10章:村上唯一は調停者である(合宿1日目夜)
第56話 恋バナという名の癖バナ
午前中を移動に費やし、ペンションに着いたらすぐにお昼と学習会を済ませ、合宿初日はバタバタと過ぎていった。一息ついた時には、もう夕方である。
「ねぇねぇ、望月ちゃん」
夕食前の空き時間。部屋で荷物を整理し終えたところで、にわかに声をかけられ振り返る。
そこには、二年生の秋本千代先輩と、安村凛子先輩(通称あむりん先輩)が、目を輝かせて待機していた。
「望月ちゃんって。奥村のこと、どう思ってるの?」
どう思ってるかって?
そりゃあもう、笑顔の貴公子の皮を被った、スーパー攻め様です!
数多の属性を併せ持った、素晴らしき性癖の権化の一人です!!!!!
……とは、言えない。
なので、極めて無難な切り返しをする。
「奥村くんは優しいですし、物腰も柔らかいので、同期の中では話しやすい方ですかねぇ」
……あまりにひどい嘘を吐いてしまったので口が曲がりそうだ……。
神様ごめんなさい……私が悪いんじゃないんです……。
全部あの属性過多な暗黒微笑の緋人様が悪いんです……。
私の葛藤を知るよしもなく、先輩たちはずいと顔を近づけてくる。
「ほんとに? ほんとにそれだけ?」
「だって、さっきのバスでも隣に座ってたじゃん」
うおおおおう。
さっきの質問もそんなこったろうとは思ったけど。
やはり、来たな……!?
バスで緋人くんが隣に来た時点で、サークル員の誰かにそう勘ぐられる可能性を、考えないではなかった。
というか、かなりの高確率で来るとは思っていた。それは私だけじゃなく緋人くんも一緒である。
なので、その辺の対策は抜かりない。
「奥村くん、乗り物に酔いやすいみたいで、気を紛らわすのに話し相手が欲しかったみたいですよ。他の一年はもう別の人と座ってたから、消去法で私のところに来たみたいで」
これは事前に、緋人くんと口裏を合わせた言い訳である。
嘘八百だ。嘘エイトオーオーだ。
実際には生まれてこの方、一度も酔ったことがないらしい。だけど、バスの中で周りと会話するのが面倒くさい時に、よくこの言い訳を使うそうだった。
あの人は多分、嵐の海を船で渡っても酔いそうにない。
なぁんだ、と少々残念そうな声を上げながら、しかし先輩たちはなおも食い下がる。
「でも一年生の中だと、奥村くんとは結構、話してるよね」
「前期の班が一緒でしたからね」
「あとあれか。若林も?」
「若林くんは奥村くんと仲がいいんで、その流れで」
今のところは、平然とにこやかに受け答えができていたけど。内心は冷や汗ものだった。
吸血鬼の二人に血を提供している間柄だということがバレないかってのについても、そうだけれど。
ちょっと今は、若林くん周りをつつかれるのは、非常によろしくない。本当によろしくない。そのうちボロが出かねない。
なので、無理矢理に話を逸らす。
「だけど。最初はその二人くらいしか話せる同期がいなかったんですが、環や藍ちゃんが入ってくれて、本当によかったです」
その言葉に、先輩たちは顔を見合わせ、頷く。
「本当だよねぇ。最初は望月ちゃん一人で、肩身狭かったもんね」
「心配してたんだけど、よかったね。今日から有栖川さんも入って、女子が三人になったしね」
よし。ちょっと現実を思い出す人の名前も出てしまったけど、さておき試みには成功した。
このまま無事に会話が別の方向に流れるか、と思いきや。
「じゃあさ。一年生男子の中だと、誰が好み?」
別の方向ではあるけど、大きいカテゴリでいえば同じところに戻ってきてしまった。
うん。よくあるよくある。一度、恋バナスイッチ入ると、なかなか切り替わらないよね!
