killing machine

 重戦車型の威容は対峙した者に死を覚悟させる。爽快感さえ伴わせる諦念を胸に、兵士は〈陸の戦艦〉を見上げる。巨体を支えるために採用されたものは従来のキャタピラ機構。〈イーバ〉の中で唯一多脚型でない陸戦機。

 勝てるかもしれないといった期待、勝ってみせるといった決意を等しく踏み躙り、絶頂に至るまでのあらゆる艱難辛苦を均一に押し広げるかのように轍はまっすぐと刻まれていく。

 ロードローラーで硬く整備されていくようだと思う。

 シデンにとって忘れられようのない初陣の日、重戦車型と遭遇した。自分は戦場に相応しくなかったのだと悟り、それではいつ相応しくなれるのかと問うた。廃ビルの陰で至極人間らしい悩みに浸っている間に、隊の七割が死んだ。

 咄嗟の行動は到底許されるものではなかった。

〈オルアデス〉のエンジンを切った。息を止めて抗戦の意志を示さなければ見逃してくれるのではないかと、一縷の希望に縋ったのだ。

 エンジン音の絶えた操縦室に外の音が届く。

 砲声/また誰かが死んだ。

 暗転したレーダースクリーンには何も映らない。僚機の安否を確かめる術は己で絶った。

 擱座した〈オルアデス〉に乗り上げたのか、重戦車型の駆動音に鋼が断裂する音が混ざる。シデンは恐怖に支配されていた。立ち止まっていることに焦り、けれど、動き出すことにも勇気を強いられた。

 音が遠のき、自分の鼓動を感じられるようになってから初めて、シデンは動き出した。キャノピを開ける。初めて嗅いだ戦場の臭いに嗚咽がこみ上げ、そのまま吐き出した。口腔内が焼ける不快感に生残したことを見いだし、胃腸の喘鳴を心地よく思った。

「誰か……」

 圧し潰されて都市の一部となった〈オルアデス〉を見つける。その中の人間がどうなったのか、シデンには分からない。遺体の一部さえも見つからない。

「これが〈イーバ〉か……これが戦争の末路か」

 震える腕で体を掻き抱き、シデンは焼かれるような恥辱に頽れた。

 逃げた。逃げて、ただ一人だけ生き残った。

 自分が奮戦したからといって結果が覆ったとは思えない。

 それでも、己の未熟を許せないという純粋な怒りは後の英傑を生んだ。


 ワイヤーアンカーを固定した壁面へと、粘着榴弾HESHが飛来する。すでに巻き取りは開始していた。着弾と起爆のわずかな時間差が、この場合、致命的な脅威となった。

《パージしろ、隊長!》

 言われるまでもなく。〈オルアデス〉の第一左脚をパージ/慣性に抗うため主砲を放つ。

 着地の衝撃でモニターに警告アラートが灯る。損傷箇所の点検/走行に問題なし。

「進め!」叫ぶと同時にシデンの機体も動き出す。

 背後に重戦車型の一団を携えての進軍――〈オルアデス〉の主砲は全方位へと旋回可能だが、前後の情報を認識できる者は精鋭揃いのセルヴェス小隊にも少ない。僚機は如実に削られていく一方で、敵機への有効打は極端に少ない。もはや特攻と変わりない無謀な前進は、シンジュクを目前としたところで反撃の嚆矢へと姿を変えた。

 重戦車型の脅威は苛烈なる火力であり、巨体に見合わぬ駆動力であり、軽戦車型の装甲を上回る強靭さにあった。攻め入る隙はわずかに一点。兵器である以上欠かすことのできない給油口――その一点だけが、堅牢なる敵を打ち破る術だった。

 しかしながら、それを突くことは容易ではない。上背部に位置しようと立体機動を仕かけても、高所からの狙撃を画策しても、足場そのものを純粋な火力で崩されてしまう。制空権を奪われた連邦軍に空爆という選択肢はなく、偵察型チャフが展開する空では誘導兵器は役に立たない。

