第3話【〝ルール〟という正義・SNSで鉄ヲタ狩り】

「オイ二郎、笑わせてくれるな〜」

 十一郎がニヤけた顔をしながら絡んできた。

「『今日は曇り明日もまた曇りの予報』ってのはなんなの?」十五郎のヤツまでもが同調してきた。

「ネットで天気予報見ただけだ」二郎が投げ棄てるように答えると野郎どもが爆笑を始めた。

 チッ。

「だったらテメーはなんだよ? テメーが日曜日に女とどうしたとか、世の中の皆さんにとっちゃどーでもいい情報だろ?」二郎は言った。

 十一郎の顔が瞬発的に別物になる。

「なんだテメエ、みっともねー煽りやってんじゃねえぞ」

「二郎ちゃーん、嫉妬はホント見苦しいよ〜」とおちゃらけて十五郎。

 (見苦しいのはテメーだ、この太鼓持が)

「テメーが休みに女と何を愉しんでようと関係ねーんだよ。それが世界に発信するほどの情報かって言ってんだよ」

「まー、まー、まー、まー、二郎君もその辺でさ」と、ここで八郎。

 (八郎、なんでいっつも俺の方に言ってくんだよ?)


 二郎はいつも十一郎、十五郎、八郎と帰路を一にしていて、はた目には歩きながらバカ話で盛り上がる男子高校生四人組。

 しかし二郎にはどうにもこれが友だちだと断言する気が起きない。中でも特に十一郎。同じ方向に帰る不運さえなければ話しもしていないだろうと思っていた。

 いや、むしろ縁を切りたいくらいだったがこの手の人間は独特の嗅覚を持っていて逃げに入るとかさに掛かって追ってくる。それを皮膚感覚で解っている二郎は深く付き合いもしないが逃げもしないという微妙な距離を置いて彼と付き合っていた。


「言っとくけどな、俺も含めてここにいる四人、俺らが発信する情報なんてどれもこれもどーでもいいんだよ。発信する価値なんてあんのか?」二郎は言った。


 二郎は心の内で悪態をつく。(チッ、アメリカ人め、なにがSNSだ。くっだらねー会社造りやがって)


「いや〜、そればっかじゃないっしょ」八郎が妙なことを言い始めた。「——女子まで含めたクラス中、一木田先生を含めてほぼ全員、SNSやってる人のほとんどが『有意義とは言えない情報』を日々発信してっし」

 その物言いがカンに障ったのか十一郎が八郎に凄みをきかせる。しかし八郎は一切合切まったくなにも感じていない風だった。

 ぷっ、とここで二郎に〝遅れ笑い〟が来てしまった。

 (八郎の顔で『ゆーいぎ(有意義)』なんていう漢熟語使いやがって)


「オイ、今笑ったろ?」十一郎は今度は二郎の方へ矛先を向けた。が——、

「笑っちゃったよ。八郎があまりおかしなことを言うもんでさ」とあしらう二郎。

「たいしておもしろくなかったろ」

「笑いのツボは人それぞれってことじゃねーの?」

「ハアァ?」

「普通に『有意義』な情報なんて発信できるのか? 不能だろ」二郎が言い終わるやちょうど踏切が鳴り始めた。

 (ナイス、電車)二郎は思う。少しめんどくさいことになっていたから。


「オイ見ろよ」と、しかし十一郎が囁いた。


 (なにを見る?)


