11章:望月白香は不安定である(合宿2日目)
第60話 遂に我慢できなかった
朝日が痛い。
もう、眩しいとか通り越して、痛い。
さながらアンデッドのような目付きで、私は窓から容赦なく差し込む日の光を恨めしく見遣る。
が、それが盛大な間違いだった。
目が!
目があああああ!!!
歯ブラシをくわえたまま、私は片手で目元を覆う。
くっそ、日差しが強い! これ完全に炎タイプの威力があがるところだぞ! 朝のくせに強烈すぎない!? 寝不足すぎる私には効果がばつぐんなんですけど!!!
呻きながら、私は壁により掛かる。
だめだ、力が入らない。完全にゾンビ状態だ。
そういやゾンビというかアンデッドの亜種っているんだろうか……。いや、さすがにないか……子孫残せなさそうだもんな……種族的に……。
実在するのか知らないけど、そもそも意思疎通が難しそうだから人間と交わるのも大変そうだしな……。仮にできたとしてもその辺の仲間に噛まれてすぐ普通に子どももアンデッドになっちゃいそうだしな……。末裔にまで進化するのハードそうだよな……。
てかアンデッドの末裔ってフレーズがすごいな……。死んでるのに末代まで生きてるんだもんな……。
そういや吸血鬼の末裔は日の光も平気なんだよな……。この強烈な日差しに焼かれて死なないってすごいな……。人間より吸血鬼の末裔の方が強いんじゃないかな……。
いや自覚してないだけで、もしかしたら私の方が吸血鬼で紅太くんと緋人くんとかの方が人間だったりして……。
えっ私そうだったの……?
やだこのままだと日に当たってしんじゃう……。
って、んなわけあるかい。
なんで私は朝からゾンビと吸血鬼に思いを馳せているんだ。後者はまだしも前者はなんだよ。
いかんな。ここまで眠いと思考がいつも以上にとめどないな。
明日は……いや、もう今日か。今日は絶対にさっさと寝てやる。
私は寝不足の原因を思い返し、盛大に息を吐き出した。
昨夜あれから。
元から隠す気もなさそうだったけど、本性をさらけ出したところの緋人くんに、村上くんは一部始終を語ることなり。ついでに事実を緋人くんに隠匿しようとしたことに対して笑顔で(怖い)怒られ、スイッチの入ったスーパー攻め様の餌食になることとなった。
後半はちょっと涙目だった気がするけど、見なかったことにしてあげよう。廊下も暗かったしね。気のせい気のせい。
村上くんは、とりあえず無事であるということだけ申し添えておこう。
私はその有様を、にやにや……違った、そわそわ……これも違った、とても! はらはらと! 静観していたのだけれど。
解散した後に布団に入っても全く寝付けず、ほぼ完徹状態である。
だって、しょうがないじゃない。
「合宿中に、また狙われる可能性がある。気を抜かないで、身の回りに気をつけろよ」
なんてさー。
言われたらさー!
口の中をゆすいで、鏡の中の自分(目付きがひどい)とにらめっこしながら、霧がかったようにぼんやりした頭で考える。
一体、どうして私が襲われたのか。
一体、誰がこんなことをしたのか。
とはいえ。
暗がりで顔を見ていないので相手のことは全然分からない。襲われた理由に心当たりもない。どの方面からも全く推測のしようがなかった。
いやね、確かに。
確かにね?
