依頼

記憶改竄(失敗)

「見た目通りの自堕落ぶりか」


 硬質な男の声。口調こそ柔らかいが、底冷たいものを感じた。

 背中がぞくぞくする。怪物かなにかと出くわしたかのような、恐れを抱く。

 やつだ。俺をこの王宮に連れてきた張本人が目の前に立っている。


「お、おう、おはようございます」


 おずおずとあいさつをする。それくらいはしないと不敬だと思った。

 相手は怒っている。表には出していないが、きっとそんな感じだ。なにしろ目が笑っていない。口を一文字に結んでいるし、言い知れぬ冷たい光を眼球から放っている。


「言ったであろう? 貴様の価値を認められぬのなら、真っ先に斬ると」

「そ、そうは言いますけどね。俺を殺してなんかメリットでもあるんスか?」

「あるさ」


 当然のように、皇帝は言った。

 その答えはいささか予想外で、思わず顔を上げる。同時に背中に虫が這うような感覚が走る。全身に鳥肌が立って、危機感が全身を貫く。


「私は貴様が得た妖刀を求めている。一度体内に収まった刀は簡単には取り出せぬ。だが、宿主を殺してしまえば、外に出てくる。私の言いたいことは、分かるか?」

「つまり、俺自身には興味がないと」


 やべー、やべーよ。


 自然と体が震えてきた。なんらかの行動を取らねば相手は今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。

 こいつは怠けている場合じゃねぇな。どうにかせねば。


 よし……。顔を上げる。体の内に眠る刀に意識を向ける。


 冷静に考えろ。今相手が怒っている理由は、俺が人の家で寛いで、怠惰を決め込もうとしているからだ。ならば、その事実を隠しちまえばいい。


 なに、やれるだろ。妖刀は能力は隠蔽に特化している。情報を隠すことはたやすい。

 よしと覚悟を決めて、能力を発動させる。その事実をイメージする。

 脳内に入り込んできたのはあまたの情報。文字列。今朝の出来事の内の、昼までゴロゴロと寝ていたこと。その場面をフィルムのように頭に映して、その部分のみを切り取って、消す。


 よし、完璧だ。


「俺はこれでも頑張ってるんですよ。表に出てこない部分に触れずにそういうこと言うのって、どうかと思うんだよな」

「貴様がいつ働いたと?」


 皇帝は目を細める。その威圧感のある眼差しに体が縮む。


「冗談きついっすね。俺だって頑張ってるじゃないっすか。こうして今も鍛錬を」

「やめよ、茶番は」

「え……?」


 我ながら白々しい芝居を始めようかと思った矢先、冷たい言葉が耳に届く。


「理解しているぞ。貴様は妖刀の能力を用いて事実を隠した。だが、私には見えていた。貴様は昼までダラダラと図書館で過ごしていたと。この私の目を騙そうと考えるとは、甘いな。騙そうと思うのなら完璧であることを心掛けよ。そのような態度では私でなくとも、ウソを見破れよう」


 えーと……。これどう、言い訳すりゃあいいんだ。

 いちおう保身に走ったつもりだったんだけど、余計にやべぇ展開になってきやがった。こうしている間にも事態はどんどん悪い方向へ転じていく。これ、終わったパターンだ。

 能力が効かないとかなんだよ、ふざけんなよ。完全に無敵じゃねぇか。


「さて、貴様はどう料理されたい?」


 最初から斬る気満々だったようで、腰に挿した剣を引き抜く。


「言っておくが、一度決めたからには容赦はせぬ。私は徹底的に貴様を追い詰めるぞ」


 その切っ先が俺に向く。


「た、たんま! おいおい、昔からの仲だろ? 俺たち、一緒に怪物を倒したじゃねぇか?」

「例えば?」

「き、狐。九尾の狐だ。ほら、昔の伝承によくある」

「ほう」


 本棚にあった伝説。

 大昔に暴れて勇者に討伐された、妖狐のことだ。名を確か禍邪フォイェといったはずだ。


 その中身をペラペラと語ろうとして、やっぱりできなかった。だが、適当なことをほざけば納得してもらえるだろう。

 現在進行系で過去に割り込もうと能力を発動させようとしたものの、できるのはなかったことにするだけで、そんなチート能力は備わっていなかったらしい。

 そりゃあ、んなもんあったら、「全部○○さんのおかげ」ってことになるもんな。ラスボスだって倒せる力なのに、惜っしいな、おい。


「だがおかしいな。私には貴様のような友人は持ち得なかった。もしいたとしても、この手で殺していただろう。役立たずは足手まといだ。一緒にいれば間違いなく足を引っ張る。決戦の前につぶしておくのが最良だろう」

「そんなのおかしいだろ、おい」

「あくまで友人を気取ろうという算段か? だが態度をあらためよ。私自身は許すが他の君主に同じ言葉を吐いて見よ。斬り殺されるぞ」

「お前のほうが現在進行系で斬りかかろうとしてる雰囲気じゃねぇか」


 こいつよりはほかの王のほうがまともだし、安全だと思うけどなぁ。


 とにかく、今は絶望的な状況が続いている。これでは先日の盗賊団のように無残な目に遭うのは目に見えている。


 じょじょに視界に端が黒く染まっていくような感覚を抱く。

 そこへちょうど光が差し込むかのように、高い声が回廊に響いた。


「お待ち下さい。皇帝陛下。わたくしからもお願いします。彼の命だけは見逃していただけないでしょうか」


 小走りでやってきた少女は、凄まじい勢いで頭を下げた。

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