第2話【発信する情報なんて無いぜ】
担任は言う。
「まずは基本を押さえておこう。SNSには実名を使うものと仮名を使うものがある。今回授業で取り扱うのは『仮名で使えるSNS』の方だ。SNSには『公開/非公開』の設定があるが、SNSの基本的特徴は世界中の不特定多数の人々に、個人が情報を発信することができるという点にある。ここでは特定の仲間内だけで使うツールとしてのSNSについての話しはしない。特定の仲間内だけで使う場合においても『不特定多数に対する公開』という前提で投稿などを行うならば大失敗をすることは無い」
担任は手早くクラス中に具体的指示を連発し個々人にSNSアカウントを造らせた。
「SNSの注意点は個人情報の取り扱いだ。有名人が宣伝のために実名で情報を発信する場合もあるが君たちのような一般人が同様に振る舞うのはお勧めできない。迂闊に個人情報を漏らさないよう細心の注意を払う必要がある」
担任は自らのタブレット端末に目を落とした。
「SNSにおいてはハンドルネーム、つまり仮名だがこれを自由に設定できる。しかしまず注意すべきはこの部分。“個人情報”に留意しつつ決めてもらいたい」
二郎は『roji』というテキトー極まりないハンドルネームを設定していた。ただ単に名前を逆にしただけ。
(くっだらねー)決めた自分がそう思ってしまっていた。
「これで君たちは世界中に自由に情報を発信する力を得た」
担任は顔を上げた。
「しかしだ——」
担任は歩き出す。黒板の前を行ったり来たりの往復運動。
「問題はなにを発信するか、だ」言い終わると担任は立ち止まり生徒たちの方へと顔を向けた。
「基本的には自由だ。しかし『発信しない方が良い情報』というのは確実にある。それを頭の中に確実に入れておこう」
(だったら『発信すべき情報』なんてあんのかよ⁉)
つまり二郎は案外真面目にこの担任の話しを聞いていたのだった。
担任はクラス中にこんな説明をした。
曰く『自分の住所が特定される情報を発信するな』。曰く『自分の行動をリアルタイムで発信するな』。
『自分の住所』とは文字通り『自分が普段から住んでいる場所』のこと。その場所が特定されてしまった場合何者かが自宅のある場所まで来てしまう危険性がある。たいていの場合自宅を動かすことはできないので事が起こった場合対処が著しく難しくなる。『自分が住んでいる場所』、これが解ってしまうような情報の発信は控えるべきということ。
『自分の行動』とは『現在自分が何処に居るか』ということ。やはり同じように何者かが直接やって来てしまう危険性がある。または『或る特定の場所に今現在居るということは別の場所には居ない』、も成り立つ。具体的にはリアルタイムで海外旅行中であることを発信すれば自宅は空だと不特定多数の人間に知られてしまう。この手の情報発信には細心の注意が必要ということ。
かくして発信して良い情報は絞られる。
『己の考え』『己の意見』ならこうした危険を招き寄せることは無い。
しかし、『ただし——』と注意書きが付く。
『ヘイトスピーチ』など差別的価値観の発信にはリスクがある。細心の注意をすること。
(なんじゃそりゃ。細心、細心と。ビクビクしながら主張する『意見』になんか意味があんのかよ)
実は二郎は途方に暮れていた。担任が「じゃあさっそく不特定多数に向けて情報を発信しよう」などと言い始めたからである。
タブレット端末を前に身動きがとれなくなっていたのである。
(俺はなにを発信すりゃいーんだ?)
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