こう、変態ぶりでご迷惑をおかけしている方々はおりますけれども。
その当事者は、半数がまだ合宿には来てないし。そもそも、そんなことをするような人たちじゃあない。何か不満があるなら面と向かってツッコミを入れてくれるだろう。
うーん。これまでの人生、ここまで恨まれるようなこと……も、多分、してはいない、はずなんだけど。
百パーセント純粋無垢かつ人畜無害に生きてきたとは、断言はできない。自分が無自覚なところで人から恨みをかってしまった可能性はある。
それから今の私のつつかれたくない部分である、紅太くんや緋人くん、蒼兄や藍ちゃん、亜種の彼らのことが関わってくる可能性も。ゼロじゃない、だろう。
村上くんから聞いて、いろいろな陣営がいると知った今だからこそ、思いつけたことだけど。
たとえば、私が彼らに関わっていることがまずいと感じる陣営がいて、私が吸血鬼の被血者であることをよしとしない人がいるとか。
だがそれこそ、私の立場で推測するのはお手上げだ。分からないことが多すぎる。
事情を知った緋人くんは難しい表情で考え込んでいたけど、流石に情報が少なすぎるのか、彼も犯人や動機については何も言及しなかった。心当たりがないか、万が一思い当たる節があるとしても、現状ではあまりに憶測が過ぎるのだろう。
あのエスパーばりに聡明な緋人くんがこうなのである。私に見当がつくはずもなかった。
だから昨夜は情報共有の後に、「私は身の回りに注意すること」「村上くんと緋人くんも注意を配りつつ、二人の間で情報を共有すること」などを確認して解散となった。
でも考えてもしようがないとは分かりつつ、ぐるぐると思考が渦巻いて仕方がない。
だってそうでしょう?
一応、たぶん私は命を狙われたわけだし。それがまたやって来るかもしれない、なんて状況だ。気が休まるはずもなかった。
おかげで昨日はほとんど眠れなかったのだ。くっそ、眠い……。
もっとも、考え込んでしまう理由の一つには。
目下こなさなければならない、緋人くんから言い渡された課題が、あったからなんだけど。
自分の顔を睨み付けたまま悶々とまた考え込みそうになったが、人の気配がして、私はびくりと姿勢を正した。
が、やって来たのが気の置けない相手だったので、また私は脱力する。
「あ、おはよう環」
「ひどい顔してるぞお前」
「……オール明け」
「よくやるよな。発表で寝るなよ」
「明日は寝るもん……」
事情は話さず、簡単に告げた。環に相談するか悩むところではあるけど、村上くんには口外厳禁と言われているし。少なくとも今この場で話すべきじゃない。
まだ寝間着のTシャツとハーフパンツ姿でだらけきった私に対し、環は既にフルメイクだ。ミント色のブラウスに、ぱっきりと鮮やかなブルーのフレアスカートを着ている。相変わらずお美しくいらっしゃる。
朝からいいものを見せて貰った。大変によろしい。ちょっと元気出たわ。
ほっこりとして、環様の御姿を眺めていると。
「やあ、おはよう二人とも!」
さながら王子の如く爽やかな挨拶と共に、ふわりと風が起きた。
目の前で、環のスカートが艶やかにはためく。
「黒か。これなら風呂でも、他の野郎どもから目立たないかもね」
じっと環の下半身を見つめ、藍ちゃんは至極真顔で頷いた。
…………。
藍ちゃん何しました!?
環さんのスカートめくりました!?!?
なにとんでもないことしました漁夫の利!?!?!?
一瞬だったけど正面から見ちゃった……。
控えめについてたレース可愛い……。
刺激が強くて動悸が……。
下着まで手を抜かない環さん最高かよ……。
しかも黒って、黒っておま、黒って、黒って君、黒って。黒。
「なななななな何しやがる!?」
環はスカートを押さえながら、赤面して振り返る。
乙女?
乙女がいるよ???
「ワコールのサルートのボーイレングスか。いい趣味だね」
「言うな! 当てるな!! バーカバーカ!!!」
「いいじゃないか減るもんじゃないし」
「減る! 削れる!! バーカバーカ!!!」
乙女!
乙女がいるよ!!!!!
環は、いつもの姿からは想像できないひどく取り乱した口調で、藍ちゃんにくってかかっている。
語彙が。語彙が、環。落ち着いて、環。分かるけど。
可愛いな?
つうかワコールのサルートとか私も欲しいよ!?
だいぶ奮発してるね環!?
勝負下着なの!?
……合宿でなんの勝負をする気なの!?!?!?
