◇少年が遺跡で出会ったのは、記憶喪失の少女でした。

 敵を退けつつ遺跡の奥まで辿り着くと、そこにはな重厚な石の扉があった。


「なんかここ開けたらラスボスいそうじゃね? 蜘蛛の親分とか」

「否定はできないかな」

「マジかよ! てか早く村戻って風呂入りてー、蜘蛛の体液でべとべと」

「え、このあと帰るの?」

「はぇ? か、帰るだろ?」


 少年は村を出たときに友人が「村を出るつもり」と言ったことがずっと心に引っかかっていたままだった。そのため当然のような「帰る」という発言に安堵をおぼえた。



「ふふっ」

「な、なんだよ気持ちわりーな。帰っちゃ駄目なのか?」

「そんなことないよ、ただレンはこのまま旅にでも出るのかと思ってたから」

「ま、いずれな。準備もあるし、こんな急だとオトモダチのトウマくんが寂しがっちゃうだろーし?」

「うん、そうだね……ふふふっ」

「ハハッ、ちょっとは否定しろよ!」


 二人でひとしきり笑いあったあと、扉に手をかける。


「鬼が出るか蛇が出るか……」

「クラルテ人ならいいけど、ラスボスなら任せた」

「任せとけ! ──行くぜ相棒!」

「ああ、行こう!」


 二人は拳を合わせたあと、せーので同時に重い扉を押す。

 部屋の中で目にしたものは──

「っレン、人が! 人が倒れてる!」

「おい、大丈夫か⁉」

「ううん……」


 倒れ伏した白い髪の少女。二人が駆け寄り声をかけると彼女はぼんやりと目を覚ました。晴天の空のように澄んだ青色が美しい瞳だった。


「ここは……? それにあなたたちは?」

「僕はトウマ、こっちの赤い髪のがレン。ここはリュミナ村近くの遺跡だよ。きみはもしかして、クラルテ人?」

「くらるてじん?」


 少年の問いかけに少女はキョトンとした顔を向けた。


「くらるてじんとはなんでしょうか?」

「光神の血を引く英雄の末裔だよ、僕たちはこの遺跡でクラルテ人を見かけたって噂を聞いてやってきたんだ。

 白い髪に青い瞳が特徴らしいから、きみのことだと思ったんだけど」

「……ごめんなさい、私、自分が何者かも、どうしてここにいるのかも思い出せなくて……」


 そこまで聞くと、少年は友人と顔を見合わせた。


「キオクソーシツってやつ?」

「そう、なのかもしれません」

「何も思い出せない? 自分の名前とか」

「名前、名前は……フィーネ、だったと思います。それ以外は全く思い出せません、ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。でもどうしよう、村に帰るにしてもフィーネを放ってはおけないし」

「とりあえずここから出ようぜ? また蜘蛛に襲われちゃ適わねぇ。ラスボスならなおさら」


二人は記憶喪失の少女を連れてリュミナ村へ引き返した。

          §



 村へ戻ると、抜け道の前に一人の衛兵が待ち受けていた。まだ空も暗いというのになんだか村の中は騒がしい。


「げっ、村を抜け出したのがバレたか⁉」

「待って、あそこに立ってるのってレンのお爺さんじゃない?」


 衛兵は少年たちに気づくと周囲を気にした様子で駆け寄ってきた。


「レン、それにトウマ! ……そちらのお嬢さんは?」

「そこの遺跡に倒れてたんだ。それよりじいちゃんはどうしてここに? もしかして」


 友人が全て言いきる前に、衛兵は深い溜息とともに険しい顔を見せた。


「そのもしかしてだ。お前たちが村を抜け出たことは既に村中に知れ渡っておる。掟を破ったものは酷い罰を受ける──全く、村を出るときは慎重にといつも……」

「あー……ごめん」


「いつも?」と少年が聞き返そうと口を開く前に、衛兵は三人の目前に布袋と一本の刀を差し出してきた。


「──お前たちはこのまま王都へ向かえ。この中には少しだが金と薬と食糧が入っておる。そしてこの刀はわしからの餞別だ」

「はっ? 何言ってんだよ、掟破りを逃がしたって知られたらじいちゃんがどんな目に遭うか!」

「なに、老い先短いわしの心配など不要だ。こういうのには慣れておるしな。……レン、達者で」

「じいちゃん……」


 友人は刀と布袋を受け取り抱擁を交わす。これが今生の別れとなることをお互いに予見しているような抱擁だった。


「拾ってもらったのに、最後まで親孝行できなくてごめん」

「本当にお前は昔から、手のかかる子どもだった」

「……俺は、俺なんかが、」

「それ以上言うな。手のかかる奴だったがわしはお前と家族になれてよかったと思っておる」

「っ、そんなの、こっちのセリフだっての! 今までありがとう、大好きだ」

「ああ、愛しているぞ、レンよ……わしの息子よ」


 抱擁を解くと、衛兵は少年の方へ向き直った。


「トウマ、お前のご両親には伝えておく。急にこんなことになってつらいだろうが……」

「ありがとう、お爺さん。こうなることも予想はしてたから僕は大丈夫」

「お嬢さんの方も、ろくに休ませてやれなくて申し訳ない」

「い、いえ、こちらこそ大変なときに押しかけてしまって申し訳ありません」


 村人の声が近づいてきた。それは少年にとってよく知った声であるにも関わらず、恐ろしいほどの怒気と殺意の含まれた声で。「さあ行け」という衛兵の後押しに竦み上がる全身を奮い立たせ、なんとかその場を離れることができたのだった。



