絵本

空昇

 気がつくと当たり前のように宮殿での一日が、始まっていた。

 食堂で朝食を取って、適当に散歩をして、部屋に戻る。

 いつの間にか日本語の絵本が、本棚に押し込められていた。


 手に取って、図書館へ移動する。扉を開けて、中に入った。中にはリンが読書をしている。いつもの光景だ。違うのは近くに空昇コンションがいることだ。


「なに読んでるんだ?」

「別に。大したもんじゃねぇよ」


 馴れ馴れしく寄ってきた男をはねのけるように、身をそらす。


 元より創作物に興味はなかった。ライトノベルは好むが、ほとんどが挿絵目当てだ。ストーリーよりもキャラクターを重視する。自分の推す女の子だけが目立っていれば、それでよかった。ほかはどうでもいい。ましてやイケメンキャラの活躍なんざ、いらねぇって感じで。ストーリーすらも、興味がなかった。


 それはともかく、なんでこいつがここにいるんだ。


「なんか用なのか?」

「別に。ただ、君とは仲良くなれるかもしれないと、聞いたからさ」

「いや、ねぇよ。俺は誰とも仲良くする気はねぇんだ」


 人は一人でも生きていけるんだよ。少なくとも呼吸と食事くらいはな。

 そりゃあ、誰かの手を借りる必要があるときもくるだろう。だが、ここは幸い怠けていても生きていられる空間である。いやぁ、ニート最高だ。


「僕は仲良くしてもいいと思っている。なんせ久しぶりに来た異世界からの訪問者だ。君となら僕と同じ気持ちを共有できているはずだ。だから、よかったら僕のこと知ってほしいんだ」

「聞かねぇ。興味がねぇからな」


 きっぱりと言い捨てると、空昇コンションは固まって、ガクンと手を床に伸ばす。


 あーあー、これが女の子だったらよかったのにな。

 背に生えた翼とか西洋人風の顔立ちとか、気になる部分はある。だが、特に近づきたいとは思ってねぇしな。謎は謎のままでいい。


 それよりも気になるのは桃の香りのする少女だ。彼女だけは攻略したい。でも、あれは皇帝の嫁だろ。無理だな。

 彼女はあきらめるとして――いやでも、近くで見るくらいは許されるはずだ。


 そんな淡い期待に胸をときめかせながら、手元の絵本に視線を向ける。こいつだけが俺と彼女を繋ぐ見えない糸だ。だから、たとえ興味がなくても大切にしねぇと、ダメなんだ。


「ときにそれ、なんて書いてあるんだ?」

「読めねぇのかよ」

「当然だ。君だってこの国の文字は読めないだろう?」


 ああ、そうだ。

 というかこいつ、異国のやつだったよな。偽名とか言われていたし。この国のルールに従って、別の名を名乗っているとも聞いた。本名は横文字だろう。


「まあ、内容は妖狐を倒した勇者の話だったり、天界で暴れた悪ガキの話だったり、伝説の怪盗とか、三つの王権の話だったり」


 これって元ネタがあるのかね。もしもオリジナルだったら、皇后は文才がある。達筆だし、作家としてもやっていけるんじゃねぇかな。まあ、内容自体は昔話によくありそうなやつなんだけどな。


「ああ、それか。翻訳したものだね」


 ああ、やっぱり?

 オリジナル作品だとしたら、自分の国の言葉で書かねぇのは変だしな。


「じゃあ、皇后は俺たちの国の言葉を操れるってか?」


 さすがに博識か。日本に似た国があるのかもしれない。もしくは神隠しに遭った者たちが桃源郷にたどり着いて、皇后と深く関わったんだ。彼女は彼らから文字を習って、自分のものにしたのだろう。


 俺は何人目なんだ。もしも一人目だったら特別な存在になり得たかもしれねぇが、マンネリ化した後だと、どうにもな。

 どうせなら新鮮な気持ちで相対してほしかった。


「お前ってさ」

「なんだい?」


 いい機会だ。俺に好意的に接してくれるっていうのなら、利用しない手はない。ここいらで情報収集をさせてもらおう。


「皇后について、なんか知ってる?」

「ああ、ある程度はね」


 俺の問いに、相手は目を輝かせた。


「そうだね。彼女はとてもいい子だよ。隠しごとはなにもない。これだけは断言できる。だから彼女の発言だけは鵜呑みにしていいんじゃないかな。あの男――ヘイラン……だっけ? いや、フースォとも名乗っていたような……」

「いや、そいつはいい」


 あいつ、名前多すぎだろ。なんでもありかよ。

 ややこしい。やつに関しては今後どんな名前を名乗ったとしても、鎖男として扱う。なにも信じられねぇからな。


「あの鎖男と違って誠実だと」

「そうそう。そういうこと」


 キラッと光りそうなほど白い歯を見せて、コンションは肯定する。

 鎖男の本名に関して気にしだすと、こいつの本名も気になってくるな。本来の横文字、普通にかっこいいだろ。見てみたいな。


「あの皇后、いいよな。めちゃくちゃ高貴な身分なのに気取ったところがないしさ。どんな失敗をやらかしても許してくれるところとかさ」

「たとえばどんなことをやらかしたんだ?」

「んー。思いっきり地雷を踏んだことはあったな……」


 思い出すように、コンションは上を向く。

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