◇城の中には白き女王。少女の記憶の手がかりは?
追っ手を撒いた頃には、少年も少女も過呼吸になりそうなほど激しい息切れを起こしていた。赤髪の友人だけが涼しい顔で。
「ようやく撒けたな。ふぅ、危なかったぜ〜」
「はぁっ、こほっ……死ぬかと……っ、思った……っ」
「ははっ! 大袈裟だっての」
「っん……でも……はぁっ……レンの、お陰で……、逃げ切る、ことが……っできました……」
少女は息を整えながらありがとうございます、と友人に礼を述べる。やっぱり律儀な奴だ、そう思いながら友人は素直に礼を受け止めた。
「んで、ここはどこだ?」
三人が逃げ込んだのはよく手入れされた赤色と黄色の花が咲く美しい庭園。中央には石碑があり、白い柵で囲われている。
「あの石碑、」
「綺麗な場所……! トウマ、これはなんという花ですか?」
「えっ、これは……何の花だろう。本でも見たことがないや」
「ふふ、それは薔薇という花よ。美しいでしょう? 旅人からの献上品なの」
「──っ!」
聞きなれない声に息の止まる思いで三人は振り返る。そこには少女とよく似た白髪青目の美しい女性がたおやかに佇んでいた。
友人が刀を抜き二人を庇うように一歩前に出る。
「あんた何者だ?」
「あら、それはこちらの台詞ではなくて? わたくしの庭に何か御用かしら、侵入者さん?」
武器を向けられているのにも関わらず、女性は少しも動揺することなく穏やかに微笑む。
「『わたくしの庭』ということは、もしかしてあなたが女王陛下?」
「まぁ、質問に質問で返されるなんて」
「う、申し訳ありません」
言葉に詰まる。確か似たようなやり取りをつい数刻前にもしたばかりだ。
少年は自分たちがリュミナ村から来た者であること、クラルテ人に似た特徴を持つ記憶喪失の少女について、クラルテ人である女王陛下なら何かわかるのではないかと考え訪ねてきたことを伝えた。
「それなら正式にご連絡くだされば堂々と正門からお迎えして差し上げたのに」
「いやー、人扱いすらされない穢れた血が正式な手順を踏んで女王陛下にお会い出来るなんて思えませんでしたから?」
「……あなたはサンサル人ね? もしかするとあなたの目には居住区が差別的に映るのかもしれない。しかしわたくしは人種による差別なんて決してしないわ」
「はっ! よく言うぜ」
「こら、レン!」
友人の皮肉を少年は小声で諌める。しかし、サンサル居住区などという実質的な隔離区域やサンサル人は人間ではないという定義を容認しているのは他でもない陛下だ。
「わたくしが待遇を変えることはないけれど、闇神の血を引くと言われるサンサル人を恐ろしく感じているアレンド人も多いことも事実。わたくしは王として全ての民を守るために、住み分けを考えなくてはならないの」
「へーぇ、随分ご立派な言い訳なことで」
「信じてもらえないのも無理はないわ。今この世界は『やみ』に侵され疲弊しつつあるもの……」
「──『やみ』?」
少年は昨夜の旅人の言葉を思い出した。やはりこの世界には何かが起きつつある、そしてその事について陛下も何か知っている。
「陛下、フィーネの事のほかにその話も詳しくお教え願えますか?」
「ええ、構わないわ。応接室にご案内するわね」
§
白基調の広くて綺麗な応接室。少年たちは促されるままソファに腰掛けた。
女王は少年たちに対面する位置に座り、給仕に用意させた紅茶の香りを嗅ぎながら、まずは何から話そうかしらと思案しているようだった。
「──そうだ、さっきの庭園に石碑があったのを見た?」
「はい。あれは光神が平和の象徴としてこの地に遺したとされる石碑ですよね」
庭園の中央に置かれていた石碑。あれは平和を象徴する神の遺物だと昔読んだ本に書いてあったと少年は思い出していた。「あら、トウマはよく知っているのね?」と女王は穏やかに微笑む。
「実はあの石碑はただの象徴としての遺物ではないの。あの石碑はね──」
女王はあの石碑はがただの神の遺物ではなく、クラルテ人の中の神の血の力を呼び覚ますものだということを告げた。
神の血の力とは、例えば人智を超える知識であったり、物理的な力であったり。歴代国王の手記にも呼び覚まされる力については様々な記述があり、おそらく人によって違うのだろう、そしてもしかすると何者かによって封印されたであろう少女の記憶も石碑の力によって呼び起こされる可能性もある、と。
「フィーネはあれを見てなにか感じなかったかしら?」
「えっと……」
少女は答えるのに戸惑っている様子だった。どうしたの? 言えないこと? と女王は急かすが、少年も少女の答えに興味があったので止めることなく静観していた。困る彼女に助け舟を出したのは友人だった。
「やめてやれよ女王サマよ、言葉にしづらいこともあんだろーが」
「レン……!」
「でも聞かなきゃ記憶を取り戻すためのアイデアを出せないわ。フィーネの記憶を奪った犯人がわかれば今後警戒もできるでしょう?」
「そうだよレン、ここはフィーネのためにも陛下に詳しく聞いてもらって」
「現在進行形でフィーネは困ってるんだが? 喋りたくないこと無理やり聞きだすのがフィーネのためになるとは思わねーな」
眉間に皺を寄せていた友人は、突然閃いたようにニヤリと笑う。
「ほら、もしかしたらフィーネの頭に浮かんだのは言いづらいこと。そう、つまりえっちな記憶かもしれないだろ?」
「へっ⁉」
「例えば昔付き合ってた男と×××した記憶とか、はたまた複数人に無理やり××され何本もの×××を咥えさせられてた記憶とか」
「わああっ! ちょ、何言ってんの!?」
「咥っ⁉ ちちち違いますよ‼ そ、そんな、そんなの思い浮かんでませんし、そんな記憶そもそも存在しませんっ! ……たぶん」
「フィーネ⁉ そこは言い切ってよ!」
「だ、だって忘れてるだけかも知れませんし……!」
顔を真っ赤にしてあたふたする二人を面白そうに眺める友人。その状況を諌めるように大きな咳払いが。
「……そういう話はやめてくださるかしら、サンサル人?」
「これはこれはシツレイしました、高貴でお上品なクラルテ人様には刺激が強すぎましたか?」
「低俗で不愉快だと言っているの、言葉の裏も読めないなんてサンサル人はやはり低脳ね」
「はっ、わかって言ってんだよ。フィーネが困ってんのにネチネチと。それに俺の名はサンサル人じゃねぇ、レンだ。やっぱ差別してんじゃねーか。それとも二ウール女王陛下はたった二文字の名も覚えられないんスか? クラルテ人様は随分低脳なことで」
「ちょ、レンやめなって! 」
「……っ、トウマお前まで……」
「女王陛下も!」
「!」
「レンが陛下に対して失礼な物言いをしたことは謝ります。でも人種を理由に悪く言うのは、民に平等であるはずの王の発言としていかがなものでしょうか」
少年は険しい顔で女王を見つめる。まさか自分が叱責されると思いもしなかったらしく、彼女は少し目を見開いてから苛立たしそうに口を開いた。
「……今日は少し疲れてしまったから、話はおしまい。続きは明日ね。部屋を用意させるから今日は泊まっていきなさい」
それだけ告げると、女王は少年たちの返事も待たずに立ち上がり、応接室を後にした。
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