開幕

 新作、ロミオとジュリエットの公演も目前に控えたカーテン座はいつにもまして混んでいた。一番安い平土間がいっぱいになっているだけではなく、料金の高い桟敷席まで満員御礼。晴天にも恵まれ、太陽を燦然と浴びた舞台が役者たちを待ち受ける。

 そんな舞台をエドマンドは楽屋裏の扉からそっと覗いている。彼の後ろにいるスザンナは、そんなエドマンドの肩をそっと叩いていた。

「うわっ!」

 エドマンドが大きな声をはっし、後ろにいる自分へと振り返る。黒髪を翻す彼はほっと肩を落とし、スザンナに言葉を返した。

「なんだよ、スザンナか……」

「その、緊張してるみたいだけど、大丈夫?」

「うん、だって……」

 エドマンドの視線は楽屋の扉を通り抜け、桟敷席にある貴賓席へと向けられていた。特に身分が高い客たちの中に、その人はいるというのだ。

 エリザベス一世。このイングランドを統べる女王が。

「本当に、あそこに女王陛下がいらっしゃるのかしら?」

「それもウィルに手紙で直々に新作の上演を観に来ると伝えたらしいんだ。女王陛下はなにをお考えなんだろう?」

 エドマンドの言葉を聞いて、スザンナは複雑な気持ちになる。父が故郷のストラトフォードを追われた原因をつくったのは、他ならぬエリザベス女王だ。その女王の寵愛によって、庶民の娯楽である芝居は守られている。

 そもそもロンドンの芝居小屋は自由地区と呼ばれる、ロンドン市の権威が及ばない郊外に建てられているのだ。ロンドン市当局は疫病や治安の観点から、芝居の存在を快く思っていない。

 命を狙われ続けたという理由もあるが、女王は父の信奉するカトリックを弾圧してきた。そんな女王のことを父はどう思っているのだろうか。

「戦いなんだよな、これって。俺とウィルの」

 エドマンドがぽつりと呟く。彼は真摯な眼で貴賓席を見つめながら、ぎゅっと自分の片腕を握りしめた。

「芝居で見せつけてやるんだ、俺たちの本気。宗教戦争なんかに負けてられっか。俺たちは芝居で、あの人に勝つんだ」

 鋭く眼を細め、エドマンドは貴賓室を睨みつけてみせる。彼の眼には凛とした光が宿り、その眼差しはスザンナへと向けられていた。

「だから見ててスザンナ。君のお父さんはさ、本当に凄い人なんだよ」

 エドマンドが不敵な笑みを浮かべる。スザンナはその笑顔に心臓を高鳴らせていた。この公演が終わったら、宮内大臣一座一世一代の大勝負が始まるのだ。女王の御前でそれをやろうというのだから、父をはじめとするこの劇団の役者たちは本当に肝が据わっている。

「女王陛下の名のもとに、首が跳ばないといいんだけど」

「女王陛下はお祭りが大好きだ。だから絶対にそれはない」

 弾んだ声でエドマンドは応える。彼の自信はどこから来るのだろうか。少し御裾分けしてもらいたいぐらいだ。

 開幕を知らせるラッパが鳴り響く。エドマンドは驚いた様子で顔をあげ、スザンナの方へと向き直った。

「やばい、スザンナ、ちょっといい」

「えっ?」

 ぎゅっと彼の筋張った腕がスザンナを抱き寄せる。すんと鼻を鳴らして、エドマンドはスザンナの耳元で囁いた。

「君が来てからいいことづくめ。きっと君は、勝利の女神様なんだ。だから、俺にもその力を分けて……」

「エドマンドっ!?」

 驚くスザンナからは離れ、エドマンドは優しい微笑みを浮かべてみせる。

「ありがとう、スザンナ。俺、最高のジュリエットが演じられそう」

 弾んだ声をあげながら、彼は踵を返して舞台へと向かっていく。

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