第4話

 SNSに投稿するためにカメラを起動したとき、スマホが震えた。

 メッセージアプリに、バースデーメッセージが表示されている。


 向日葵のアイコンは、高校時代の友人である静香しずかだ。

 いつからか、毎年欠かさずにメッセージが届くようになった。


『誕生日おめでとう。素敵な三十五歳にしてね』


 彼女とは、好きな花が同じだったことがきっかけで仲良くなった。

 由美子と三人で、よく一緒に帰宅して寄り道をした。


 地元で就職する静香とは、進学を境にパッタリと会うこともなくなってしまった。

 もう高校時代は、二十年近く前のことだ。


「そんなに前だったかなぁ……」

 眩しかった夏が思い起こされて、ため息がこぼれた。

 茶色い液体が入ったグラスは、光が当たって琥珀こはくのように輝いて見える。


「――まだ挨拶してないの? 主役がひとりぼっちって……お前、わぁ」

 主役がカウンター席に一人でいても、店内は賑やかで楽しそうだった。

 うっかり自分のバースデーパーティーであることを忘れてしまうほど、やり終えた気分でいた。


「だってさぁ、こういうの初めてだからどうしていいのか分からないんだもん。あ、これ! 静香からのお祝いメッセージ。覚えてる? 一回だけ一緒にご飯に行ったんだけど……」

 スマホを見せると順也は大して興味もなさそうに言葉を続けた。


「んー、覚えてないなぁ。それよりも……マスターにマイク借りたから一言、挨拶頼むわ」

 いつの間に手にしていたのか、マイクが手渡された。

 マスターは、順也と一緒にニヤつく。

 こういうとき男性は、どうして息が合うのだろう、と少しイラッとしつつも珠希は覚悟を決めた。


 順也に引っ張られて、お店の一番目立つところに立たされた。


 目立つことが苦手な珠希にとって、チャレンジすることを求められているように感じた。

 大人になるということは、苦手を克服するチャレンジを繰り返すことなのかもしれない。

 どれほど苦手だとしても、今日は珠希のために集まってくれたのだから、と諦めて言葉を考える。

 呼吸を整えてマイクを握りしめる姿を見て、大勢から拍手が挙がる。

 一通り拍手を聞き終えて言葉を紡ぐ。

 騒がしかった店内には、静けさが戻っていた。


『えーっと……立花珠希です。私の予定では、ここまで大規模なパーティーになる予定ではありませんでした。実際に来てくださったみなさんも驚かれたかもしれませんね。本日は、私のバースデーパーティーに集まってくださってありがとうござい――』


「おい、堅苦しいぞー!」

 口元に手を添えた順也が横やりを入れた。


『……私を捨てたは黙ってて!』

 冷静にマイクを使って切り返す珠希。


「――あ、そっか……そうだった! 二度と顔も見たくないって言ってたっけ」


『あのね、私まだ許してないんだからね! あなたと付き合ってた日々も含めて、私の人生だから今日は特別に見逃してあげてるんです。調子にのらないでよね! 毎年欠かさずにメッセージをくれる静香を見習いなさいよ』


 きつい言葉でのやり取りなのだが、漫才のようだったのか友人たちからは笑いが起こった。

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