その問いに。
初めて少し、私は悩んで唸った。
ううん。悩んでいるわけでは、ない。
自分の中で、明確な回答はある、あるのだけれども。
それだけに。逆に、答えづらい。
……一般論だ、一般論!
いや私の主観だから一般論じゃないんだけど!!
あくまでこれは仮定の話だ!!!
具体的にどうこういう話じゃあない!!!!!
「一年生の中なら、若林くんですかね」
努めて何でもない風を装ってした返答に、「どの辺が?」と間髪入れず追求が続く。
多少、茶化した方が無難ではあるんだろうけど。
かといって馬鹿正直に、
『ギムナジウム系の隠れ僕呼び銀髪赤目な大天使だからです!!!!!』
……とは、言えない。
「細い体型の人のが好きなんですよねぇ。結構、がっしりした人が多いじゃないですか、一年。長谷川くんとか村上くんとか」
さらりと答えた後で、攪乱するために更に付け加える。
「まあ体型でいうと環もいい線ですけどね!(あの白くて細い足は大変素晴らしいですね撫でまくりたい!)
見た目でいうなら、奥村くんの優しい感じの顔は嫌いじゃないですけど。(むしろ彼はあの二面性が最高にごちそうさまって奴ですね黒い笑顔ゾクゾクする!)
あと中身だと、蒲沢くんと安室くんは苦労性のいい人オーラが出てますよね。(まあ蒼兄は本性の俺様モードがとんでもない萌えの塊なんだけどね!)
でも実際のとこ、男子よか藍ちゃんが一番イケメンで最高じゃないですか?(実は一番やばい方ですけどね! 友だちとして好きですけど私ちょっと貞操が心配です!)」
最初の人物を推しすぎず、ついでに他の人も引き合いに出せば。
まあ、勘ぐられ過ぎることはないだろう。
ちょっと引き合いに出しすぎた気もするけど!
本音を飲み込みまくってるけど!!!
嘘、は、ついていない。
ただ、言わなかっただけだ。
体型だけじゃなく。
見た目も、中身も、好みなんだって、ことは。
そして。
そこから夕食の時間までの三十分、先輩たちと一年生男子について、ひいては二年三年の先輩たちについて談義が成されることとなった。
結果。先輩たちもそれぞれに素敵な性癖をお持ちで、意外にその手の話がイケるクチだということが判明し、図らずも意気投合してしまったのは、また別の話である。
******
本日最後のプログラムである飲み会の開始を控えた、合宿初日の夜。
お風呂場に向かう途中で、お風呂から出てきた有栖川桃子さんとエンカウントした。
彼女は本日、終始、誰かに囲まれていた。同じ一年生女子だということで、先輩たちを挟んで一度、挨拶を交わしたけれど、それ以来だ。部屋も別なので、二人で話す機会はなかった。
様々なことが頭をよぎって、どきりとする。
何か話さなくては。
でも、何を話そう。
不自然に口ごもりかけたが、幸いその前に彼女の方から声をかけてくれた。
「望月白香さん、ですよね?
この前は突然ごめんなさい」
そう控えめな口調で言って、彼女は軽く頭を下げた。
やだ、さらりと垂れ下がった、しっとりと濡れそぼる黒髪が大変麗しいんですけれども。
湯上がりの彼女は、足首までのロングスカートだった昼間と違い、パフスリーブのTシャツにショートパンツという無防備な出で立ちである。惜しげもなく晒した細い足が、目によろしくない。大変によろしくない。
駄目だそんなもの男子の前に晒しちゃァ!
暴動が起こるぞ!!!
部屋に隠しておかねば反乱が起こるぞ!!!!!
