カナリアのさえずり -Anti-meaning-

I can't call yet

〈シンジュク・コフィン〉を中心として四〇キロメートル圏内に位置するタチカワ、ヨコハマ、カスカベ、ナラシノの四基地が此度の攻略戦に供されることとなった。

 地球連邦軍初となる〈コフィン〉攻略に司令部は兵員と物資を惜しみなく注ぎ込もうとしたが、現地での情勢はそれを許さなかった。地球連邦第十六エリア〈ニホン〉——約三八万平方キロメートルと小さな列島に襲来した〈コフィン〉の数は二十。そこかしこで日常的に戦闘が勃発する現状では大規模な兵力の移動はできず、物量戦を諦めた司令部へと具申されたのが特殊作戦群の登用だった。連邦軍としても特殊作戦群の戦略的価値は認識していたが、命令系統を異にする形で運用され続けてきたことから、中心的役割を担うタチカワではなく南部からの支援を担うヨコハマへと所属させる采配が下された。


 ヨコハマの海は穏やかだった。

 特殊作戦群の面々はキョウトから陸路でオオサカに移り、海路で〈オルアデス〉と人員を一挙にヨコハマまで移した。輸送船から降ろされていく愛機を見つめながら、フラットは電子世界の声へと耳を澄ます。これから展開される大規模攻勢を前に電子世界は唸るように騒めきながらも、統一されたひとつの意思に満たされていた。

 戻ってきた、と感じるのは何度目か。

 回収屋としての規格外のものではなく、連邦軍が制式採用する戦車搭乗服を着込み、フラットは北に位置するであろう〈シンジュク・コフィン〉へと目を向けた。その威容を見ることは当然ながらできなかったが、瞼の裏には確かに映じられていた。

 激動の日々だった。

 五年前の悲劇からフラットが安息を感じた日々はなかったが、シャーレイ=プリンセスが人類の前に現れてからの数ヶ月は殊更に濃密であったといえる。

 予測していたとは、到底言えない。信じられるだろうか。数多ある雑兵の一人でしかなかった自分が反撃の瞬間に立ち会うなど――。それも〈イーバ〉の姫君と共に。

「因果というものは、つくづく予想から外れるものだな」

「それを手繰り寄せたのは紛うことなくあなたの選択によるものです」

 シャーレイの指摘。

 軍港に停泊する船上で、隣に少女が立っていること。それも現実離れした状況だった。

「……本当にいいのか」

 何をいまさら、と非難するようにシャーレイはフラットと同じ方角を見据えた。

「そうでなければ、私は〈コフィン〉から飛び出してはいません」

「そうだったな」

「あなたに命を預けることを訊いているのであれば、それこそ愚問です」

 過剰な期待は苦手だった。掛値のない信頼も。背負うべきものが多くなるほど息が詰まる。だが、それを受け流せる程度には、フラットもこの二年間で実力を培った。

「行くぞ、ブリーフィングの時間だ」

「えぇ」

 パートナーとは、まだ呼べない。

 呼ぶつもりはあるのかと問われれば、それもまだ、分からなかった。

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