how to make a avenger

「承認? そのようなものを僕に求める必要はない。君の提案はシャーレイ=プリンセスの生存率を飛躍的に高め、戦術的価値を比類なきまでに発揮させる」

 スガヤはフラット=グリムリーパーと共に特殊戦基地の最奥にいた。天井から鈴生りに吊るされた機械人形の群れ。毛髪はなく、眼窩の窪みや鼻梁の高さによって辛うじて人間のカタチを成しているが、あからさまに人間に近付けることはされなかった人形の群れ。

 プリンセスのギフトを発露させるための道具たち。あるいは消耗を前提とした素体マテリアル

「正直に言って」と、スガヤは鉄柵に上半身を預けながら端然と言う。

「君は拒否すると思っていた。君にこの選択を強いるのは僕の命令によるものだと思っていた。まさか、提案されるとは……。責めているわけじゃない。冷酷だと詰っているわけでもない。僕は君に問いたい。本当に、それでいいのか? 君の精神はそれを許容できるのか?」

「質問に質問で返すが、どうしてそんなことを聞きたがる」

 口唇をわずかに尖らせ、スガヤは胸ポケットに手を伸ばした。そして、はたと気付いて手を止める。軍需施設内での私的な火気は厳禁だ。天井を向く。対爆シャッターに覆われた地下施設第六層、随分と深いところまで来てしまった。

「君の死生観は不可解だ。二年間にもわたり、君は死者を回収し続けた。公的な記録では三〇二体。擱座した〈イーバ〉の回収任務を併行していたことを鑑みても驚異的な数だ。我々は三〇二人の死を実感として味わい、三〇二人の英霊を我が手で弔う栄光に浴した」

 フラットの死者を悼む側面/死への過剰なまでの忌避の側面をスガヤは示す。

「だが、今回の提案は違う。地球人類の死を忌避するとしても、総じて一億人の〈イーバ〉を礎とすることを君は選択した。そこには倫理の破綻がある」

「……そんなことを気にしていたのか。むしろ、それさえも気付かれていなかったのか」

「どういうことだ?」

 グリムは天井を見る。首を傾げれば、空を見ようとすれば、どこにいようと同じ光景が視えた。

「俺の精神は、未だに五年前にある」

 空が輝きに満ちた日/世界が焦げ付いた日/死の象徴コフィンが降り注いだ、あの瞬間――

 何も残らなかった。

 生死を確認する手段さえも失われ、ただ、その場にいたという事実だけが証明だった。

 運よく災禍を逃れたかもしれない。予定よりも早く、その場から離れていたかもしれない。初めのうちに抱いていた願望は三日もすれば失われた。大勢の人が死んだ。世界中で、同時多発的に、数え切れないほどの人間が殺された。自分の親しい人だけが、自分の望むように生き残っていることなど夢物語に過ぎないと、生き残った青年は自覚した。

 悲しみがあり、すぐに怒りへと変わった。感情の針は、すべてマイナスへと振り切れた。

「回収した遺体は三〇二人分。記録に誤りはない。だが、個体識別標タグであったり、写真であったり、直接的な遺体とは言えないものも計上すれば、俺が関わった死者は五百人にのぼる」

「……結構だ。だからこそ僕は問うている」

 フラットはまだ気付かないのか、と心中で詰った。あるいは無意識的に候補から外しているのだろう。死者を戦場から持ち帰る、その行為には本質的に死者への敬愛と追悼しか存在しないと信じ切っているのだろう。スガヤの価値観は、概ね、支持されるものだった。

「アンタが言った通りだ。俺の持ち帰った遺体により、三〇二人の死が形あるものとして提示された。ニュースキャスターが空々しく計上する戦死者の数とは比較にもならないほどに生々しく、遺族の心へ、戦友の心へ、友人の心へと焼き付けられた」

 少しずつ、溶け出していく。侵食が始まる。

 棺桶コフィンの輝きを目にした者は死に絶えた。〈イーバ〉の姿を目にした者はいなかった。我々は何と戦っているのかも明確には知らないまま、戦場へと人員を送り続けた。しかしながら、戦場はまさに存在していた。死者はとめどなく量産されていた。

 我々の〈痛み〉は現実から取り残されていた。

「スガヤ中佐は、この戦争で家族を亡くしたことは、」

「幸いにもない。だが、友人は数え切れないほど失ってきた」

「彼等の遺体を見たことは、」

「ある」

「どのように感じた。〈イーバ〉へと何を思った」

 そんなもの、と言いさして、スガヤははたと目を瞠った。己の心に湧出した疑念の悍ましいこと。そんなことをこの男は演出してきたのか。フラットの印象が挿げ変わる。

 そしてまた、すべてが得心へと変わる。

 彼は確かに〈死神グリムリーパー〉と呼ばれるに相応しい人物だったのだから。

「死者を前にした人々の感情は一様だ。初めに悲しみがあり、悼みがあり、それが不条理な死であると認識したとき憎悪へと変わる。リアルな死を目にすることで、手をこまねいていれば己の大切な人がさらに奪われてしまうと恐怖に襲われる。人々は征野を目指す。そこに渦巻いているどうしようもない現実を認識しながら、何もしないままに奪われるくらいなら、己の生命を擲つことも厭わない戦士となることを承認する」

 スガヤが何かを追求することはなかった。ただ、彼としては珍しいことに言葉を詰まらせ、もたれかかっていた鉄柵から体を離し、フラットに背を向けた。

「それが君なりの復讐者の作り方ということか」

「軽蔑するか?」

「しない。第二特殊戦隊われわれもあらゆるプロパガンダを講じて民衆を征野へと向かわせてきた。それが勇猛なる精神と使命を鼓舞することによるのか、静謐なる死者の声を届けることによるのか。我々と君の違いは手段以外に何もない」我々は等しく大罪人である/スガヤの結論。

「最後にひとつ、確認しておこう。贖罪の手段はどうするつもりだ」

「己の死をもって贖罪とする気はない。〈イーバ〉の殲滅、それだけだ」

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