第14話 年齢制限にも色々ある

「知ってることを、洗いざらい話してごらん。

 何について聞かれてるかは、流石に理解してるよねぇ?」


 更に強く首に押し当てられた冷たい鉄の感触に臆し、唾液を飲み込む。

 この微かな喉の動きで、より深く鉄が皮膚に食い込み、その刺激にびくりと手の筋が引きつった。


「だけどもし。その可愛い唇を開いて情報を教えてくれる代わりに、人を呼んだりしたら。

 その瞬間に引き金を引いてあげるから、そのつもりでねぇ」


 くっそ。見た目が若林くんなの本当に止めて欲しい。

 だってそんな危ない発言でも、普通に似合うとか思っちゃうから!


 はーん、ダークネスなギムナジウム系吸血鬼?


 闇落ち美青年!

 美味しいね!!!


 命の危険が迫っていなければね!!!!!




 しかし。初めて若林くんの正体を知った時といい、奥村くんに凄まれた時といい、ここ最近リアルに命の危機を感じることが多々あったけれども。

 これはガチでやばい予感がする。


 だって銃持ってんだよ!?

 奥村くんが言ってた、若林くんを狙撃したって奴、絶対コイツでしょ!?

 事前にあの展開があったんだから、この銃が偽物ってセンの方が薄いでしょ多分!?




 その上、先ほどの発言である。


 喰うって。

 喰うって?


 いやうん、これまで私が生きてきた平凡な世界の常識から考えれば?

 なんかの比喩表現で?

 それそのものを意味してるって訳じゃないんだろうなと思うところですけど?


 最近の私が放り込まれている周りの状況から照らし合わせると?

 血を飲んで薔薇色の頬を保つタイプの方々を目の当たりにしている訳ですし?

 それそのものを意味してると考えてもおかしくはないわけで、




 カ……。


 カニ……。




 カニバ……?




 いかんいかんいかんそれはマジでいかん!!!!!




 これが小説投稿サイトなら『セルフレイティング:残酷描写有り』ってつけなきゃいけないところですよ!

 っていうか描写によっては載せられないぞ!!

 運営から警告が来るから駄目! 駄目です!!!


 大体ソレ、私は性癖じゃないんだ!

 だって普通に怖いから!!!


 っていうかいずれにせよ自分が餌食になるのはごめんだ!!!!!


 血をあげるくらいだったら、やぶさかではないですけれども!

 だが肉はやらん!!

 いくら推しでも、肉はやらん!!!



 いや……。

 まあ……。


 まあね?


 冷静に考えれば?

 推しに食い破られるってのは、最期としては、なかなか悪くないかもしれないけど?



 でも!

 それは!!


 中身もそっくり本人だったらの話だ!!!



 まずコイツ推しじゃないからな!

 推しに擬態した推しの敵(推定)だからな!!

 むしろここで放置したら、推しが危ないやつだからな!!!







 だらだらと背中に冷や汗を流しながら、高速で思考がめくりめく。そのくせ、めくりめいてるのは残念な内容だけど、パニック故のショート寸前な思考回路である故に勘弁していただきたい。

 一方で身体の方は、ぴくりとも微動だにできずにいるし、相手から目すら逸らせない。


 それに、これは勘だけど。きっと下手に喋ったら墓穴掘るやつだ。

 迂闊なことを言わない方が良い。



 向こうも向こうで、私の目を見つめたまま、じっと動かない。

 私の出方を伺っているのだろうか。


 残念だったな!

 私は、友達が危険にさらされているというのに、ほいほい情報を喋るまでは堕ちてない!!!


 っていうかそもそも、私はちょっと吸血鬼に血をあげる余力がある程度の、ただの一般人だ!

 マジでこの人が欲しそうな重要な情報なんて持ってない!!

 振ってみてもなんにも出ないぞ!!!

 財布すら部屋に置いてあるからお金だって出てこないぞ!!!!!






「へぇ。その感じだと、何も言う気はなさそうだね?」


 どれくらい経っただろうか。ようやく目の前の擬態若林(仮)は口を開いた。

 多分まだ数分なんだろうけど、とんでもなく果てしない時間が流れたように思える。遠くから聞こえる宴会の喧噪が、まるで他人事のようだった。



「ま、別にいいよぉ。欲しい情報は、もうあらかた喋ってくれたからねぇ」



 相手はにやりと笑みを浮かべ、手の力を弱めた。銃口はそのまま私に向いていたが、首からは離れてくれたので、僅かながらに余裕が生まれ、私は反射的に大きく息をつく。


 そして彼の台詞に、どういうことかと、きょとんとしてから。

 一瞬遅れて、理解した。




 しまった。




 若林くんだと思い込んでしていた、先ほどの会話では。




 




 何が、重要な情報は何も知らない、だ。


 私は、知っている。

 彼が、吸血鬼の末裔であることを、知っている。




 それは、重要な情報に他ならないじゃないか!