「めくられたそうな尻つきをしていた君が悪いんだよ」
「お前の言説は強姦魔か痴漢のそれだぞ」
環はじとりと藍ちゃんを睨み付けた。
全く。朝から刺激の強いものをみせないでいただきたい。
寝不足の私にはダメージが大きすぎるんだ、全く。
環がやや平静を取り戻したおかげで、私も一緒に平静を取り戻すと。ふと、あることに気がついた。
「環、来るの早いね?」
予定だと、環は今日の昼に到着予定だったはずだ。
環のバイトは家庭教師だ。遅いときは夜の十時くらいまで生徒の勉強をみている。昨日も遅い時間まで授業が入っていたため、合宿先の終電に間に合わないから、翌朝に出てくると聞いていたのだ。
私の素朴な疑問に、環は少し言いよどむ。
「ああ。ちょっと予定が変わってな」
「ボクが一緒に乗せてきたんだよ」
語尾の弱まった環の言葉を、藍ちゃんがにこやかに引き取る。
あまりに自然な物言いに、そのまま納得しそうになってしまったが。ワンテンポ遅れて、私は言われた中身に気付く。
……なんですと?
え、環?
え?
藍ちゃんが?
乗せ??
え???
「昨日の夜、ボクが愛車のミニで環のバイト先まで乗り付けて、拾っていったんだ。
だけど環はボクと同時に合宿先に来るのは嫌だと言ってねぇ。仕方がないからラブホに連れ込んだんだ。それでボクだけ夜にこっちへ来たんだよ。
でも環はうっかり着替えをボクのミニに詰んだままでさ。で、今朝早くに環を迎えに行って、着替えさせてから連れ帰ってきたところってわけ」
待って。
情報が。
情報量が、多い。
えーっと。
ミニって、あのミニ? ミニカじゃなく? ミニ?
え? 学生?
藍ちゃんガチ王子??
むしろ野獣???
いや、違う。
そこも充分かなりとってもツッコミどころではあるけど本題じゃない。本題じゃあないんだ。
あの、その、えーっと。
……だめだ頭が働かない!!!!!
えっ?
呼び捨て?
お迎え??
二人で夜の長距離ドライブ???
ラブホ連れ込????
着替え?????
……藍ちゃんが運転する攻めの車でのラブがメイクな手取り足取り朝がチュンな監禁王子(♀)×傾国美女(♂)ァィェェェェェーーーーー!?!?!?!?!?
「違うからな、白香!!!」
藍ちゃんを押しのけ、必死の形相で環が私の両肩を掴む。
「ラブホに行ったのは、辺りにビジホがどこにもなくて、泊まれるところがそこしかなかったからであって。
それに、なんかいちいち意味深な風に言ってるけど、何もなかったからな! こいつは部屋の中には一歩も入らせなかったからな!」
言い方が完全に受けのそれだよ環。
っていうか環が貞操を守る側なのかよ。
もう私は駄目だよ。
私が何もコメントできずに無の境地で硬直していると、顔の前で藍ちゃんがひらひらと手を振ったのが見えた。
「あらあら。完全にショートしてるねぇ、白香ちゃん」
「誤解と混乱しか招かねぇ説明したのはお前だろ!?」
「つれないねぇ。ラブホ代だってボクが出したっていうのに」
「お前が勝手に精算機にゴールドのクレカぶち込んだんだろうがァ!」
「ぶち込んだ、なんて乱暴だなぁ。でも、そういう激しいのも嫌いじゃないよ?」
「おい白香! 違うからな!!!」
二人のやりとりが、まるで遙か遠くから聞こえてくるかのようだった。水の中から地上の音を聞いているみたいだ。
だけど、呆然としていて聞き取りづらいわけではない。むしろ、しっかり一言一句、脳内に記憶されていく。
機能停止したまま一部だけフル回転していた私の体に、ひずみで限界がきたのか、鼻の下に生温かいものが伝う。
「あらら。血が出ちゃったねぇ」
藍ちゃんは親指で私の血を拭い取った。
「吸血鬼の奴らに見つかる前に、ボクが舐めとってあげようか」
「させるかよバーカバーカ! お前もうどっか行けよ!!!」
君たち。
君たちね。
そのやり取りすら今の私には致死量の刺激になるので、やめていただきたいもっとやれ。
決して。
決してこれは、やましいことやいかがわしいことで、妄想が
断じてこれは、寝不足による機能不全のせいなんですよ。
全部、太陽のせい。
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