not used to seeing

 敵味方識別信号IFFに反応なし。レーダースクリーン上のブリップが敵機を示す赤に変わる。総数を確認しようとして、輝点の境界さえも曖昧になるほどの密度に思わず苦笑する。

 まさに軍団レギオン。この三年間、地球連邦軍を鎧袖一触に蹴散らし続けてきただけのことはある。

 対する友軍を示す青のブリップは、自機を示すひとつのみ。機能性だけを追求して快適性を排除した操縦席コックピットでパイロットの青年はやわらかな微笑を浮かべる。窓はなく、スクリーンのみが外を映す閉鎖された空間。燃料の節約のために操縦席の排熱装置を切ってから数十分、滂沱の汗が肌を伝う。首元を緩め、熱気に朦朧としながら無線へと声を流し入れる。

「コントロール、こちらカルヴァリオ分隊隊長機〈ラフィングフォックス〉。ポイントアルファロメオエコー43にて〈イーバ〉と遭遇」

《ラフィングフォックス、こちらコントロール。状況を送ってください》

「敵主戦力は斥候型スカウト、総数は数え切れない。分隊は当機を除き壊滅。至急応援を求む」

 しばしの沈黙、無線の向こうで歯痒そうに息を呑む気配がする。

《司令部が急襲を受けています。要求は受理できず、また、撤退も許可できません》

 切り捨てるべきは、孤立した雑兵一機。四肢が腐り落ちてでも器官は守らねばならない。あからさまな「徹底抗戦の末に死ね」との命令に、発令した指揮官コマンダーの正気を疑うことすらしない。往々にして戦場とは誰を切り捨てるかの選択によって構築される。損失が予想される人命の数と個々の価値、数多ある雑兵の一人か、数多ある雑兵の命運を握っている〈頭部〉か。

 判断を過たせば、死ぬはずのなかった人間が死ぬ。犠牲の伴わない戦場などなく、誰かが犠牲になることを前提に、より少ない損失で最大の戦果を得るために情を削ぎ落とす。

 そしていま死ねと命じられた青年は、天秤にかけられた末に切り離された。妥当な判断だと見做している自分のことが俄かに信じられず、沈着を常とする青年は瞳を揺らめかせる。

 ただ、それだけだった。

 死にたくないと、然るべき希求さえ青年は抱くことができず。

了解コピー。せめて、一機でも多く喰らい付いてやりましょう」

《……ごめんなさい。カルヴァリオ分隊に、ラフィングフォックスに栄光あれ》

 謝罪はいらない、と反射的に思う。

 電波妨害ジャミング下では互いの声も遠く、対応した無線通信士オペレーターの性別すら分からない。

 スクリーンを凝視する。積み上げられた瓦礫の向こう、音は聞こえずとも確かに接近していることを肌が感じ取る。やがて、それは姿を現す。自律式無人戦闘機、〈イーバ〉の兵士が。

 無数の光学センサが自機に集中する。視界を埋め尽くす、センサの赤い光点。

 異形の戦闘機械。人類よりも数世紀は先を行く科学技術に支えられた、鋼鉄の獣。

 きっと〈イーバ〉の連中は大規模侵攻のずっと前から地球のことを探っていたに違いない。そうでなければ宣戦布告ファーストコンタクトが英語で為された理由も、遠来の兵器が地球上の獣を模している理由も説明が付かない。そのままでも必然の勝利を得られるだろう連中が虎視眈々と牙を磨き、満を持して挑んできたのだとすれば、そこに地球人類が抗えるだけの余地は残されているのだろうか。征野にただ一人残された青年は、必滅の未来を予感する。

 それでも、退くことなどあり得なかった。無謀であることは理解していたけれど。

 無抵抗の末に殺されることだけは、矜持が許さなかった。

 徹甲弾APを選択、〈オルアデス〉の主砲が火を噴く。密集陣形が仇となり、碌に照準を合わされずとも徹甲弾の洗礼を受けて斥候型の一機が沈黙する。されどその中にパイロットの姿はなく、広域ネットワークに接続した人工知能がプロセッサーとして機能するだけ。〈イーバ〉の断末魔は決して征野に響かず、脆弱な檻を抱えた地球人類とは違い、ただ一人の命さえ潰えない。

 大規模侵攻から三年、人類は未だ〈イーバ〉の姿さえ知らなかった。

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