 もっとも。おそらくだけど、この擬態若林は、昼間の狙撃の犯人か、それと関連する立場にいる人間だろう。既に攻撃してきている以上、彼がそうだというアタリはつけていたのだと思う。

 だけど『欲しい情報はあらかた喋ってくれた』と言ったからには。私が騙されたせいで、敵へが欲する情報を何かしら与えてしまったに他ならなかった。


 そして、あの言い方からして。

 それは、一つじゃ、ない。


 どうしよう。

 何が、相手に伝わった?

 何が、知られてしまった?


 駄目だ。こんな時に限って、鈍い頭が回らない。




「じゃ、ソッチの用は終わったしぃ。今度は君を喰ってもいいかなぁ」




 相手へ与えてしまった情報について必死で考えていたポンコツの脳は、その台詞を聞いて、完全に止まった。



 待て。

 そうだ。


 この擬態若林が欲しがっていたのは、情報だけじゃない。




には手ぇ出すなって言われたけど、黙ってる分にはバレないもんねぇ」




 ちろりと、奴の口の端から、赤い舌と犬歯が覗く。




 えっ。


 えっ、待って待って待って、本気?




 本気カニバリズム?

 リーーーーーィアリィ!?!?!?




 本能で危険を察知したのか、身体が弾かれたように動き、脱兎が如く逃げだそうとした。

 が、案の定というか、流石にこの至近距離じゃ無理があった。あえなく私は捕まり、壁に背を押しつけられた状態で、片手でもって両腕を拘束される。

 そしてもう片方の手(銃を所持中)で、より正確には銃の先で、頬をぐにぐにと押された。




 ギャーーーーー!!!!!




 肉の状態を観察されている!?!?!?




 殺られる!?!?!?!?!?




「そんなに蒼白にならなくてもいいよぉ。だって君、人間でしょ?」




 愉しげな声を上げ、耳元へ顔を近付けると。そのまま耳をべろりと舐め上げられる。




 味見!


 味見された!?




 喰われる!?!?!?




 えっちょっだからいくら推しの血肉になるのは本望かもしれなくてもまずアナタは推しじゃないからこういう最期は望んでないですしおすしマジ止めて痛いのは本当勘弁せめて奥村くんみたいに麻酔、






「オレが喰いたいのは、血肉じゃなくて唇だからねぇ」






 …………。






 パードゥーン?






「薄汚れた吸血鬼の連中と一緒にしないで欲しいなぁ。

 だからぁ、オレが喰うのは、ソッチ。お分かり?」




 なんだ、ただのクズか。

 びっくりした。


 あー焦った。どうなることかと思った。

 よかったよかった、てっきり死ぬかと。




 ……って、いや待て。

 安堵するな私。基準がおかしくなっている。




 ジャンルこそ違うけれど。

 どのみちR18だし。

 どのみち危険には違いないな?




 ワンテンポ置いて、落ち着くと。私は至って通常の危機回避行動を取った。

 つまり、悲鳴をあげて助けを求めた。


 だが即座に手の平で口が塞がれ、声は一瞬でかき消されてしまう。これじゃ、誰にも気付かれないだろう。聞こえたとしても、何かの物音かなくらいでスルーされてしまいそうだ。

 ぐぬぬぬぬ。



「怖がらないで平気だよぉ。なーんにも痛いことはないからねぇ。

 別にいいじゃん、減るもんじゃないしさぁ」



 だから!

 そういうクズい台詞を!!

 若林くんの顔で言うな!!!

 この腐れ外道!!!



 と、頭では思うが口には出せない。

 だって口塞がれてるんだもん。


 ぐぬうううううううどうしよう。


 蹴り飛ばしたり噛みついたりしても、その場しのぎどころか、一メートル離れることすら敵わないに違いない。なにしろ現在、片手だけで動きが封じられている。


 だけどこのままでは、カニバの危機改め、貞操の危機である。

 リアリティのない絶望的な危機から、現実的な危機に落とし込まれたけど、それでも危機は危機である。



 つうか、推しの顔でそういうことされるの、普通に超絶イヤなんだが???

 解釈違いだからマジで止めていただけるか?????




 なんだか状況を忘れてイラッとし。

 思わず舌打ちしてしまいそうになった、その時。


 至近距離から、私のものではない舌打ちの音が聞こえたかと思うと、急に自由になった。




「いい度胸だね」




 いつの間にか、擬態若林は窓の側まで飛びすさり。

 代わりに私のすぐ側に、奴との間を遮るように立ち塞がった背中がある。




 今度こそ紛うことない、本物の若林くんだった。

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