 あとはせいぜい高射砲くらいのもので、人類は重戦車型に太刀打ちする術をほとんど保有していないと言える。あくまでも、戦闘継続を放棄しなければ。

《二〇二工作隊よりセルヴェス小隊へ。設置完了。タイミングは委ねる》

「こちらセルヴェス小隊、カウント九〇。貴官らの退避は?」

《心配無用だ。そちらこそ巻き込まれるなよ》

了解したコピー

 通信切換/僚機へと。メインモニタの右下方に表示されたカウントダウンを凝視しつつ、シデンは胆力を発露させながら〈オルアデス〉を駆る。勘付かれるわけにはいかない。この一撃が有効でなかったとき、セルヴェス小隊は潰えると予感があった。

 狙い澄ますはわずか一瞬の時/根拠は己の勘と部下への信頼。

 計算によらない戦術。〈イーバ〉が持ちようのない〈人心〉による選択。

 カウント八——シデンは発令した。

「全機散開、立体機動に移れ」

 一斉に射出されるワイヤーアンカー。鋼線が複雑に交錯するビル群の空へと、〈オルアデス〉の灰色の巨体が舞い上がる。左右のワイヤーを巧みに巻き取って体勢を整える。重戦車型の追尾は速かった。初撃必殺の砲塔が旋回する。信管の爆ぜる光だろう――砲身の最奥で放たれた光さえ、正対するセルヴェス小隊の面々は認識した。

 しかし、その凶弾が加速しながら砲身を突き抜けるよりも先に、都市を揺るがす爆発が起こった。重戦車型が巨体を預ける地面そのものに亀裂が走り、崩落した。〈陸の戦艦〉の自重も相まって、さながら蟻地獄に呑み込まれていくかのように『地下』へと落ちていく。

〈イーバ〉は知らない。

 共存を選択肢から除外し、排除と占領のみに執心してきた〈イーバ〉は知らない。

 彼等が〈コフィン〉を墜落させ、征野と仕立て上げた都市の地下に広がる構造を。

 傾いだ砲塔は狙いを外し、崩落の影響で潰れた砲身は暴発を招いた。頭上には連邦軍の益荒男達が陣取っていた。初めに発砲したのはシデンかもしれないし、そうでないかもしれない。正確に着弾したかどうかも定かではない。

 しかし、砕けるほどにトリガーを押したのち車体が揺れ、眼下の重戦車型が火を噴いたとき、シデンはヴィジョンを視た。息を潜めることしかできなかった卑猥な自分が、蛹を破り、今まさに翅を広げたのだという喜びだった。

 このまま気を失ってもおかしくないほどの安堵感に満たされながら、シデンは〈オルアデス〉を回頭させた。〈コフィン〉へと。ただひたすらに目指してきた〈イーバ〉の母艦へと。

「続け」

 抑揚もなく告げたのち、シデンは気付く。

 重戦車型を一網打尽にしたにもかかわらず、僚機の面々が歓声を上げていないことに。思わずレーダースクリーンを確かめ、恥じらいから苦笑を浮かべた。

 そして、誇らしさを覚えた。

 戦場の一瞬の歓喜に溺れることなく、〈イーバ〉の殲滅機構キリングマシーンとして忠実に動き続ける部下へと熱い賛辞を送り、目前へと迫った〈コフィン〉を見上げた。

 棺桶に相応しく沈黙を保つ白磁の塔。内部に何がいるのかは杳として知れない。〈リトルマザー〉の叔母がいるかも定かではないが、〈イーバ〉の拠点を潰すことは、戦術的にも、消沈しかけている連邦軍を奮起させる意味合いでも有効打であることに間違いはなかった。

 最も、容易ではないだろうが。

(成し遂げてみせる。あの戦場で息を殺した俺には、その責務がある)

 意気込むシデンを嘲笑うように、悟られねように静かに、〈コフィン〉に変化があった。

 所詮、決意は決意でしかなく、望外へと展開することが常である。

 シデンにとって救いがあるとすれば、それは――……彼が群れの一員であることに尽きた。

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