第三節
翌朝、朝食の配膳の時間まで寝ていた僕は、寝ぼけ眼で皿を空にして屋上に向かった。
いつも通り屋上の出入口の裏側にあるベンチまで歩いていくと、昨日の少女がいた。
少女は読んでいた本から目を離してこちらを見た。
「あ、おはよう。よく寝れた?」
「・・・なんでここにいるわけ?」
「君がいつもここにいるって、看護師さんに教えてもらったの」
「そうじゃなくて、なんでここへ来たわけ?」
「んー・・・。なんとなく?」
判然としない答えに苛立ちを覚えた。
「へぇ。僕は話をする気はないし、部屋に戻ったら?」
「1人だとつまんないんだって。君もそうでしょ?」
「どうかな。話したくもない相手と話すくらいなら1人でいる方がいい」
少女は期待していた反応が返ってこなかったのが残念な様子だ。
「でも君、病院は嫌いって顔してる」
心を見透かされたようで視線を逸らす。
「昨日は・・・君が苦しんでること、気付かずに話しかけてごめんね」
「別に、どうでもいいよ」
「私のこと嫌い?」
「どうでもいい」
少女は小さく笑って空を仰いだ。
「わかりやすいなぁ」
言葉の真意はわからないが、馬鹿にされたような気がして口を尖らせると、それを見た少女がからからと笑った。
「私ね、植物学者になりたいの。縄文杉って知ってる?4千年以上前から生きてるんだって。びっくりだよね」
僕の苛立ちを知ってか知らずか、少女は手元の本をこちらに見せながらあれやこれやと語り始めた。
他人の夢の話なんて聞きたくもない。あからさまに不機嫌な様子を顔に出すが、少女はお構いなしだった。
流暢に語る少女に時折嫌味を言い、また少女が朗らかに笑うのを繰り返す。
どうにも調子が狂ってしまう。不機嫌な顔をされ、嫌味を言われ、どうして笑っていられるのか。
「そういえばさ、君、どうしていつも屋上にいるの?」
唐突に質問を投げかけられ、答えに詰まる。
「どうでもいいでしょ、そんなこと」
あまり考えないようにしていた事だった。その答えが明解であればあるほど、僕は僕を嫌いになっていくからだ。
屋内はつまらないからだと自分に言い聞かせてきたが、広間にはテレビがあるし、オセロや本も置いてある。ベンチと植木と灰皿しかない屋上より暇つぶしになるはずだ。
人と話すのが嫌いなわけでもない。こうして少女と話している今でさえ、どこか楽しさを感じている。
つまるところ、僕は孤独になりたいのだ。誰にも寄り添えないほど悲劇的な人間でありたい。そうすることでしか自分を保てない。
今までずっとそうだった。何かと理由をつけては周囲に不幸であるかのように見せつけてきた。
そんな自分に嫌気がさしている。
「そっか。そうだね」
少女はそう言って押し黙った。遠くから響く電車の音がやけに五月蝿く聞こえる。
「私、もう部屋に戻るね」
少女が手を振り、車椅子のブレーキレバーを外して背を向けた。
「ねぇ。ここ、また来てもいい?」
先程までの明るい様子とは打って変わって、消え入りそうな弱々しい声だった。
「別に、僕だけの場所じゃないから。いいんじゃないの」
少し間が空き、少女が頷いた。
「そっか。そうだね」
車椅子から目を逸らした僕は、車輪が軋む音をただ聞いていた。
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