第61話 そうだ、落ち武者を添えよう

 朝から大変に濃厚だった合宿の二日目は、けれども気付けばあっさりと夜を迎えていた。

 なぜなら。学習会と食事の時間以外、日中ほとんど私は部屋で倒れるようにして寝ていたからだ。

 配られたスケジュールだと結構、予定が詰め込まれていたように思えたが。蓋を開けてみればありがたいことに、合間合間に結構スキマ時間があった。

 そして、オールした学生が空き時間に取るべき行動は、一つしかない。


 というわけで私はこの日、暇さえあれば、もっぱら部屋でぐーすか惰眠を貪っていたのだった。

 おかげでまで既に全ての諸悪の根源である……そう! 全ての! 諸悪の!! 根源である!!! 太陽すらも、山の端に隠れてしまっている。

 全部、太陽のせい。わたしわるくない。



 気をつけて過ごせという緋人くんの忠告を忘れたわけではない。だけどそもそも昼間、私が一人になる場面はほとんどなかった。

 学習会と食事の時はサークル員がそろっているし、昼寝をしていた時だって、同じくオールをしたあむりん先輩と秋本先輩とそろって倒れ込んでいたので、常に周りには誰か人がいたのだ。


 そんなわけで、細切れながらも甘美な睡眠を享受した私は、割と回復していた。

 燦々とぎらついてた太陽も沈んだことだしね。

 代わりに優しいお月様が煌々と明るいしね。



 ……うん。




 明るい……お月様……だしね……。




 うっかりと肝心なことを思い出し、私は一人口を引きつらせる。


 半分故意に、半分はガチで忘れていたが。私にはこの日、やらなければならないミッションがあったのだ。

 否応なしに、緋人くんの言葉が思い出される。






「シロ。お前、今日中に紅太と和解しろ」


 さながら銃口を向けるように、額へ指を突きつけながら、緋人くんから厳命されたのがそれだった。


 指だ。

 指である。

 決して銃ではない。


 だけど、その辺のDQNにモデルガン突きつけられるより、よっぽど怖いかもしれない。事実、彼がちょっと爪を立てれば、普通に出血する。彼の指先は刀と同義である。




 怖ッ!!!




 …………。




 萌ッ!!!!!




 ……緋人くんは、刀より銃が似合うよね。

 命乞いする敵とかに、にっこりと(一見)邪気のないあの微笑みを浮かべながら、眉間を容赦なくブチ抜いて欲しい……。

 そして返り血を浴びながら一瞬で無表情に戻った後、あらゆる痕跡を綺麗さっぱり消して、紅太くんのところに何事もなかったかのように帰って行くんだよ……一切、気取られぬようにして……。


 エッ軽率に想像したけど似合いすぎるんだが、これで誰か同人誌を一冊書いていただけませんか言い値で買うゥ……。



「……本当に額をえぐられたいか?」

「ごめんなさい」

「やろうと思えば一秒でできるけど」

「ごめんなさい!!!!!」


 でも本当に怖いのは、もはやテレパシーばりのこの勘の良さです!!!


 心を!!!

 読まないで!!!

 妄想と表現に自由を!!!!!



 私は必死に両手を掲げて降伏の意を示しながら、しかしおずおずと尋ねる。


「ええっと。さっきまでしてた、私が襲われたって話と。紅太くんと和解……いやそもそもケンカしてないけど……和解することと。

 それとこれとに一体何の関係があるというのでしょう……?」

「大ありだよ。いや、関係なくても言ってるけどな。

 、分かってるだろ」


 分かってる。

 分かっていますとも。



 満月まで、……!



 合宿の三日目が満月と被ることは、勿論スケジュールが出た段階で分かっていた。

 だから元々。彼らが合宿に参加したのも、私の出席が織り込み済みでのことだ。もしも私が所用で欠席したとしたら、彼ら二人も同じく欠席していただろう。

 合宿中に訪れる満月は確かに危険ではあったけれど、被血者の私がその場にいるなら、どうにかなる。血さえ一定量飲んでしまえば、後はもう心配ないのだ。

 けれど。あくまでそれは私の血があれば、の話だった。



 緋人くんは、ぐり、と指先でねじるように額を突く。


 額!

 えぐれて!

 ませんよね!?!?!?


「俺の血だけじゃ足りない。それくらい分からない頭じゃないよね?」

「もちろん重々承知しておりますけれどッ! その、別に和解までしていなくとも、血ぐらいはサクッと提供いたしますが」

「今みたく、お前らがぎくしゃくした状態だと、血の精度が落ちてまずい」


 そうなの!?

 そういうものなの!?!?!?


「それを差っ引いても。今回の件、念のため紅太には万全の状態でいて貰わないと困るんだ。できれば前日の今日と当日の明日、二日連続で飲ませたい」

「えっと、理由は分かったけど。いきなりってのも難しいだろうし、今日のところは味を我慢していただいても」

「だから被血者の精神状態が不安定な時の血は、飲んだ吸血鬼の方も通常通りのパフォーマンスを発揮できないって言ってるだろ。味の問題じゃない、分かれよこの駄犬」


 そうなの!?

