◇昔々、ある小さな村に少年が住んでいました。


 夢幻世界アレンド。

 その中にあるリュミナ村という閉鎖された小さな村で、ある一人の少年が暮らしていた。


 リュミナ村は『村を出ることも、外から入ることも禁ずる』という掟さえ守っていれば平和な村だ。

 そんな村で少年は平凡な暮らしを送っていたが、ある日友人のレンから気になる噂を耳にした。


「トウマ、聞いたか? 村の近くにある遺跡でクラルテ人が見つかったらしい」

「クラルテ人? それって、」

「そう! そうだよ、大昔この世界を破滅の危機から救った光の末裔! お前、クラルテ人について調べてたろ? なぁ、気にならねぇ?」

「そうだね……」


 クラルテ人。

 太古の昔、闇神に滅ぼされそうになったこの世界を救ったとされる光神の末裔。

 少年は幼い頃からその英雄譚に憧れ、クラルテ人について研究するようになった。だから確かに気になる。だが──、


「クラルテ人は王都を治める女王陛下以外絶滅したって話だよ? こんな辺境の村近くの遺跡にいるとは到底思えないんだけど」

「だからこそ調べに行こうって言ってんじゃねーか!」

「はぁ⁉ 馬鹿なの⁉ それは村から出るって」

「ちょ、馬鹿、声がでけぇって‼」


 レンは慌てて少年の口を塞ぐ。少年はその手を押しのけ、小声で「馬鹿はレンのほうでしょ」と友人を睨みつけた。


「村から出ちゃいけないって掟、レンも知ってるよね?」

「だから、見つからねぇようこっそり抜け出すんだ」

「バレたらどうするのさ」

「バレねぇように行くんだって!」


 楽観的な友人に頭が痛くなる。だが、遺跡のクラルテ人が気になるのも事実。


「──わかった、行こう。決行は今夜だ」

「さすが相棒! 裏切りはナシだぜ?」


 少年は悪戯っ子のような笑みを浮かべる友人と拳を合わせた。



          §


「よぅしっ、誰もいないな!」

「こんな抜け道いつ作ったのさ……」


 村の正門には門番がいて通れない。そのため友人は村の外に出るための別の出入口を作っていたようだ。

 なんて抜け目ない……。少年は呆れてため息をつく。


「へへっ、どのみちいつかは村の外に出てやるつもりだったんだ。命短し恋せよ野郎ども! って言うだろ?」

「意味わからないし、語呂悪すぎだし、それを言うなら『恋せよ乙女』」

「どっちでもいいっての、要は世界を見て回りたいってこと! さ、行こうぜ!」


 抜け道を抜けて外に出ると、そこには本の中でしか見たことがない植物の森が広がっていた。


「うわすっげぇっ‼ なんていうか森‼」

「所感が雑過ぎない? でも圧巻だね……」

「なぁトウマ、あの木になってる実は食えるのか?」

「あれはラルアの実だね、一応食べられるけど──」

「なんだこれ苦っ‼」

「食べても問題ないだけで美味しいとは言ってない」

「先に言えよぉ」

「レンが言う前に食べるから……ってこんなことしてる場合じゃないでしょ。夜明けまでに村に戻らなくちゃならないんだから」


 そこまで口に出して、少年はふと引っかかりを感じた。

 先程聞いた「いつかは村の外に出てやるつもりだった」という言葉。もしかしたら彼はこのまま──


「レ──」

「おいトウマ! あそこに見えんのが遺跡じゃねぇか⁉」


 問いかけようとしたが、ちょうど言葉が被ってしまった。彼が指さす方向に目をやると石造りの古びた建物が見える。


「行ってみようぜ!」

「……そうだね」


 タイミングを逃してしまった、と少年は心の中で呟く。モヤモヤした気分を抱えたまま遺跡へ足を運んだ。



          §

          

          

 遺跡の中は湿気が篭っていてなんだかかび臭い。こんな場所に来ても友人は「なんか冒険してるって感じでわくわくするよな!」と笑う。彼はどんな状況でも明るく快活で、少年はそれが少し羨ましく感じていた。


「とにかく手分けして手当り次第探してみよう。レンは左の通路から──、」

「いや、分かれるのはまずいみたいだ」


 友人は言葉を遮り、腰に差した木刀に手をかけ少年を庇うように一歩前に出た。

 その目線の先には赤い目をした巨大な蜘蛛。歯をカチカチと鳴らしてこちらを威嚇しているようだった。

「あれはたしか──クロリュミナグモ」

「知ってんのか?」

「実物は初めて見るよ。縄張り意識が強い凶暴な虫で、目が赤くなってる時は怒っている時だって本で読んだことがある」

「明らかヤバそうな音出してるしな。アレに咬まれたら痛いぞ〜」

「茶化してる場合じゃないよ! 逃げよう!」

「ばーか、俺の腰に差してるコイツは飾りかなんかだと思ってんのか?」


 こんな状況でも友人は楽しそうで。スラリと刀を抜くと瞬く間に距離をつめ、虫を叩き潰した。


「ふぅ、実戦なんて初めてだったけど意外となんとかなりそうだな」

「……助かった、ありがとうレン」

「いいってことよ!」


 幼少期からクラルテ人の研究のため本の虫だった少年に対して、友人は近所の子どもたちとチャンバラ遊びに明け暮れていた。

「ガキの頃から遊んでるだけだと思ったろ? いや〜、人生何が役に立つかわかんねーもんだな!」


 快活に笑う友人。あの凶暴そうな虫と対面しただけで心臓が暴れまわり脚が震えた少年は彼の豪快さがやはり羨ましい。


「……クロリュミナグモは集団で生活すると聞くし、今のやつの他にもいるかも。きみに負担を強いることになるけれど──」

「気にすんな、お前は戦えねーんだし大人しく俺に護られとけって!」


 遺跡の湿気によるものではない、じめっとした感覚が背筋を伝った。

 

 

 

 

 

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