七月三十日火曜日

 高校一年の夏。

 夏休みになってからというもの、休日と同じように片波はベットから出て昼食を食べる生活を送っていた。夏休みの課題は部屋の隅に乱雑に置き、机で愛用の黒いノートパソコンと向き合うのが日課。動画共有サイトで動画を見たり、掲示板でレスを立てたりする、ネットサーフィンを楽しんでいた。しかし同時に、片波は視力回復の薬を求めていた。

 かの有名なヘレン・ケラーは盲ろう者だったが、自分と同じような境遇の人々を救った。ベートーヴェンも、音楽家にも関わらず聴覚を失ったが、それを乗り越え、今世に残る名曲を生み出した。考えれば、自分は幸せに違いない。努力せずにネットも見れて、音楽も聴けるのだから。自分も誰かの役に立つことは出来ないのか。それが頭に渦巻くとき、片波は必ず、視力が回復してから挑戦しようと考えた。無人島でも津波でも鬼ごっこでも、何の役にも立てない。それどころか、流れ星に願うことさえできないのだから。


 九月七日土曜日


 夏休みの宿題は当然のように手を着けていなかった片波は、全教科の先生に、来週の月曜日に提出しますと告げていた。その月曜日が明後日というのに、今日は夏休みにネットで注文した薬を飲む日と勝手に決め、ひとり浮かれていた。親は二人とも出掛けていた。薬を買っているのは秘密であり、親の居ない日を狙って宅配便を設定している。インターホンの音で昼に起きた片波は、すぐさま玄関に向かった。

 片波は部屋に戻り、早速薬の服用事項を読んだ。一週間ごとに一錠飲んで下さい、と書かれている。一週間に一回とは、服用した薬の中で初めてだった。目に急激な変化を与えると疲れるから、眼鏡の視力に慣れるよう、期間を空けてだんだんと上げていけばいい。医者や眼鏡屋の言葉が頭の片隅にあった片波は、この間隔こそ回復させる薬に違いないと、怪しむことなく水でがぶりと飲み込んだ。

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