弱さ

「『そんな強い能力を持っているのに、なんで戦闘では役立たずなんですか?』とか言ったら、顔を引きつらせてさ」

「無自覚に煽ってんじゃねぇよ。だからモテねぇんだ」

「失敬な。決めつけるのは、よくないよ」


 絶対モテねぇだろ。明らかに空気が読めてねぇし、失礼な発言をしている。よく殺されなかったな。


「で、その発言、どういうシチュエーションで出したんだ?」


 俺は残りの絵本に目を通しつつ、問いを投げる。


「そうだね。アレは僕が各地に出没した怨霊を倒しに向かったときのことだよ。彼女は邪を払う能力を持っていてね。それなのに戦闘には行きたがらない。すごく有利なのにね。それで尋ねてみたんだ。すると、彼女から答えが返ってきた。『戦闘は苦手だ』とさ」


 不思議でもなんでもねぇよ。皇后だぜ。戦闘員とは違うんだよ。高貴な身分の者に対しては丁重に扱うんだ。間違っても表の世界に出してはならねぇ。


 だが、待てよ。表の世界に出さないのはそれはそれでもったいないな。こんな魅力的な少女を誰の目にも触れさせずにいるのは違うと思う。ましてや皇帝一人に独占させておくとか、この俺が許せねぇ。


「で、戦闘は苦手だと? 後はどうしたんだ?」

「別に。ただ、自分の弱さは気にしているようだったね」


 弱いか? まだ戦ってすらいねぇのに、弱いと決めつけるのはどうかと思うがな。いや、そういう問題じゃなく?


 とりあえず俺は彼女と接する機会が少なかったため、なんとも言えない。


「ああ、そうだ。戦闘といやぁさ、今度西の国から攻めてくる戦士たちを返り討ちにする祭りがあるんだ。それで何体人を倒せるか、競争しないかい?」

「人を射的の的みてぇに言うんじゃねぇよ」


 なに笑顔で残酷なことを抜かしてやがるんだ。そして、軽々しく俺を巻き込むな。戦闘が不得意なのは、俺も同じなんだぜ。しかも、伸び代ねぇし。下手に強くなろうものなら、妖刀に肉体を乗っ取られかねない。


「いやぁ、悪いね。ただ戦闘兵器として活動しているものでさ、自分以外の全ても同じものとしか、見えないんだよ」


 あっさりと口にしたその言葉の重みは、気づかなかったことにした。


 結局こいつは戦闘兵器として使われることに、なんの感情も抱いていないのか。そんなはずはないと思う。少なくとも、最初のころはだ。だが、これが自分の役目だと受け入れて、あきらめているだけじゃないのか。


「別に支配されているわけでも、制約を受けているわけでもないさ。むしろ、自由。僕が皇帝の下についたのは自分のためなんでね。目的さえ達成できれば、後は田舎でゆっくりとした時間を過ごすさ」


 ふーん。自分で決めたことなら、俺もとやかく言わねぇけどさ。


「それで、お前、ほかになにか知っていることとかあるのか?」

「そうだねぇ。僕も彼女のことはあまり知らない。最も彼女のことを深く知っているのは、皇帝じゃないかな」

「やっぱりそうなるか」


 でも皇帝には直接尋ねたくねぇんだよな。恐いし、要らぬ懸念を抱かせたくない。そうなった場合、俺の首が飛ぶ。


 とにかく、慎重に行動したい。

『俺はお前の嫁を寝取ろうとかそういうんじゃなくて、ただ親愛の証として彼女のことを深く知りたいのだ』と。そういうことを分かってもらわねばならない。


 だけど、実行するのは難しいんだよな。危ない橋を渡りたくねぇし。ああ、どうしようか。


 無駄な思考を募らせる傍ら、不意に冷気を近くで感じた。


「そこの者たち、会談ならば広場でするがいい」


 見ると、ツァンフーが立っていた。彼は夜の静けさをたたえた瞳をこちらへ向け、有無を言わさぬ態度で相対そうとしていた。


 チッ。こいつかよ。こいつの冷めた声音はあまりいい印象を受けねぇんだよな。もうちょっと態度を柔らかくできねぇのか。


「えー、いいんじゃないの? ほかに人はいないよ」

「いるだろう。彼女が」


 ツァンフーが指した方を見る。リンが静かに本を読んでいた。


「なにも言い出さないならいいだろ」

「あえてなにも言わないだけだ。内心では迷惑に思っている。『なぜこの者たちはムダ話が好きなのだろう』『なぜ意味のない会話に時間を費やすのだろう』『もっと別にやることがあるのではないか』」


 淡々と男は語る。


 思わず耳を塞ぎたくなったが、あくまでツァンフーの推察にすぎねぇんだよな。彼女自身が言っているわけではない。聞かなかったことにしよう。そうだ、そうしておけ。


「うるさいね。別に仕事がないわけでもないけどさ。例えば、飛空艇の管理とか」

「そうだ。ならば早々にここを出るべきではないか?」


 ツァンフーは説教を垂れる。


「俺たちがダメなら、あいつはどうなんだよ?」


 顔をしかめながら、リンを指す。彼女はいまだにこちらを無視し続けていた。


「彼女はすでに仕事を終えた後だ」

「マジで?」


 信じられない発言に、目を見開く。


「ああ。彼女は怠け者ゆえな」

「逆じゃね?」


 わけの分からない発言を聞いて、眉間にシワを寄せる。


「それが、そうじゃないんだよ」


 なぜかコンショウは胸を張って、答える。


「彼女は休みたいがために早々に仕事を終わらせ、図書館にこもっているんだ」

「ムダに早いのでな、いろいろと」


 へー。そうか、そういうことか。

 仕事って具体的になにをしているんだろう。そのあたりはくわしく分からねぇし、おそらくは知る機会もねぇんだろうな。


「ひとまず君たちはそうそうに去るがいい」

「分かった。分かったよ。じゃあね、えーと名前は?」

小介シァォジェだ」


 一瞬、読みが飛んだ。適当な名前を繰り出しそうになったのは秘密だ。


「そうか、小介シァォジェか。じゃあね」


 手を振って、コンションは窓ぎわまで歩いていく。窓を開くなり翼を広げて、大空へと飛び立っていった。

 俺はその様子を額に手をかざしながら見送って、図書館を後にした。


――「最も彼女のことを深く知っているのは、皇帝じゃないかな」


 彼が言った言葉を思い出す。


 皇后に関して深く知るには、皇帝と接触するのが手っ取り早い。しかし、やつの元へ向かう勇気は出ない。強制的に相手と出くわすイベントが起きるほうが、もっとイヤだ。


 二度とあの男と関わらないことを祈りながら、廊下を歩く。そして――


「貴様は本当に怠け者なのだな」


 当の本人と出くわすのだった。

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