二千三十年

 七月二十二日月曜日


 男は耳に貫通する声に、固唾を呑んだ。警察だった。声の主は葛城と名乗った。何かやらかしただろうか。周りを見た。男と葛城の会話は皆に聞こえていない。不安そうにこちらを見ていた。

「それで、何でしょうか」男は電話機に振り直った。

「私たちが担当している情報処理部に、あなた方、視覚製薬に関する書類が届きまして」

「書類ってまさか」

「視覚製薬は前に違う名前で会社を経営しており、効果の悪い製品を大量生産し、後で完璧な製品を作ることで売り上げ効果を発揮させる、などの内容です」

「企画書とまんまじゃないか。ハッキングされたのか……」

「このことは既に警察内部の者に伝達しています。一般人に漏れた以上、本田所長、今日をもってあなたはクビです」前代の社長は、計画途中、薬の作用をレビューやブログに書かれて責任を取りクビになった。男は頑張って手に入れ成功させた地位を、なにも知らないくせに淡々とクビだと告げる葛城に、腹が立った。

「でも、君ら警察のことだってバレたんじゃないか。そんな悠長に」

「ご心配なく。国家で運営している以上、最新のセキュリティで私たちの情報は秘匿されています。頑張った一般人の方の書類も、処理させていただきました」それと、と葛城は付け加えた。「情報保護のため、あなたの身柄も私たちが管理します。それでは後ほど」プツッと切れて、男の耳にはクーラーの静かな音が入ってきた。いつのまにか地面に崩れ落ちていた。男はもう一度周りを見ると、これまで共に働いてきた仲間、先ほどまで笑いあっていた仲間が心配な様子で見ている。

「所長、大丈夫ですか」一人が駆け寄った。それから全員が連なってやって来た。ここでお別れなど、男は信じられなかった。作り上げて来た地位も、名誉も、仲間も、こんなにあっさりと失うなんて思いもしなかった。男はぐったりと横になった。

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徒労 蜜本 郁 @nejibana

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