◇夜の町。そこには美しい星空が広がっていました。
昼間あれだけ賑わっていた市場も、夜は誰一人出歩いている様子はなかった。世界を破滅に陥れようとした闇神の統べる時間だ。この時間に出歩くことは恐ろしく、そして罪深い。
だがサンサル居住区の住民は違った。夜だというのに明かりを片手に出歩き、あるものは農作業を、あるものは家屋の修繕を行っていた。
「こんな時間に労働を?」
「彼らのほとんどが日中は労働奴隷として駆り出されているからね。こんな時間でもないと自分たちの生活を営むことができないんだ」
「うわっ⁉」
驚いて振り返ると、どこから現れたのか闇色の髪をした針金のように細く背の高い男が立っていた。
「驚かせてしまって申し訳ない。……きみはここの住民ではないね?」
「あ、あなたは?」
少年の問いに男は困ったように笑いながら。
「クックック。質問に質問で返されるとは」
「う、すみません」
「構わないさ。……私はティア。この世界を傍観する者……」
ティア、と名乗る男の発言に目が点になる。少年のその様子に今度は面白そうに笑いながら「平たく言えば旅人だよ」と。
「なるほど、旅人さんだったんですね。ティアさんはどうしてこんな時間に?」
「ふふ、いけないよ。今度は私の質問にも答えてもらわなくては」
旅人は柔らかく微笑むと「きみはここの住民ではないね?」と先程の質問をもう一度繰り返した。彼の言葉を紡ぐ低音は心が蕩けそうになるほど心地がいい。
「はい、僕は昨日リュミナ村という村からこの都に来たトウマという者です。サンサル人のことを知って、彼らに興味を持って──ああ、でも決して差別的な意味合いとかじゃなくて……!」
「わかっているさトウマ、きみの目を見れば彼らに対する蔑視の意図がないことくらい」
「あ……」
瞳を覗かれる。彼の瞳が視界に入って──それは闇色の中に煌めきを放つ不思議な色。思わず綺麗だと呟かずにはいられない。
旅人はそんな少年の様子を見て、なおも穏やかに微笑み天空を指し示す。
「トウマ、空を見てご覧」
「空? ──っ、すごい……」
見上げた視界に広がるのは、彼の瞳と同じ煌めきを携えた美しい闇。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
「夜空は美しいだろう、闇は恐ろしいばかりではないんだ。闇が深いほど光が際立ち、光が煌めくほど闇は安寧をもたらす。二つは相反する様で表裏一体なのさ」
「光と闇は表裏一体……」
「その通り。本来この二つは互いに補い合い、共存の道を歩むことができるんだ」
「でもね、」男は唇に人差し指を当て静かに囁く。
「この世界は再び破滅に向かって進み始めている」
「えっ」
「世界は病みを抱えているんだ、嘆かわしいことに」
「それってどういう……」
「『やみ』は消し去ってしまわねばならない。それには覚悟が必要だ」
「ティアさん?」
「『やみ』が世界から消え去るとき、きみはこの物語が迎える結末をどう捉えるだろうね」
そう聞こえた頃には彼の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
立ち去ったのではなく夜闇に溶け込んで消えてしまったかのように、忽然と。
「ティアさん、あなたは一体……それにこの物語の結末って……」
そんな少年の独り言も、闇は溶かして飲み込むのだ。
§
「世界のやみ……結末……」
「トウマ、なんだか今日はぼんやりとしているように見えます。昨日はよく眠れましたか?」
「え⁉ う、うん、もちろん」
「それなら良いのですが……」
翌日。三人はクラルテ人の女王二ウールに会うため城前に来ていた。
陛下なら少女の存在や記憶について何かわかるかもしれない、そんな希望を持って。
「あー……ここまで来て言うのもなんだけどさ、俺も付いてきてよかったのか? サンサル人とその仲間なんて、バレたら城に入れてもらえないどころか余計な疑いまでかけられて下手すりゃ牢獄行きかも知れねーぜ?」
赤髪をフードで隠す友人はいつもより弱気な発言だ。やはり心中では気にしているのだろう。
そんな心配顔の友人に「バレないように行くんだって!」少年は不敵な笑みを向ける。友人はその言葉に思わず吹き出した。
「ははっ、それ村を抜け出した時の俺の台詞じゃねーか! 真似すんなよな!」
「ふふ、でも実際バレなきゃ問題ないでしょ?」
「確かにその通りだ、悩むのなんて俺らしくなかったな。──行くぜ、相棒」
拳を掲げる。少年はその拳に拳を合わせた。
「ああ、行こう。何かあったらフィーネはレンの後ろに隠れて。僕じゃきみを護ってあげられないから」
「わ、わかりました……!」
三人が緊張に包まれながら城門をくぐろうとした、その時。
「止まれ。お前たち何者だ?」
声を掛けてきたのは城門の門番。警戒した様子で槍を構えている。そりゃそうなるよなぁ、と小声で呟く友人は念の為フードを深く被り直した。
「えっと、お、おつかれさまです。僕たちは、リュミナ村から来た者で、その、女王陛下に謁見したくて参りました」
「トウマ、声震えてんぞ」
「しっ! レンは黙ってて」
「謁見? そんな予定は聞いていないが、一体何の用だ」
「村近くの遺跡でクラルテ人と思われる女の子を発見して……彼女は記憶がないみたいなのですが、陛下なら何かご存知かな、と」
「クラルテ人の?」
そこで門番は白髪の少女の存在に気付いた。彼は舐め回すように彼女を凝視する。
「怪しいな……」
「えっ」
「クラルテ人は陛下以外存在しないはずだ。神の末裔であり尊き血統のクラルテ人を騙るとは何事だ! それにそこのマントの男、貴様は何故顔を隠しているんだ? もしやサンサル……」
門番がそこまで口にした瞬間、友人は少年と少女の腕を強く掴んだ。
「走るぞ二人とも!」
「は⁉」
「──っ、待て!」
友人は少年たちの腕を掴んだまま城内へ走り出す。
「逃げるんじゃないの⁉」
「市場の方へか? ンなことしたって何も進まねーし、サンサル人が侵入しようとしたってことで城の警備はより厳重になるしで、だったら今ここを強行突破したほうがいいだろ!」
「う、嘘でしょ……っ」
運動なんてほとんどしたことのない少年は息も絶え絶え、少女とともに友人に引っ張られていくのが精一杯であった。
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