 そういうものなの!?!?!?

 そしてそこまで細かいところはさっきの台詞では汲めません駄犬ですのでわんわんわんわん!!!!!



 ……って、あれ?

 いや、ちょっと待って。




 ???




「……不安定じゃないもん」

「大丈夫じゃないときに大丈夫って言う奴と同じだよな」

「あ痛ッ!」


 ぴん、と額を指で弾かれた。いったい!

 でも、えぐられるよりは遙かにマシだ。どうやら私の額は貫通していない。無事である。


「愚鈍なお前に分かりやすく教えてやったんだ。四の五の抜かさず言うとおりにしろよ。

 言うことを聞かなかったら、……分かってるよな?」






 ……と、いうわけで。

 これが今日一日、私の気を重くさせていた一因だった。

 まあ、その割にだいぶ寝ていただろうというツッコミはさておく。本能には勝てないのだ。


 無論、現時点で和解しているはずもなかった。だって寝てたもん。本能には勝てないのだ。

 しかし無情にも時は流れ、本日は既に残り数時間。だから本当に、いい加減どうにかしないとまずい。


 まずい、のだ。

 だから。

 この状況は、むしろ渡りに船、のはずなのだけれど。



「ぜっっったい、陰謀だとしか思えないんですけど……」

「なにが?」


 漏らした声に背後から即座に反応があり、びくりと跳ねる。

 が、振り向いて相手を確認すると、安堵して私は額の汗を拭った。


「なんだ、大正浪漫か。びっくりした」

「どういうことだよッ!?」


 村上くんは、いっそ心地よい反応速度で声を上げる。

 どういうこともなにも、そのままの意味だ。

 君は既に私の中でそういうカテゴリになっているという自覚を持って頂きたい。そして一刻も早く、本当に大正浪漫に扮していただきたい。


 とはいえ。本日の村上くんは、残念ながらTシャツにジーパンという至って普通もいいところのたたずまいである。浴衣を着てくれればいいものを。無念。


 ともあれ村上くんで良かった。また緋人様に感づかれたのかと思った。

 ちらりと当人の位置を確認すれば、緋人くんは私たちから少し離れた場所で先輩と話している。よし、大丈夫そうだ。


 なお、緋人くんも残念ながら浴衣じゃないし、隣の先輩も然りである。

 まあ、そうか。野外だもんね。

 野外だからこそ着て欲しいんだけどなァ……。


「……また何か変なこと考えてる?」

「いえいえ。肝試しなら全員浴衣を着用の上、提灯を持って行けばいいのにと考えていただけでございます」

「欲望ダダ漏れじゃねぇか」


 そんなことないよ、充分に抑えているよ。

 でなければ、もれなく全員に似合う肝試しの扮装を、微細に至るまで思案しているところだよ。




 そう。本日は夜、飲み会の前にレクが企画されていた。

 真夏の夜のド定番、肝試しである。

 そんなわけで我々は、ぞろぞろと真っ暗な外に出て、ペア分けのくじ引きを引いたところなのだった。


 ……そうなのだ。

 現状つまり、そういうことなのだ。


 焦りだったり残念だったり、その他諸々の複雑な心中を誤魔化すように、八つ当たり気味で村上くんにぶつける。


「せっかくの肝試しなのに、村上くんは脅かす側じゃないの? 落ち武者とかに扮して草葉の陰から出てこないの?」

「落ちてねぇし武者じゃねぇし出てこねえよ!!!」

「だってせっかく加州清光がいらっしゃるのにもったいない」

「刀持ってますなんて進言できるわけがないからね!? 企業秘密っつったよね!?!?」

「でもそうか。落ち武者だと甲冑がめんどいもんね。まず武者にメガネは似合わないし」

「そういう問題じゃねぇんだけどな!?」

「アッ! 自死した文豪!? それだ!!!」

「『それだ』じゃねぇよ!!!!!」


 パチン、と指を鳴らして快哉を叫ぶも、盛大に却下された。

 えー。いけると思うのにー。


「文豪なら刀のことを言わなくても大丈夫なのに?」

「『大丈夫なのに?』じゃねぇから!!! そもそもなんで俺が脅かし役前提なんだよ!?」

「メガネの書生」

「書生から離れろ!!!

 っていうか先輩の話聞いてたか!? 道中に脅かし役はいねーの! 純粋に夜のルートを巡ってくるだけなの!!!」


 そうなのだ。

 ……そうなのだ。


 脅かし役のいない、純粋に夜道を歩くだけの、基本男女のペアで巡る肝試し。

 それが、これから私を待ち受けているイベントでございました。




 ……うーん。




 私は手の中に握りしめた自分のクジを、ちらりと見遣る。


 本当に。

 本当に、どうしてこうなったのかなぁ。


 どう考えても緋人くんの陰謀としか思えない。

 だけど、クジを作ったのも先輩たちだし。細工をできるような隙もなかった。


 なんでかなぁ。




 ……どうしてよりによってこのタイミングで、紅太くんと一緒になっちゃったんだろ?

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