのか、空気読めよ! となじってくる。


「僕だけの問題ならまだしも、フィーネも巻き込むんだよ? そんなに軽い気持ちで受けられるわけないじゃないか」

「だーいじょぶだって! なにがあったって、フィーネもお前もこの俺様が護ってやるから!」


 楽観的な彼の言葉に、少年はこめかみを押さえて「そうじゃない」とため息を吐く。


「そもそもこの話には不自然な点が多すぎるんだ」

「不自然な点?」

「ああ、それは主に三つ」

 

 一つ。世界が危機に瀕している、というが邪神が原因とされる具体的な火急の危機が挙げられていないこと。

 二つ。『勇者の剣』は明らかに装飾用の宝剣で、古代の英雄が戦で使っていたものとは信じ難く、また今までに読んだどの文献にも記載がなかったため、そもそも剣の存在自体の真偽が不明であること。

 三つ。仮に勇者の剣が本物だとして、昨日会ったばかりの侵入者、それも自分のようなただの村人にそんな大事なものを託すことが不自然であること。

 少年は指を三本立て、これらを順序よく説明した。


「前二つはわかるが、闇神を倒すのにクラルテ人の力が必要だとすれば俺たちに協力を仰ぐのは別に自然じゃね? フィーネだってよく知らねー兵士のオッサンなんかより俺らと行くほうが安心だろうし」

「だとしても、剣を扱うなら僕よりレンに託すべきだ」

「サンサル人には扱えないって」

「同じ人間なのに髪色が違うだなんて理由だけで使えないものがあると思う? それに持ってるだけで闇神の力を弱めるだなんてどういう原理さ」

「う、うーーーーーん……それはほら、魔法とか呪い? みたいな……」

「魔法や呪いだなんて、現実にあるわけないじゃないか。お伽話じゃあるまいし」


 友人も彼の理詰めには弱いらしく言葉に詰まってしまう。


「ま、まあ、女王にも何か考えがあるんじゃねーの? ダメそうなら逃げりゃいいし行くだけ行ってみようぜ」

「……不自然な点といえば……レンがこの件に対してやけに前向きなのが気になる。女王陛下の依頼だなんて一番反発しそうだと思ったんだけど」

「んえっ⁉ そ、それは……」


 目を泳がせる友人に猜疑の目を向ける。怪しい。これは何かある顔だ。


「レン?」

「あー、わかったよ、正直に話す」

 観念したと言うように手をひらひらと振り、友人は居心地が悪そうに小さな声で話しはじめた。

 

「……俺がこの依頼を引き受けてその闇神? ってやつを倒せば、ちょっとはサンサル人も見直して貰えると思ったんだ」

「! なるほど、そういうこと」

「──それに、もし無理そうでもあの剣持ち逃げして売ればそこそこの値になると思わねぇ⁉」

「ちょ、それは駄目だよ!」


 本気なのか冗談なのか、彼はいつものようにへらへらと笑って。


「ま、なんにせよマイナスにはなんねぇ、はず。でも俺だけじゃあの女王は任せてくれないだろう。──絶対俺が護るから、闇神討伐を引き受けて貰えねぇか?」


 未だかつて見たことのないほど真剣な眼差しを向けてくる友人に、少年は自然と頷いていた。


「ありがとう、トウマ」

「……言っとくけど持ち逃げはナシだからね? 無理そうならすぐ逃げて、陛下に正直に話して辞退しよう」

「ちぇ、やっぱそれはダメか」

「当たり前でしょ。というか僕だけで決めちゃったけどフィーネは──」


 少女の方に目をやると躊躇いなく「もちろん私も行きます」と意思の強い目で頷く。そして小首をかしげながら「でもどうやって倒すのでしょう?」と。


「あの宝剣で刺せばいいのかな? そもそも闇神は実在する生き物なのかどうかもわからないし」

「女王様は闇神を倒すには私の力も必要、という旨のことを仰っていましたね。でも私には魔法みたいな特別な力は持っていません……」

「……特別な力を持たない、つまり闇神を倒すにはフィーネ自身が──」


 闇神を倒すためにはクラルテ人の血を引く少女自身が必要。それはつまり、少女を──。悪い考えに辿り着きそうになった少年の思考は、友人の豪快な笑い声によって停止した。


「はっはっはっ! まあ細かいことは行ってから考えようぜ! トウマの言うとおり、闇神ってやつに本当に会えるかどうかもわかんねーんだしさ!」

「っ、もう、本当にレンは楽観的なんだから!」

「相手がどんなヤツかもわかんねーのにここで悩んだって仕方ねーだろ? お前のことは絶対護ってやるから安心しろって」


 友人の言葉に少年の不安は掻き消された。

 ──掻き消されてしまった。


 彼がもう少し友人の言葉を、笑顔を、疑うことを知っていれば。

 この物語は違う結果を迎えていたのかもしれないのに。


 こうして愚かな少年は勇者となってしまったのだ。

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