          §



「──追っ手はいないみたいだね」

「じいちゃん……」


 村の方を見つめる友人の目には哀しみが宿っていた。いつも快活な彼の見たことのない表情に、少年は心配になる。


「……トウマ、巻き込んでごめん。俺が村を抜け出ようなんて言ったばっかりに」

「気に病む必要はないさ。合意の上で一緒に村を出たわけだし」

「フィーネも、目が覚めて記憶がなくて混乱してるだろうにこんな騒動に巻き込んじまって、ほんとごめんな」

「いえ、私は平気なのですが、その」


 少女は少し迷ったあと、言いづらそうに口を開いた。


「掟、とはどのようなものなのでしょうか? 私、何が起こったのか全然わかってなくて……」

「あ、そうか。フィーネには説明してなかったね。僕たちの村には『村を出ることも、外から入ることも禁ずる』って鉄の掟があってね。破ったら死刑、とまではいかなくても準ずる程の罰が科せられるんだ」

「ええっ、村から出入りするだけでそこまで重い罰を? 一体どんな深刻な理由で?」


 少女の問いかけで初めて、少年は疑問を持った。


「……そういえば深く考えたことなかった」

「え?」

「親からは『村の外は危ないから出ちゃいけません』って言われてたけど、それなら入ることまで規制する必要はないよね……? なによりそんな理由ならそこまで重い罰を科す必要性も……」

「ト、トウマ?」


 ブツブツと独り言を言いながら自分の世界に入り込み思案する少年を、少女は心配そうに見つめる。それは友人の声がかかるまで続いた。


「二人とも止まれ。──何か近づいてくる」


 刀を抜き、真っ直ぐ前を見据える友人。前方からは多数の足を持つ巨大な細長い虫の群れが這い寄って来るところだった。


「まーた虫かよ! トウマ、アイツらのこと何かわかるか?」

「あれはたぶん、ヒトクイオオムカデって虫だ」

「名前からしてヤバそうなんだが……一応聞くけど危ないヤツ?」

「『凶暴な肉食生物で、大きく鋭い顎肢がくしは成人男性の下半身をひと噛みで噛みちぎった事例もある』って本で読んだことある」

「げっ、最悪じゃねーか!」


 そう言いつつ友人は一切取り乱す様子はなく。むしろこの状況で最も恐怖を感じていたのは少女だった。


「ひ、人を⁉ あ、ど、どうしましょうっ、早く逃げなくては……!」

「だーいじょぶだって! フィーネはトウマと一緒に後ろに隠れてろ! 見とけよこの俺様の神業をっ」


 そう言うやいなや、友人はまさに神業と言っても過言ではないような刀捌きで虫たちを切り刻んでいく。あっという間にすべて始末し終わった。


「二人とも、怪我はねぇか?」

「後ろで見てただけだから大丈夫。というか遺跡の時より強くなった気がするんだけど」

「じいちゃんに貰った刀があるからな」


 友人はピッと刀を振り、虫の体液を払ってから鞘に収めた。「……すごい、あっという間でした」と感心する少女に友人は明るく答える。


「刀の使い方は子どもの頃からじいちゃんに習ってたんだ。これでいつでもいじめっ子を撃退できるようにって」

「えっ、いじめっ子? そんなの初耳なんだけど」

「こんな目立つ髪色してりゃ色々大変なのよ」

「……仲良く遊んでるのかと思ってた」

「ま、本ばっか読んで引きこもりだったトウマくんにはそう見えても仕方ねーよな〜」


 ハッハッハ!と明るく笑う友人に引きこもりは余計だ、とむくれる少年。だか、いつも明るく見えていた友人がいじめられていただなんて、少年にとっては信じがたい話だった。


「レンは、その……大変な思いを乗り越えて強くなったのですね」

「ははっ、フィーネは大袈裟だな。そんな大層なモンでもねーよ」

「いいえ、大層です。尊敬します! レンは頼りになりますね」

「んん〜? もしかしてこの俺に惚れたか?」

「えっ、そ、そういう訳では……! でも本当に助かりました、護ってくださってありがとうございます」


 少女は深々と丁寧にお辞儀をする。「律儀な奴だなあ」と言いながらも、そんな様子を友人は微笑ましく感じているようだった。


「よし、じゃあ王都までのボディーガードはよろしくね」

「トウマくん〜? お前ももうちょい俺に感謝の気持ちってヤツをだな……」

「感謝してるさ、それに頼りにしてる。今までもこれからもずっと」


 少年は柔らかく微笑む。あまりにも真っ直ぐなその言葉に、友人は気恥ずかしくなり目を逸らして「……おう」とだけ返した。


「何、照れてんの?」

「そんなんじゃねーし。……ま、王都まではこの俺様がきっちり護ってやるから任せとけ」


 こうして少年は友人立ちとともに王都へ向かった。

 この物語の先に待ち受ける悲しい結末ハッピーエンドを、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

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