 すぐに合点がいった。そこにはひとりのいわゆる〝撮り鉄〟。三脚を広げその上にカメラを載せている。ほどなく貨物列車が接近してくる。重々しい音を立てながら通り過ぎる古めかしい機関車。その長い列車はまだ完全に通過し切ってはいない。線路の継ぎ目が規則正しい音を立てている。

 二郎はこの時始めて気がついた。いつの間にか十一郎がスマホを取り出し踏切の方に向けていた。動画を撮っているのだとピンと来た。


 (コイツにこんな趣味があったとは意外だな)


 長い長い貨物列車も通り過ぎる。過ぎれば遮断機は上がる。だが十一郎はまだ執拗に動画を撮り続けていた。

 (なにやってんだ、コイツ……?)もはや貨物列車が目的などではないことは確定していた。


 今さっきの古めかしい機関車があるいはこの撮り鉄の目的だったのかもしれない。そそくさと荷物をまとめ帰り支度を始めていた。十一郎はまだ執拗に動画を撮り続けている。

 一瞬だけその撮り鉄と目が合ったような気がした。その撮り鉄は〝嫌な予感〟を感じたものか気づかぬフリで荷物を背負い三脚を肩からかけた。そうして早足で踏切を渡り右へと曲がっていった。駅の方向だった。

 十一郎はようやくスマホを降ろした。


「オイ、どういうことだよ?」二郎は訊いた。

「SNSにupしてやるんだよ。顔もバッチリ映ってるし」十一郎は答えた。

「ハ? 意味解んねえし」

「有意義ってやつな」

「益々意味解んねえし」

「火事だとか洪水だとか事件だとかあったら動画撮って投稿すんだろ?」

「でもあの撮り鉄普通に帰っちゃったし轢かれてねえし」

「誰もテレビ局に投稿するなんて言ってねーだろ。そこまでのネタじゃねえ。だからSNSしかねーんだよ」

「アレのどこがネタなんだよ?」

「オメーはぼんやり生きてて注意力が足りねえんだよ。コレ見ろ」

 そう言って十一郎はさきほどスマホで撮ったばかりの動画を二郎の目の前で再生してみせた。二郎にはどこが〝ネタ〟なのかさっぱり解らなかった。

「普通じゃねえ?」だから反応がこうなった。

「鉄ヲタが立ってる場所よく見てみろ」

 いつの間にか十五郎や八郎もその動画をのぞき込んでいる。

 ようやく二郎にも十一郎が言わんとしていることが理解できた。

「どうだ? 間違いなく『線路内侵入』、で、貨物列車も近づいてきてるんだから『列車運行妨害』にもなるかもな」十一郎が言った。


 ハッ、と二郎が呆れたような溜め息をした。

「でもあの撮り鉄がその線路の敷地? そこに立っていなかったらフツーの人が踏み切り渡れねーだろ」

「だったらこんな場所で最初から撮んなきゃいい」

「撮りてーから来てんだろ?」

「テメーは鉄ヲタか?」

「お前、俺がここで撮ってんの見たことでもあんの?」

「まー、まー、まー、まー」とまたも八郎が仲裁。

「オイ八郎」

「なに? 十一郎君」

「ちょっと訊くケドよ、コイツはルールを破ってるよな?」十一郎はスマホの画面を指差した。

「もちろん破ってる」答えたのはなぜか十五郎。が、八郎に固定された十一郎の視線はまったく動いていない。

「うん、まあ」と八郎も答えざるを得なかった。

「社会のマナー向上のために敢えて俺が動画を撮ったんだよ。これってSNSの有意義な使い方じゃね?」十一郎は言った。


 (テメーが〝社会のマナー向上〟だあ?)二郎はそう思ったがさすがにそれを音声として発することはできなかった。


「さてとSNS、SNS、up、upとっ」十一郎が鼻歌を歌うようにスマホを操作していた。そして「よし完了っと」

 これで動画のupが終わったらしかった。

 かくして一人の撮り鉄がスマホで狩られ〝電脳リンチ〟された。


 二郎の腹の中で何とも例えようもないもやもやが、透明な水の中に一滴落とした墨汁のように広がっていく。


「ちょっとアレアレ」今度は十五郎が何かに気がついたようだった。


 十五郎の指差す彼方を見てみれば線路脇の少し広めのスペースのところ、一人の中年男性が犬を連れのんびりと散歩をしていた。


「よし、次あれいくぞ。望遠処理でなんとかできる」十一郎がまたもスマホを構えていた。


 二郎は立ちつくしたままただじつとそれを見つめていた。

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