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斥候型の重機関銃が演出する弾雨の只中を進む。コンクリートが砕け、砂塵による幕が形成される。遮られた視界を晴らすように、軽戦車型の放つ高速徹甲弾がうねりながら飛来する。避けようと思って避けられるものでもない。鋼鉄の蜘蛛に納められた兵士達は、ただ、死神に笑まれることのないように願うしかなかった。
「進め」シデンは叫ぶ。「臆せば死するぞ。既に退路は断たれた。前進以外に道はない」
誘導兵器の断たれた
シデンはただの兵士だった。電子世界を認識する肌を持たなければ、他人と
しかしながら、彼を〈エンハンサー〉と同等の英傑へと至らしめるものがあるとすれば、それは蛮勇に他ならなかった。彼は恐れない。彼が臆することはない。
思考はどこまでも怜悧に/砂塵の幕の揺らめきから敵の位置を知る。
感情はどこまでも冷徹に/仲間の機体が高速徹甲弾に貫かれ、悲鳴を上げることも能わずに炎上、爆散する。レーダースクリーンから輝点が消えたことだけを確かめる。
弔いは後だった。すべてが終わったあとにのみ、故人を偲ぶ。
今はただ、眼前の敵を――
ワイヤーアンカーを射出/固定/〈オルアデス〉の脚部が大地を穿つ/立体機動の展開。
砂塵の幕の向こう側へ。
視界が晴れる。軽戦車型を視認。その形状は、一言で表せば〈
だからこその、正対を避けた立体機動の選択。
シデンの軌道を追って主砲が旋回する。優れた演算機構による操舵に迷いはなく、最低限の動作で照準を合わされる。だが、シデンの方が速かった。上背部からの射撃、空中にあったままの機体は反動で乱れたが、放たれた砲弾は正確無比の軌道を辿った。
〈オルアデス〉の脚が着地とともに斥候型を貫く。爆発音がふたつ、操縦席へと届いた。
シデン率いるセルヴェス小隊の現在地はコクブンジ――シンジュクまでおよそ二十五キロ。
「セルヴェス小隊が〈
「観測班より入電——〈コフィン〉より第二波の射出を確認。重戦車型と推定」
「降下予測地点、出ました。セルヴェス小隊は一時停止――砲撃隊は照準合わせ――」
管制室の中央でモニターを凝視しながら、シュナイゼルはわずかに眉根を寄せた。シデンの率いるセルヴェス小隊に留まらず、各隊の戦果は華々しい。撃破された機体の数も予測していたよりはるかに少なく、順調に〈コフィン〉へと近付いている。
(そうだというのに、この胸の
連邦軍の戦力を過少に評価しているつもりはない。シデンを筆頭に選りすぐりの精鋭をかき集めた自負もある。作戦が順調であることに疑問を差し挟む余地などなかった。
(だが、こんなにも容易なのであれば、我々が攻めあぐねてきた五年間に説明がつかない。懐に誘い込んでいるとして、その目的は何だ)
脳裏で〈イーバ〉の機体を列挙する。
広範囲に展開して情報を収集する偵察型。小型ながら機動力に優れた斥候型。強固な正面装甲と火力で以って着実に戦場を制圧する軽戦車型。そして、〈オルアデス〉の数倍にも及ぶ巨体と十五門にも及ぶ砲塔を備えた〈陸の戦艦〉——重戦車型。これら以外には機体の輸送を担う〈鞘〉と〈コフィン〉そのものの有する制空能力。
挙げてみれば何と少ないことか。
たかだかその程度の、言ってしまえば単純な兵器に辛酸を舐め続けてきた。何か、得体の知れないものが待ち受けている。確信を以ってシュナイゼルは作戦参謀を呼び寄せる。
「新型の導入、あるいは全てを灰燼に帰す用意が〈イーバ〉にはある。至急全部隊に通達――警戒を厳とせよ。腕の見せ所だ、作戦参謀。奴等の目論見を暴くぞ」
シュナイゼルの予感は半ば的中していた。
重戦車型との激闘――シデンの精神は否応なしに摩耗していたが、胆力で押さえつけて〈オルアデス〉を駆る。
レーダースクリーンを見る。現在地はオギクボ、〈コフィン〉まで十キロを切った。
だが、すでに部隊の損耗率は四割に上っていた。
〈隊長、部隊の損耗率が三割を切ったら作戦失敗だとどこかで読んだ〉
僚機からの通信。
「そいつは星暦以前の情報だ。今さらあてにするものでもない」
〈けど、
「そいつは五世紀以上前の情報だ。我々にあてはめる道理もない」
部下には聞こえないよう静かに息を吐き、シュナイゼルへと通信を繋ぐ。
「
シュナイゼルへの信頼よりも先に、理由を告げようと口が動いた。
「我々はここで勝たねばなりません」
〈オルアデス〉を回頭させ、ワイヤーアンカーを射出/弾雨の途切れる瞬間を探りながら命令を口にする。その声は決して荒げられることなく、一種の冷酷さを纏わりながら届く。
「セルヴェス小隊各員に告ぐ。重戦車型を誘引せよ」
巻き取り開始/立体機動の展開/遮蔽物から機体を曝す。
重戦車型の威容が見えた。
砲塔が旋回する。シデンの意識は限界まで研ぎ澄まされていく。世界の情報は削ぎ落されていき、音と色が途絶えた光景の中、重戦車型の機影だけを捉える。
先陣を切った者が手柄を上げるか、力及ばずに打ち砕けるか。それが隊長格ともなれば意味合いは大きく変わる。この状況において、シデンに死することは許されなかった。
砲撃と衝動/揺れ動く機体の中でも操縦に乱れはなかった。
音が戻った。視界が開き、重戦車型の姿はそこになく、彼方に〈コフィン〉が聳えていた。
歓声と鬨の声が通信を満たす。
「付いて来い、〈イーバ〉」
背後からの砲撃に怯むことなく、セルヴェス小隊は東北東へと進路を取った。
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