征野のカナリア

亜峰ヒロ

鞘に眠る少女 -Encounter-

first encounter

 その日、世界の常識は書き換えられた。

 予測されなかった流星群。真昼の太陽の下でも煌々とさんざめく尾を曳き、空を幾条にも横切っていく火球を見上げ、神秘的な光景を前に人々は立ち尽くす。

 未知の星々に願いを託す人。現実を忘れ、大自然の織り成す営みへと魅入る人。ざらついた予感を抱き、傍にいた温もりへと思わず縋る人。そのカタチは何であれ、人類は確かにこころをひとつにしていた。幻想が打ち砕かれ、悲劇の幕開けを迎えることを予感して。

 地球重力圏のさらに外、二十六万キロメートルの彼方から飛来した〈それ〉は引き寄せられるままに加速し、灼熱の棺桶となって地上に降り立った。〈神の杖〉さながらの質量弾と化した棺桶コフィンは地上付近で急制動をかけ、恐るべきことに、形状を保ったまま地上十メートルで停止した。激突こそ避けられたものの、それは被害の軽減を意味しない。

 ヒロシマの再来、それ以上に。

 棺桶は最終的に太陽よりも輝きを増し、熱線と紫外線が地上のあらゆる有機体を襲った。有機体――すなわち人間を始めとした生命――は一瞬のうちに発火し、灰燼も残さずに燃え尽きた。続いて衝撃波が地上を襲う。棺桶の落下地点を中心として同心円状に、都市はかつての姿を失くした。高層ビル群は倒壊し、その瓦礫さえも吹き飛ばされていく。それまでそこに存在していた何もかもが消え失せ、都市は更地に還り、棺桶だけが残された。

 高さはおよそ六百メートル、底辺は百メートル。縦方向に伸長した五角形の箱。

 地上に死をもたらした、それはまさに天来の棺桶コフィン

《当該惑星の全生命体に告げる》

 変質した世界に、耳を傾ける者など残されていない世界に明瞭な声が響く。

《我々は当該惑星の譲渡を要求する。しかしながら、これは交渉ではない。現時点を以って、我々は当該惑星の全生命体に対して宣戦を布告する》

 未知との遭遇エンカウントは、侵略戦争の幕開けだった。

 星暦せいれき四十六年、地球連邦の成立からおよそ半世紀。

 人類同士の戦争は終結を迎え、恒久平和の実現した世界。

 されど人類が闘争の羽を休めることは許されず、戦争は宇宙へと拡がっていく。

 Extraterrestrial Biological Entity――人類は侵略者を〈イーバ〉と呼称。

 ただ落ちてきただけの棺桶によって主要都市を壊滅させられた事実を抱え、人類は〈イーバ〉との全面戦争に突入する。ただ、生存のために。母星で当たり前に生きる権利を保障するために。

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