王都

結界破り

 羅針盤を頼りに、足を運ぶ。

 獣の襲撃から逃れ続け、はや半日。

 見えてきたのは濃い霧だった。先が見通せない。ためらわずに前へ進むが、押し戻された。なんなんだよ、いったい。


「おやおや、見ない顔だね」


 次いで、声の主が姿を表す。それは剣を手にした男――ではあるのだが、格好はツッコミどころ満載だった。


 廃材をかき集めて、金のメッキを塗ったような服を着ている。顔は全面白塗りで、目を縁取るようにメイクを施してある。

 美醜に関しては、ハッキリとしない。ただ、美形ではないのだろう。こんな感じなのに胸を張っているのはなぜなのか。後ろで部下たちも堂々と構えているのが、シュールな印象を強めている。

 こいつは彼らのリーダーなのだろうか。


「これがかの有名な結界だねぇ」

「結界?」


 確かに霧で作った結界に、見えなくもねぇな。

 それが分かったところでなにになるってんだ。立ち往生を食らうだけじゃねぇか。

 俺はムダなことをしに、ここへやっただけになる。それは嫌だな。なんとかしねぇと。


 あ、そうだ。

 俺は妖刀を取り出す。


「おやぁ、なにをするのかな」

「決まってるだろ」


 俺の持つ能力は対象を封じる力だ。目の前に結界があるのなら、それを封じてしまえばいい。


 そーれ。


 刃の先から光があふれる。日光のように眩しい光は。あっという間に視界を埋め尽くす。

 気がつくと、霧はきれいさっぱり消え去っていた。これで通行が可能になったかと思いきや、その内側から現れたものに、俺は絶句する。


「二重構造かよ……」


 そりゃあ、セキュリティは万全だろうな。

 ある意味で納得はしたが、気落ちする。

 とりあえず、突破するしかないのだろう。俺は妖刀をふるおうとした。まさにそのとき。


「おお? なんだい?」


 となりで男が度肝を抜いたようにのけぞる。俺もなにが起きているのか分からず、目を見開く。


 俺たちがそんなリアクションを取ったのは、目の前で鏡が砕け散ったからだ。パリーンと、あっけなく。

 それはまさしく砂になるような光景。キラキラとした破片は、ダイヤモンドダストのように神秘的だった。


「おお……これは」


 ついに結界は完全に解けた。

 視界は晴れ、隠されていたものが、顔を出す。

 これが噂の町、桃源郷か。


 最初に目に入ったのは、ピンクの花。次に甘ったるい香りが鼻孔をくすぐり、心がゆるむ。

 町は発展しているようだ。遠くには巨大な建物も見える。町並みは和風に近いが、正確には違う。中華風だ。赤い提灯がところどころに見えるし、五重塔のような建物も視界にちらつく。


 四方には田園風景。その光景は妙な懐かしさを感じさせる。その正体は田舎。もっとも、ただの田舎というには厳かに過ぎる。神聖とすら言い表せられるくらい、清らかで神秘的な空気だった。本当に俺なんかが入っていいのか。


 葛藤する俺をよそに、奇抜な格好をした男は躊躇せずに、一歩を踏み入れた。つづいて仲間たちもリーダーに続く。


「さあ、我々の願いは叶った。君たち、用意はいいねぇ」

「もちろんだ。俺はこの日のために牙を研いできた」

「全てはこの日の革命のため」

「いざとなったらあたしの色香で全てを惑わすわぁ」

「俺はとりあえず暴れられたらそれでいい」

「さぁて、略奪でもすっか」


 やつらは走り出す。

 物騒な目的を掲げた。


 ああ、そうか。まずいんだ。

 こいつらの正体がろくでもないやつらだと分かった今、急にぞっとするような感覚が、全身を貫いた。


「ちょっと待てぇ!」


 手を伸ばす。

 なお、そのときには彼らの姿はなかった。


 このままだと町がめちゃくちゃになる。さすがにそれはまずい。

 すぐさま追いかけた。


 なお、駆けつけたときには全てが終わっていた。


 そこには合計七名の戦士の影が見える。遠巻きだから、シルエットしか分からねぇな。ただし、戦況だけは把握できる。

 賊は挑むも、動きを鎖で封じられ、六つの方向からの集中砲火を浴び、一気に薙ぎ払われた。


「なんと……」


 まさしくびっくり仰天。リーダーは固まっている。


「さあ、貴様も終わりだ」


 鎖が、リーダーを捕らえる。


 だが、彼はなおも不敵な笑みを浮かべる。

 次の瞬間、ポンとポップな音と共に煙が発生。リーダーは消える。かわりに落ちてきたのは、人形だった。


「身代わりかよ」


 悔しげな声。

 次に屋根に上から高笑いが飛ぶ。


「ハーッ、ハッハッハ! 君たちも間抜けだねぇ。だが、落胆することはないよぉ。この僕が優秀だっただけだからさぁ」

「うわっ、いつの間に」


 屋根の上を飛んでいた男が、素直に驚きを示す。


「悪いが部下なら大量にいるんだ」


 彼は巻物を広げ、新たに部下を召喚する。雑魚とはいえその数は異常だ。いったいどれだけの数の部下を持っているのやら。


 まあ、振り出しに戻っただけだよな。

 緊張感なくあくびを漏らす。

 と、そのとき――


「騒がしいぞ」


 足音もなく、人影が迫る。


「お前は……!」


 真っ先にリーダーが反応をする。口を大きく開き、目を見開いた。

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