反乱って何だ。
安全のために浴衣着てくださりません? 浴衣……。
うなじ……。
湯上がり美人……。
アッ駄目これも危険……。
そんな浴衣美人は、いや違った浴衣じゃなかった、有栖川さんは、柔和な笑顔を浮かべる。
「同じ一年生同士、仲良くしてくださいね」
「こちらこそ、よろしくです!」
ああ、やっぱ可愛いなあ。
藍ちゃんに引き続き、目の保養が増えてしまいましたな……。素晴らしい……。
うん。
若林くんに思うところは色々あったけど、彼女には何も関係がない。とばっちりもいいところだろう。
この前のことは、それはそれとして。気持ちを切り替えて、切り分けないとね。
有栖川さんとも、仲良くなれるといいなぁ。
「ときに、一つだけ。お伝えしておこうと思うのですけれども」
挨拶を終えて、再び歩き始めてからの、すれ違いざま。
彼女は、私の耳元で、囁く。
「貴女は、私の敵と認識いたしました」
……はい?
ばっと後ろを振り返り、背を向けた有栖川さんにおずおずと話しかける。
「えっと、その?」
「別に、今すぐどうこうするつもりはないのよ? 同じサークルの同期として仲良くなりたいという気持ちに、嘘偽りはありません。
だけど、それとこれとは話が別なの」
ゆっくりと、彼女は肩越しに振り返る。
「そうそう、それと。
あの日の醜態は、黙っていてくださいね。じゃないと私。貴女にも、緋人さんと同じような衝動を向けてしまうかもしれません」
有栖川さんは、口元へ微笑を浮かべて言う。
「お引き留めしてすみませんでした。溺死しないようにお気をつけて。
仲良く、してくださいね?」
その一声を告げると。有栖川さんは何事もなかったかのように、廊下の奥へ消えていった。
後には、冷や汗を流して、立ち尽くした私が取り残される。
……怖い。
怖いよぉぉぉぉぉぉ!!!!!
脳内で絶叫すると。金縛りが解けたように、私はたたらを踏んだ。
一刻も早く彼女と物理的な距離を取ろうと、胸に抱えた着替えを抱きしめ、有栖川さんの部屋とは反対方向に駆け出す。
今の時間帯、廊下に出ているサークル員はほとんどいない。皆、既に宴会場に移動している人がほとんどのようだった。
こんなことなら、先輩たちと一緒に、先にお風呂に入ってくるんだった!
皆が入ってる時間帯は、廊下に出て誰かさんと顔合わせたらやだなって思って、部屋に引きこもってたんだよー! そんなことするんじゃなかった!!
あんなことを言われた直後に、一人でお風呂行くの怖い! 怖すぎる!!!
とはいえ、着替えを抱えたまま宴会場にはいけない。
だけど、このまま部屋に戻るのだって気まずい。
あーん藍ちゃん早く来てくれ!
そうしたら藍ちゃんと一緒に入るって名目ができるのに!!
それはそれで危険な気がしなくもないですけど!!!
悩みながら走った挙げ句。
私は階段を駆け下り、一階の玄関ロビーに辿り着いていた。
まだ十九時半過ぎだが、ひと気はない。さっきも言ったように、もう宴会場に移動している人が大半だからだ。飲み会は二十時開始だが、早々に始めてしまっている人もいるのだろう。
このペンションは私たちで貸し切りになっているので、他のお客さんもいない。迎える人のいないロビーは既に薄暗かった。
うん。部屋に戻ろう。
飲み会開始の時間までに間に合うか怪しかったから、諦めて戻ってきたってことにしよう。
少しだけ冷静になった私は、きびすを返して戻ろうとするが。
回れ右をする前に、後ろから誰かに口を塞がれた。
突然のことに驚いて声をあげるが、むぐ、とそれは口に当てられた布にかき消される。
そして、状況を認識する間もなく。
首に、細長い紐が巻かれた。
そのまま私の首は、紐でぎりりと締め上げられる。
抱えていた着替えが床に落ちるが、それに構う余裕などない。
なに、しろ。
息が、できない。
どうにか逃れようともがくが、うまく紐を握ることすらできずに、自分の皮膚を、ひっかくばかりだ。
まさか、とは、思うけど。
わた、し。
このまま、殺されるの?
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