半年前のペンダントの件
「せいぜい、頑張れ。そもそも主に見つけられるかは、分からねぇが」
「おい」
そんな不確かなものを提案するなよ。
「でも、確かにあるんですよね? だったら見つけるのは簡単じゃないですか」
「それが難儀でな」
落ち着いた声で、仙人は語る。
「とりあえず、東の果てを目指せばいいんじゃねぇの?」
そう言って仙人は俺に羅針盤を授けた。なんの変哲もない、手のひらサイズの小物だ。四方と中央には、白い宝石がきらめている。
「羅針盤の針に従って、行けってことですか?」
「ああ、そう言っている。それと」
「今度はなんかあるんすか?」
仙人はふところから短剣を取り出す。その刃が日光を浴びて、きらめいた。
その光り方は二種類あるように見えた。まるで、多色性の宝石のよう。
これがなにを意味するのかは、俺には分からない。
「こいつを渡しておこう」
お、おう。
受け取りはしたが、用途はなんだ?
武器なら妖刀がある。俺には必要ねぇよ。
「売れ。大金が手に入る」
「へー? そんなにいいやつなんですか」
「ああ、我が弟子が預けた代物ゆえな」
「弟子の所有物を勝手に渡すなよ」
この仙人、性格おかしいんじゃねぇか?
「大切なやつに渡せばいいんじゃねぇの? チェーンをつけて、ペンダントトップに見立ててな。オシャレだろ? そうなれば俺の罪は帳消しになる。いいアイデアだと思わないか?」
「ねぇよ。あとでかすぎだろ」
短剣といっても、手のひらよりは大きい。こいつを首に垂れ流すとか、それこそ巨人でもない限り、似合わないだろう。
「ともかく、王都へ行けばいい。さすれば主の求める――いや、主を求めている者と出会えるんじゃねぇの」
仙人は言う。
彼に従って、なにかが変わるのだろうか。
それにしてもペンダントか。しかも、大切な人に渡せときた。俺としては複雑な気分だ。
第一、首飾りならすでに手元にある。例の彼女に渡そうとした代物だ。見た目は大層なものではない。ハート型のチャームがついているだけのシンプルなものだ。
それを昔、渡したような気はする。
相手は覚えていないが、予想はつく。
今から一ヶ月前にとある老夫婦と出会った。
「もしもあの
俺は二人から、首飾りを受け取った。それは彼女が大切にしていた代物だからと。
つまりだな。かつて渡したプレゼントは自分の元に戻ってきた。そして、俺はそいつを別の彼女に渡そうとした、最低野郎だって話だ。でも、彼女本体と首飾りは関係ねぇだろ。俺は言うほど、悪くはねぇ。
だいたい、ペンダントの送り主を大切に思っていたのは、事実なんだ。彼女はどうしても手放したくない存在だった。別の言葉で例えると、自分にとっての『未練』そのものだろうか。
では、なぜ今の俺はそれを手放してしまったのか。きっかけは単純。喧嘩に負けた。以上だ。
高校に通っていたとき、ヤンキーが絡んできた。そいつが狙っていたのは彼女だった。どうしてもそいつから彼女を守りたかった俺は、相手に戦いを挑んだ。だけど、守り切ることなどできなかった。
そんなわけで彼女と別れ、連れさらわれた後もどうすることもできないままグレた結果が、今の俺だ。
もう二度と会えないと思っていた。だから、ペンダントを老夫婦から手渡されたときは、どうしたものかと考えたものだ。せめて二人の元に彼女がいたのなら、まだマシだっただろう。
ただ、少女は失踪している。
その居場所もつかめない。いちおう、尋ねるには尋ねたんだ。たとえば、ヤンキーだ。
老夫婦と会ってすぐに、やつの元へ行った。問いただした。しかし、返ってきたのは「知らねぇ」の一言のみ。ついでにボコボコに殴られて、二度と顔を見せるなと告げられた。
また、なにが原因で彼女は消えたのか。真っ先に思い浮かんだのは神隠しだ。それは近年多いと話題になっている。
噂だけにとどまらず、実際に現実とは異なる世界へ行って帰ってきたという男を、見たことがあった。ほかにも神隠しに遭った若者は大勢いる。大半はすぐに現実に戻ってきた。
それなのに、彼女だけはいまだに街に戻ってこない。ついには死んだと、そんな噂を耳にする。今回ばかりは神隠しでもなんでもなく、本当に失踪した事件なのだと、俺も認識せざるを得なかった。
それでも、希望はある。もし、この世界に彼女がいるのなら、探してみる価値はあるだろう。
もっとも、今頃どの面を下げて彼女の元に姿を見せるのかという問題はある。元より俺は浮気性だ。一途というわけではない。彼女への思いは吹っ切って、脳内のフォルダに大切な思いとして押し込んで、鍵をかけたつもりだ。
それでも、女の子と付き合っているときも、頭のどこかでは彼女のことがよぎる。だからだろうか。勘の鋭い女に次のように言われたのは。
「浮気してるでしょ? 分かるんだよ。あたしと接しているときも、あんたは別の女のことを考えている。その心はそいつに置き去りになったままなんだって」
半年くらい前の記憶だが、ゴミを見るような目で見つめられたことは覚えている。
ハッキリ言って心外だ。俺は断じてそんな男ではない。無論、そのときだけは浮気をしなかった。だから言いがかりに過ぎない。だけど濡れ衣を着せられて苛ついた俺は、自分から別れを切り出した。
それが最初で最後の、自分から相手を振った瞬間だろう。まあ、少しタイミングがズレれば、振られていたのは俺のほうだろうが。
とにもかくにも、目的はできた。この国でなにをやればいいのかは分かった。まずは人のいる場所を探そう。問題はそこからだ。
道標は受け取った。東へ行けばいいのだろう。
決意を新たにして、俺は一歩を踏み出した。
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